case50 未来を変える運びの仕事
とてつもなく大きな屋敷の応接間に、四人は通された。
綺麗なカーペットが床一面に敷き詰められていて、見たこともない立派なソファーがテーブルを囲うように置かれている。
装飾品や絵画、内装に圧倒されながら、四人は横一列に座っている。そわそわしながら、みなは前方に座る男の言葉を待った。
「よく、来てくれたね」
墨色のスーツを着て、金色の髪をなであげた三十代くらいの優男が四人の真正面に座り足を組んで座ってる。
「この度はありがとうございます」
チャップは今までに聞いたことがないほど丁寧な口調で、優男にいった。
「いや、礼をいうことでもないよ。神に使えるものとして、困っている子がいたら見過ごせないだけさ」
ニコっと、真っ白い歯を見せ、眼を細めた。
そして、少し真顔に戻り、男は続ける。
「これから、僕のために働いてくれるかな」
いってからすぐに涼しい顔に戻り、優男は笑った。
ニックはこの男を好きになれないと思った。
「はい!」
チャップは穢れをしらない無垢な少年のような声で答えた。
皆はチャップについてゆくだけだ。チャップのいうことに口出しはしない。たとえ、どれだけ気に入らない相手だとしても、チャップが慕う人物なら、皆も慕うまで。
「はは」と優男は人好きのする笑顔を浮かべながら、「頼もしい限りだよ」といった。
そのとき、とびらが開き黒と白のモノクローム色のメイド服を着た女中があらわれた。
女中は無言でワゴン・カーを押し、テーブルにつける。
そしてワゴンに乗せていた、見たこともない豪華なケーキを四人の前に並べはじめた。その間も女中は、表情をまったく変えない。
並べられたケーキはゼリーのようなものでコーティングされており、宝石のように、光り輝いている。ケーキに続き、嗅いだこともない良い香りのお茶も共に置かれた。
ワゴンに乗せられた食器をすべて並び終えると、女中は軽く頭を下げ最後まで、表情一つ変えることなく部屋から出ていった。
「さあ、食べてくれ。君たちが今まで食べたことがないほど美味しいものだよ」
カノンはミロルとニックに目配らせした。毒を疑え、ということを訴えかけている目だ。
「ありがとうございます」
そういって、チャップは皆を代表して口を付けた。
「美味しいです」
チャップの口から、美味しいという言葉をはじめて聞いた。いつもなら〈旨い〉としか言わないが、この男の前では美味しい、だ。これにはカノンは顔をしかめた。
「おまえ達も食べろよ」
チャップは皆にそういった。先んじて皆に、毒が入っていないことを諭したのだ。三人は顔を見合わせ、渋々ケーキに口を付けた。
ケーキを口に入れた瞬間、今まで曇らせていた三人の顔がパッと太陽が差したように明るくなった。
「旨い!」
カノンは叫んだ。ミロルも、「旨い」といった。
ニックも裏頬が痛くなるほど美味しいと思った。
あっというまに皆はケーキを平らげ、お茶で一息ついた。
優男は張り付いた笑みを浮かべながら訊く。
「美味しかっただろう」
「はい」といってチャップは、「え~と……」と困惑気味に優男を見た。
優男は困惑しているチャップを見ながら、しばらく考え思い至る。
「ああ」優男はそういって、「ラッキーって呼んでくれ」と答えた。
「はい、ラッキーさん。本当に美味しかったです。ありがとうございました」
チャップは皆を代表してお礼をいった。
「それじゃあ、早速お願いしても良いかな」
四人が落ち着いたのを見て取ると、順グリンに左から皆を見てラッキーといわれる男がいった。
「はい、何でも言ってください」
姿勢を正し、チャップは答えた。
「これをこの住所まで運んでほしいんだ」
そういって、ラッキーはテーブルに備え付けの引き出しから封筒をだし、チャップに渡した。
チャップは封筒を見た。それから首をかしげた。
「あの……」申し訳ないといいたげに声を潜めて、チャップはいう。
「俺たち……字が読めないんです」
「ああ、ごめんごめん。そういやあ、そうだったね」
はじめから分かっていたかのように、ラッキーは笑った。
「リモートン通り3-111にある屋敷だよ」
チャップはさらに決まり悪そうに、「住所も分からないんです」といったとき、「俺が知ってる」とミロルが乾いた声でいった。
「本当か?」
チャップは不思議そうな顔で、ミロルに訊いた。
「ああ、字は分からんけど、住所なら知ってる」と愛想なくミロルはいった。
「いったいどうやって覚えたんだ?」
「耳に挟んだ。ここは何々通り、ここは何番街って」
ミロルは無感情にぼそぼそと答えた。
「ミロル。おまえスゲーよ」
眼を細め、チャップは笑いながらミロルをほめたたえた。
優男はそこまで話を聞いて、「じゃあ、頼んでいいかな?」と改めていった。
「はい、任せてください」チャップは答えた。
「今回はいいけど、これからは住所を覚えてもらわないといけないね。届けてもらう場所は限られているから、すぐに覚えられるさ」
「はい」とチャップは返事をして、「それでは行ってきます」と立ち上がった。
「行くぞ」チャップはソファーに座っているみんなに告げた。
*
ミロルの案内でリモートン通り3-111にある屋敷になんなくつくことができた。通常なら車で一時間はかかる距離だが、近道を知っている彼らにはその半分の時間で十分だった。
今さっきまでいた屋敷と同じほどの大豪邸だ。
チャップはみんなを代表して屋敷のノッカーをたたく。中からは執事のような礼服を着た男があらわれた。その男はチャップを見ると、汚らわしそうに顔を歪めた。
「何か御用ですか。いまご主人様は大層落ち込んでおられる、用がないなら早く帰ってください」
口調は丁寧だがどこか、冷たい印象を与える声で執事はいった。
とびらに手をかけたまま、今にでも怒鳴りだしそうな声音だった。
「あ、えっと……これを預かったんです……」
執事はその封筒を見ると目の色を変えた。
そしてチャップの顔を見る。
「分かりました。しばらく待っていてください」そう言い残し執事は屋敷の奥へと消えていった。
しばらくして戻って来たときには人間が二人に増えていた。
ガマガエルのような顔をした小太りの男が執事の後ろに付き添ってやって来たのだ。チャップはこの男の顔をどこかで見たことがあるように感じたが思い出せない。
「この封筒はどうしたんだ」
ガマガエル顔の男がチャップを問いただした。
「ある人物から預かったんです……」緊張から裏返った声をだした。
「中身を見ていないだろうな」ガマガエル顔の男は鋭くいった。
「いえ、中身は何があろうと見やしません」チャップは固唾を飲み込んだ。
「そうか。わかった。帰りなさい」
ガマガエル男は虫を跳ね除けるように手を振りながらいった。執事に背中を押されながらチャップは屋敷から出された。こうして思いのほか簡単に初仕事を終えた。
チャップははじめて、人さまの役に立てたことが嬉しくて、心が温まる思いだった。人から物を盗んでいたときには、得られなかった感情だった――。




