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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case52 キクナの決意

 オープンエアにいる人々の会話で、あたりはにぎわっていた。

 周辺に視線をむけても、こちらに聞き耳を立てている気配はない。 


 ジョンはレムレースをあらためて見返した。

 いつものと同じように黒いゴシックドレスを着ている。白銀の長い髪を黒い髪かざりで止めていた。いつも同じ服のように見えるが微妙にドレスの模様が違った。


 以前は百合(ゆり)のような花だったのが、今回はバラのように見える。気を止めなければ分からないほどの些細な違いだ。


「雇われているとはジェノベーゼファミリーにか」


 退屈そうにストローをもてあそんでいるレムレースに訊いた。


 彼女はめんどくさそうに、「ええそうよ」と素っ気なく答えた。


 雇うといってもこの少女を何の目的で雇われているというのだろうか。まったく予想できない。


「どうして雇われているんだ」

 

 ネチネチ考えるよりも本人が目の前にいるのだ、本人に問う方が早い。ジョンはそう思い、訊く。


「どうしてだと思う?」

 

 彼女はいたずらっぽく試すように訊いた。


「きみを雇った人物が幼女趣味だった」


 ジョンは遠回しに訊いたが、「どういう意味よ?」とレムレースは不機嫌気味に答えた。


「性奴隷にされているという意味だ」


 仕方ないのでジョンはストレートに答える。


 それを聞くと、顔をしかめレムレースは嫌悪感をあらわした。


「そんなことされるんだったら死んだ方がましよ」


 といった彼女の険悪ぶりは並大抵のものではなかった。

 もしそうされようものなら彼女は本当に自殺を選ぶのではないだろうかという予感を漂させていた。


「では私と同類なのか」


「さあどうでしょうね」と含み笑いを浮かべた。


 それからジョンは言葉を失った。

 これ以上どう訊いてよいのか分からなかったのだ。

 ジョンが道行く人々をぼんやりと眺めていると、「ねえ」とレムレースは言葉を出した。


 ジョンは横目で彼女を見ながら、「何だ」と応じる。


「親はどうするの?」と彼女は訊いた。


「親?」訊き返すと、「そうドラ息子の親」と冷たい微笑みを浮かべながらレムレースはいった。


「どうするというと」


 首を少しだけかしげてジョンは訊く。

 レムレースもジョンを真似るように小首をかしげた。


()れないでしょ」


「何を」


「親を」


 彼女は言葉遊びをするかの如く、楽しそうに答えた。ジョンは再び前を向いた。彼女は頬杖をつき微笑んだ。


「わたしが手伝ってあげようか」そうレムレースはいった。


  *


 キクナは行動に移すことを決意した。考えるだけでは何も変わらない。考えを行動に移してこそ変わるのだ。そう決めるとキクナの行動は早かった。


 その日の朝、書置きを残してキクナは出かけた。

 あの子たちを助けたい一心で、キクナは動いた。道行く人々に話を訊き、場所をたしかめる。


 するとある人が教えてくれた、「あそこなら子供たちをどうにかしてくれるんじゃないかな」と。


 キクナはその言葉を信じて教えてもらった住所に向かう。

 バスに乗り変え、久しぶりの遠出をした。バスに揺られながら見知らぬ町を通過し、田園地帯を通り、村を抜けた。


 一日で帰れないかもしれない。

 キクナはそう思った。ジョンにちゃんと話をしてから出かけるんだったな~、とキクナは後悔した。が後の祭りだ。


 出かけてしまったのだから、引き返すことはできない。このまま教えてもらった住所にいって、話を聞くまでは何が何でも帰るわけにはいかないのだ。


 そんなことを考えながらバスに揺られること三時間。到着したときにはキクナは深い眠りの中にいた。バスの振動がゆりかごのように心地よく、深い眠りに誘われたのだ。


 バスの運転手に肩をゆすられキクナは目覚めた。


「お客さん、終点だよ」


 ゆっくりとまぶたを開き、キクナは寝ぼけまなこをしばたたかせながら、外を見る。自然豊かな草原が広がり、並木道が続く。


 小川が流れ小さな橋がかかっていた。空は澄み渡り地平線が見えるほど、建物が少なく畑が広がっている。どこまでも続く地平線に一堂の教会が見えた。


 間違いないあの教会だ! キクナの胸は高鳴った。緑色の座席からバッと立ち上がり、運転手は突然の反応に驚き後下がりした。


「ありがとうございました」


 キクナはそういって、乗車料金をわたした。運転手は困惑気味に、「ええ」と料金を受け取った。


 キクナは曲がりくねった一本道を早足で歩く。

 周辺にはさえぎる建物が何もなく、気持ちのよいそよかぜがキクナの頬をなでた。教会敷地内で真っ白なシーツを干しているシスターがいた。


 風になびくシーツを四苦八苦しながら、木と木の間にかけたロープに干してゆく。キクナはシスターの背後から、「手伝いましょうか?」と声をかけた。


 シスターは肩をビクッとさせ振り返った。冷水を突然浴びせかけられた猫のような顔をしてシスターはキクナを見た。


 訝しむ顔で、「どちら様ですか……?」とシスターはキクナに訊いた。


 キクナは、「はじめまして」といい頭を下げる。


「突然の訪問申し訳ありません。相談があって参りました」


 シスターの警戒を解くために、ゆっくりと丁寧に心がけながらキクナはいった。


 シスターはシーツを両手にかけたまま、キクナを見つめていた。

 シーツが芝生に擦れている。


「あのまずはシーツを干すのを手伝いますよ」と芝生に擦れているシーツを指さしながらキクナはいった。


「ああ」とシスターは慌ててシーツをだぐった。シーツ干しを手伝いながら、シスターは教えてくれた。「子供たちがおねしょをしちゃったのよ」と。


「ああ、そうなんですか」とシーツのしわを伸ばして、「だけどこれ全部ですか?」と樹網の洗濯籠を見ながら訊く。


 シスターはクスクス上品に笑って、「いえ、どうせ洗うならいっぺんに洗ってしまった方が気持ちいいでしょ」と答えた。


 キクナはシスターの笑みにつられて笑い、「ええ、たしかにその通りですね」といった。


 真っ白なシーツが雄大な芝生を泳ぐ光景は、気持ちの良いものだった。芝生一面に引いては寄せ、引いては寄せ、と海のようにシーツが波打っている。


 新鮮な空気をキクナは胸いっぱいに吸い込み、吐き出した。

 そして思う、こんなところで暮らせたらどれほど良いだろう、と。もし将来移り住むとしたら、こういう自然豊かな場所が良いな、とキクナは夢見た。


 教会の中に招き入れられ、シスターは自家製のハーブを使ったお茶を出してくれた。ハーブティーの香りを吸い込みながら、庭で子供たちが走り回る光景を眺めた。とてもゆっくりとした時間が流れていた。


「どういったご用件で参られたのでしょうか」


 シスターはあたたかい目で、子供たちを見守り、はっと思い出したように訊いた。


 キクナは窓側に向けていた姿勢を改めて、シスターと向き合う。

 そしてきりりとした意志の強い視線を向け、「子供たちを引き取ってもらえないでしょうか」といった。

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