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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case54 議員の秘密と死

 ピエール議員は今朝早く出かけた。

 今屋敷内には使用人と数名の護衛。

 そしてキッチンにコックがいるだけで、あとは誰もいない。


 議員が何処へ出かけたのかは分からないが、どこかの子供が持ってきた書類と関係しているのことは薄々分かった。


 つまり屋敷内を調べるには今日が絶好のチャンスということだ。以前侵入したピエール議員の私室に再び入るチャンスだということだ。


 キクマは再び議員の私室のとびらにピッキングをはじめた。カチャカチャという甲高い乾いた音が広い廊下に反響した。以前開錠したことがあるのでコツは掴んでいる。


 焦ることはない。見回りにだけ気を付ければ、どうということはないのだ。五分ほどカチカチとピッキングを続けると、今回は護衛が回ってくるわけでもなくすんなりと室内に入ることができた。


 室内に入ってから再び鍵を閉める。これで誰にも邪魔されることはない。存分にブツをあさることができる。キクマは泥棒さながらの悪い笑みを浮かべた。


 これといって以前と変わったようすはない。変わったといえば観葉植物が萎れたくらいだ。キクマは迷うことなく室内の真ん中に鎮座する机に向かった。


 鍵が付いていない引き出しなど無視して、キクマは鍵が付いている引き出しの開錠をはじめた。


 ピッキングする姿は、様になり過ぎていて、本職が刑事だとは誰も信じてくれないだろう、と思うほどにキクマのピッキング姿は様になっていた。


 数秒後鍵が開く感触が指先に伝わった。「よし」キクマは喜びの声を漏らした。


 プレゼントを開けるときのようなワクワク感を抱きながらキクマは引き出しを開けた。引き出しの中には少年が持ってきた封筒もあった。キクマは周囲をキョロキョロと一度見渡して、手をもむ。


 誰も見ている者などいないが、反射的にだ。改めてキクマは封筒を手に取り、一呼吸間をおいて神経を落ち着かせた。そして蝋で封印された口を開けた。


 中には一枚の紙が入っていた。

 紙を慎重に取り出す。

 取り出してからもう一度中身を確認した。書類一枚しか本当に入っていないようだ。


 キクマは四度折りたたまれた紙を丁寧に開き、左上から読みはじめた。文面はこういうものだった。


〈親愛なるピエールくんへ 

明日いつもの場所で待っている。必ず来てくれ。詳細は記さないがわかってほしい〉


 それだけだった。はたから見れば何のことを言っているのか分からない。


 しかしピエール議員は、この人物に会いに出かけたということだけは分かった。仕舞う前に一応裏面も見てみた。しかし何も書かれていない白紙だ。


 キクマは折り目をつけないように細心の注意を払い、手紙を封筒に戻した。封筒を机の上に置き、引き出しの中の他の書類を調べる。


 他の封筒も当然のことながら調べる。大きめの封筒をひっぱり出し、中身を出した。


 そこには数字が書かれていた。これはいったい何の数字だ、とキクマは考える。考えられる可能性はファミリーに投資している金銭だが、ハッキリとしたことは分からない。


 続いて次の封筒を開く。今度は武器の名前らしき文面の横に数字が書かれている。これは誰が見ても明らかだろう。武器の値段だ。最新兵器らしい武器の名前が書類一面に書かれていた。


 あのカエル顔の政治家は、武器商人でもやっているのか?


 そして最後の書類に手を伸ばした。

 その書類にはExperiment(エクスプリメント)UB計画と書かれていた。

 

 キクマは眉を歪める。

 ここに書かれていることはサエモンが追っていた計画のことではないのか。そこでキクマはしばらく考えて、たしかあいつがいっていたのはMK何とか計画というものだったな、と思い出した。


 ならここに書かれている、UB計画とは何を指しているのだろうか?


 キクマは書類の隅から隅まで読んだ。

 意味が分からないがとにかく読んだ。

 分かったのは一割だけだった。しかしその一割で十分だ。そこには児童を使った心理実験の詳細が記されていたのだ。


 *


 後日になっても議員は戻ってこなかった。

 キクマは不審に思った。逃げたのか、とも疑ったが一応議員という役職を持っているのだから逃げることはできないだろう。


 キクマは応接間で待っていた。

 昼過ぎになっても帰って来ない、時計の針が刻一刻と過ぎてゆく。夕暮れに近いそんな時間だった。


 空はまだ明るいが、もう数十分もしないうちに日が沈むだろうと思われる、そんな時間だった。ウイックが帰ってきたのだ。


「おい、耳をかっぽじってよく聞け」と応接間に入って来るなりウイックは言い放った。


「何だよ?」


 姿勢を崩した状態でキクマは訊く。

 いったい、何のネタを持って帰ってきた、というのだろうか。

 期待はしていない。

 しかし、ウイックが知らせに来たことは衝撃的な事件だった。


「議員が」そこでウイックは固唾を飲んだ。そしていった。「殺された」と。


 キクマはその言葉を聞くや否や立ち上がった。


「どういうことだ!」


「人通りの少ない裏路地でズタズタに切り刻まれた男が見つかったっていうから、俺とサエモンがその場所に向かったんだ」


 といってウイックはとびらに背中をつけ、腕を組んで立っているサエモンを指さした。


「はじめはどこかの浮浪者だと思ったんだが、このカエル顔のような顔どこかで見たことあんなぁ~って思ったらピエール議員だったんだ」


 ウイックはそこまでいって、一度唾を飲み込んだ。


「今から鑑識達が駆け付ける。おまえも来い」


 キクマは使用人たちに出かけることを告げた。

 主が殺されたかもしれないことは言わなかった。


 そしてウイックのあとに続き三十分以上も歩いた。

 広場を抜け人通りの少ない路地に入った。たしかにこんなところで発見されれば浮浪者だと間違われても仕方がないことだと思った。


 それから十分ほど路地を進んでゆく。進むにつれ人通りはまばらになっていった。そして鑑識官たちが見えた。シートで周囲を囲っている。


「あそこだ」


 ウイックはテープで囲われた一か所を指した。

 キクマは速足で向かい、テープをくぐる。

 そしてそこには裸同然でズタズタに切り刻まれた議員が横たわっていた。まるで拷問を受けたように指はなく、目はえぐれ、全身にかけて鋭い何かで切られたような傷が走っていた。


 今までのジョン・ドゥ事件とは明らかに違う。あのとき黒人男から聞いた話そのままの姿だとキクマは思った。


 これはジョン・ドゥの仕業なのだろうか。それともジョン・ドゥ以外にこの街にはまだ得体の知れない怪物が住み着いているのだろうか。キクマは夕と夜の狭間を彷徨う空を眺め、思った。

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