case51 レムレースの正体
キクナは考えた。自分に何ができるだろうか、と。
自分があの子供たちに何ができるだろう、と。
この街には沢山の孤児たちがいて、苦しい生活を強いられているのに、自分は何もしてあげられない。そんな子供たち一人一人にいったい自分は何をしてあげられるのだろうか、と。
考えても、考えても、考えても、自分にはどうすることもできないし、一人の子供を救ってやれるだけの力もないことを痛感するだけだった。それは自分の無能さを突き付けられるようで、虚しく悲しかった。
キクナは虚しく悲しい想いをしてでも、考えずにはいられなかった。自分が考えることで、人々が考えることで、今はまだどうしようもないことでも人々が少しでも良くしようと考えることで、いい方向に変わることができるのではないだろうか。とキクナは考えた。
だから彼女は考えた。
自分がどう行動すれば少しでも良い方角にことを進められるかを。しかし、いまの彼女にはエベレストよりも高く、海よりも深い〈不可能〉という文字が頭に浮かぶばかりで、解決方法が浮かぼうはずもない。
*
ジョンは考えた。どうすればカエル顔の議員を屠ることができるのかを。
彼はあらゆる方面から考えた。脳内に屋敷内の地図を描き、街中の地図を描き、カエル顔の議員の行動パターンを考えた。
しかし彼が息子を殺してから警戒の色が強まり、カエル顔の議員は外に出てくることがなくなった。まあ予期していたことだ、とジョンは割り切っている。
親と同じ顔のカエル顔の息子はあの日の夜、女を誘拐し宿屋に連れ込んだ。そしてカエル顔の息子が女に薬を盛、放心状態になった女を犯そうとしたときに彼が制裁をくだしたのだ。
何の罪もない女を利用したのは悪いと思っている。
しかしカエル顔の息子が一人になるのは、女を連れ込んだときだけだったのだ。他の仲間たちは餌をお預けされた犬のようによだれを垂らしながら、近くの酒場で時間をつぶしていた。
やるなら、あのとき以上のチャンスはなかった。
その隙をついたのだ。
息子が女に覆いかぶさったとき、ジョンが背後からとどめを刺した。あっという間の出来事だった。血しぶきが女の体に流れ落ち、白いシーツをバラの花のように真っ赤に染めた。
仕事が終え、ジョンは女にいった。
「逃げるならいまだ。逃げろ」と。
しかし女は薬物の影響か、襲われたことによる精神的ショックで放心状態だった。
ジョンは尾を引かれながらも、女をその宿屋に置き去りにし、後日宿屋の主人が遺体を発見し警察に届け公になった。そこまでは計算していた。あれ以上の手段は他に残されていなかったのだから。
問題はそれからどうするかだ。
警備は厳重になり、外出もしなくなった。接近することもできない。一か八か屋敷に侵入して、寝首を掻くという手もあるがそれは最終手段だ。
警備が厳重になっているうえに、守っている奴ら皆が戦闘のプロだ。一対一ならともかく、複数人相手に真正面から戦って勝てる相手ではない。
そんなことをオープンエアに座り、雨雲がモクモクと湧き出るように考えていたとき、「元気にしてた?」とレムレースと言う名になった少女の声がどこからともなく聞こえてきた。
ジョンは辺りを警戒していたが、レムレースの気配を全く感じなかった。本当に神出鬼没な少女だな、とジョンは思った。背後からひょいっと、レムレースがあらわれた。
「上手くやったそうね」
レムレースはジョンの真正面に腰を落とし、頬杖をついた。
「ああ、きみのおかげで万事うまくいった」
レムレースは微笑んだ。「そうそれは良かったわ」フフフと笑い声を漏らしながら、「わたしあの男が嫌いだったから清々したわよ」といった。
「まるで知り合いだった、ような言い方をするな」ジョンはレムレースを鋭く見つめながらいう。
レムレースもジョンを見つめた。少女の眼の奥には混とんとした濁りがあった。
普通の人生を送ってきた者には決してこのような眼はできない。ジョンも早い段階で薄々感ずいていた。この少女は自分と同類だと。
「だってあの男たまに来るんですもの」
レムレースは淡々といった。
そのとき、「あ、この前飲んだグレープジュースを頼んでいいかしら?」と手のひらを合わせて訊いた。
ジョンは、「ああ」と答えた。
しばらく待ち名物のグレープジュースが来てから、またレムレースは語り出した。
「あの男の親がジェノベーゼとつながっていることは知ってるわよね」
そこまでいってレムレースはジュースを飲んだ。
「ああ」ジョンは答えた。
「それであのドラ息子もファミリーとつながりがあったの。まったく、親の力のおかげで大目に見てもらっていたのに、つけあがっちゃったんでしょうね」
ジョンは状況を整理する。
これほどファミリーのことを知り、そのファミリーにつながりのあった議員と息子を知っているということは、この少女はファミリーの一員ということになるのではないかと。そこまでジョンは考えた。
「きみは」とジョンが言ったとき、「レムレース」と彼女は補修した。
ジョンは肩をすぼめ、「レムレースはファミリーの一員なのか」と紫色の液体を吸っている少女に訊いた。
少女はじらすようにゆっくりとジュースを味わってから、「そうだけど」と素っ気なく答えた。隠すつもりはないようだ。
しかしジョンは少女から前に聞いたあることを思い出した。
私はファミリーから狙われている、という話をだ。
この少女は自分を狙っているのだろうか。狙っているのなら、隙を見て殺すチャンスはいくらでもあった。
しかしそれをしなかった。なら、今のところはファミリーの人間ではないと考えるのが妥当だが。
「ファミリーは私のことを狙っているのではなかったかな」
「ええ、狙っているわよ。今回議員の息子を殺したことで余計、躍起になっているでしょうね。
だって一応あんな男でもファミリーの一員だったんだし、議員の親もファミリーに資金を投資してくれている資金源だし」
そしてまた彼女はジュースを吸った。
ジョンはレムレースがジュースを飲み干すまで待つ。ズーズーという吸いっぱぐねた音が聞こえると彼女は物悲しそうに、グラスをテーブルに戻した。
「まあ、だからこれからあなたは命を狙われるわよって、ことよ。この前あげた、仮面があるでしょ。
顔を見られないように、仕事中はあれをしときなさい」とレムレースは面白そうに笑った。
ジョンは辺りを見渡した。誰も自分を張っている気配はない。どうやらこの少女一人だけのようだ。
「きみもファミリーの一員なら、どうして私を殺さないんだ」
彼女はストローでグラスの底に薄く溜まった紫色の液体をかき混ぜながら、「だってわたし雇われてるだけだもの」と上目遣いに答えた。




