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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case53 黒人男との再会

 ピエール議員の息子が殺されてから早くも一週間が過ぎようとしていた。あれから何の変化も起きていない。


 ジョン・ドゥが襲いに来ることもない。息子を手にかけたのだから親も、狙っていることはたしかなのだ。


 長期戦に持ち込むつもりなのだろうか。

 それとも警備が厳重すぎるあまり諦めてしまったのだろうか。いやそれはまず考えられないだろう。

 

 必ず近くにいるはずだ。この街にいる限り俺はおまえを捕まえてみせる、キクマは心で誓った。


「刑事さん」


 息子が死んでからカエル顔の議員に元気がなくなってしまった。

 ドラ息子だったとしても、子は子だったのだ。息子が殺され気落ちしない親はまずいないだろう。


「なんですか?」


 キクマは眼を開けた。ソファーにもたれかかり足と腕を組んだがちがちの姿勢でキクマは議員を見る。


「明日用事があるのだ」


 息子が死んでからピエール議員はすこし丸くなったような気がする。

 それに五歳は老け込んだようにも感じた。


「用事と言いますと?」


 議員は言葉に詰まった。


「答えられないような用事なのですか?」とキクマはかまをかけるように訊く。


「いやそうではないが……」


 そしてまた議員は黙った。


「そうではないが用事があるんだ」と回答になっていない回答で答える。


「この前、子供が持ってきた書類と何か関係しているのですか?」キクマは訊いてみた。


 議員の顔色が少し変わった。ほんの些細な変化だが刑事の目は誤魔化せない。


「どうなんですか?」キクマはもう一度訊いた。


「いや、それとこれとは関係ない」と議員はきっぱりといった。


 さすが議員というべきで嘘か誠か判然としない。

 ため息をもらし、キクマはソファーにもたれかかった。


「そうですか。分かりました。では私はここで待っていろというわけですね」


 議員はキクマの目を真正面からみすえ、「ああ、そうなるな」と答えた。キクマは足を組み変え「分かりました」と了承した。


  *


「本当だったな」


 ウイックは威勢よく叫ぶような声でいった。


「なあ! 本当だっただろ!」


 黒人男もウイックに負けないほどの大声で応じた。

 この黒人男はあのとき酒場にいて、ウイック達にズタズタ死体のことを教えてくれたあの黒人男だ。


 男は軽トラに乗り運搬仕事の真っ最中だった。村の一本道を通っていたのをウイックが見つけ声をかけたというわけだ。


「おうよ! おったまげたね!」とウイックは、しゃべるほど声が大きくなってゆく。


「だろ! あんなもん見たらおったまげるだろ!」


 黒人男も鼓膜をつんざくほどの大音声を出した。

 そんなこんなで同じ内容の会話を数分間も交わしているのだ。サエモンは少し離れた木陰で呆れながら聞いていた。


「で、あんちゃんは今からどこ行くんだよ?」


 声を通常の音声に戻し訊く。


「ああ、ちょっとこの先々にある孤児院に衣服と食料を届けに行くところなんだよ。俺、子供が好きだからよ。子供がどんな悪さしてても許しちゃうくらいよ、子供が好きなんだ」


 黒人男は窓から手を差し出し、その孤児院があるであろう方角を指さした。ウイックは男の指さす方角を目で追った。


「そうかよ。あんちゃん、人さまの役に立つ仕事してんだな。感心するぜ」


 男は人差し指の背で鼻をこすった。


「いやそれほどでもないさ。刑事さんだって人さまの役に立ってんじゃないか」


 ウイックは手のひらをふった。


「いや刑事なんて人の反感買っても、好かれる仕事じゃないさ」


「ホントかよ。人殺し捕まえて、役に立ってんじゃないか」


 男はさも不思議そうな顔をする。


「いや、それは一課の連中の仕事だ。俺たちは特別課っていってな、他の奴らがやりたがらない事件を回されるんだ」


 男は、「へ~そうなのか、刑事さんも大変だな~」と感心気にいった。ウイックは軽トラに肘をつけて、「ああ、大変だしめんどくさいぜ」と愚痴る。


 このまま何時間でも愚痴を言い続けていられるのではないだろうか、と思えるほどに饒舌だった。


「でよ、話は変わるけどいいか?」


 ウイックは眼を鋭くして男にいう。


「ああいいぜ」と男は即答えた。


「前にあんちゃんと会ったとき犯人は獣の皮を被った人間だって言ってたよな?」


「ああいったぜ。それがどうした?」男は顔をしかめた。


「あ、いやな。どうしてそう思ったのかが知りたくてよ。だってその事件を目撃したとき辺りは薄暗かったんだろ?」とそこまでいって、「決してあんちゃんを疑っているわけじゃないぜ」と補修する。


「ああ、そのことを危惧してんじゃねぇ―よ。だって俺がやったんじゃないからな」とそこまでいって、「そうだな~」と考える。


「あ、思い出したぜ。獣がやってるんだったら、肉が食われてるはずだろ。だけど周辺に肉片が転がっているだけで、食われてる様子はなかったんだよな。まあ、よく見えなかったから、食われてたのかもしれないがよ」


「人間の肉を食う怪物ってか?」


 ウイックがおかしそうにいうと、男も口角をあげて笑った。


「ああ、そういう伝説ってあるよな。人肉を食う怪物の話ってな。小さいときそう言う伝説を聞いて、怖かったのを覚えてるぜ」


「そうか――。だけどよパニックになっているはずなのによくそこまで、冷静に状況を分析で来たな」


 ウイックは微笑みを浮かべながら、目を細めて訊く。

 男は感情の読み取れない目でウイックを見た。


「たしかに辺りは薄暗かったけど見えないほどじゃなかったし、何だろう? って思ってよ。その死体が人間だと気づくまではしっかり見ていたから、よく覚えてんだよ」


「前に会ったときも話さなかったか?」


 そこまで聞いて、「あ~聞いた気もするな~」とウイックはあいまいに応じた。


「ありがとよあんちゃん。仕事がんばってくれよ」


 軽トラに持たれていた体を起こし、ウイックは話を切り上げた。


 男は分厚い唇の口角を引き上げ、「おうよ。刑事さんもがんばってくれ。でないとこの辺の連中は夜もおちおち出歩るけぇーからな」と笑って見せた。


 気持ちの良い笑い方だとウイックは思った。


「ああ、任せてくれ。俺が事件に乗り出したからには捕まえてみせるさ」と胸をたたいた。


 ウイックは軽トラが見えなくなるまで見送った。


「さてと」と一人ごちり、「おい、サエモン」と木影に入っていたサエモンを呼んだ。


 サエモンはやっとですか、といいたげにウイックのもとにやって来た。


「それじゃあ、聞き込みでもはじめっか」とやる気に満ちた声でいった。


「ええ、そうですね」とサエモンは応じた。

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