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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case48 ジェボーダンの獣事件の再現

 それから数時間後に、署からサエモン達が到着した。キクマが駄目と見限るや、ウイックの行動は早かった。無線で署に連絡するや、嫌がらせのようにサエモン達を呼んだのだ。


 普通ならこんな事件にサエモンが来ることなどありえない。

 しかし何故かウイックが頼むと上層部だろうと断れないのだ。いったい、ウイックはどんなコネクションを持っているのか、謎である。


「そんじゃあ、俺とサエモンは向こうの事件をちょっくら見てくるから、おまえは引き続き警護、頼んだぜ」


 ウイックはむさいウインクをして、キクマにいった。

 キクマは吐きそうになったのを何とか堪えた。


「そんじゃあ、俺たちはイカレタ殺人事件を見物しに行こうぜ」


 続けるようにサエモンにいった。

 サエモンは狐のような吊り上がった目を、釣り針で余計に吊り上げたように不機嫌な顔をしている。今回ばかりは、サエモンに同情してやらないでもない。しかし、いい気味だとも思うキクマであった。


  *


「私はね。忙しいんですよ」


 サエモンはとげをふくんだ、声でウイックにいった。

 サエモンたちは長い草が生い茂る、一本道を歩いた。


「そう固いこと言うなって。固いこと言ってると女にモテないぞ」


「私はモテなくても今のままで十分幸せですよ」


「モテた方がいまよりも幸せになるんだよ」


 ウイックは首だけで振り返り、押し付けるように力強く言い放った。

 サエモンは肩をすくめた。


「あなたの頭は女ばかりですか」サエモンが呆れ気味に言い返すと、「んなのたりめぇーだろうが。男の頭の中には女のことしかないだろう。おまえの頭も同じだろうが」


 サエモンは少しムキになって、「いえ、あなたと同じにしないでください。私は一途なんです。あなたのよう、誰彼構わずなびく人間じゃない」と〈一途〉のところだけを強調していった。


 そんな子供の喧嘩のような話しをしながら歩いていると、あっという間に目的地に着いてしまった。


「あそこの、芝生のなかだ」


 そうウイックはなだらかに続く一本道をそれた草むらの中を指さした。


「皆さん。お願いします」


 サエモンは振り返り、背後にいた鑑識官たちに命じるや否や、彼らは草むらにサーっと入り、「ありました」と即座に知らせた。


 それから鑑識官たちはズタズタに切り裂かれた、遺体を隅々まで調べた。


「何か分かりましたか」サエモンは鑑識官のリーダに訊いた。


「はい、前腕に防御創があることから、こう被害者は体をかばっていたことが分かりますね」


 鑑識官は自分の体の前で腕をエックス字に交差させて、ポーズをとってみた。


「その他には」


「ここまでズタズタにされたらもう、詳しいことは分かりませんが。被害者は生きているときに、死なない程度にいたぶられたように思いますね」


 リーダ鑑識官は顔を曇らせながらそういい、「こんなの人間の所業じゃないですよ」と憎々し気に付け加えた。


「いや」ウイックが口を挟んだ。「人間だからできる所業なんだぜ」


「はあ~」鑑識官はハッキリしない低い声で相づちのようなものを打った。


「人間だから、あそこまでズタズタにできるんだ。動物なら綺麗に食ってるよ」


 そしてウイックは草むらにちりばめられた、赤黒い何かを指さして、「ほら、見てみろ。あの肉片を周囲に散らかしているだけで、食った様子はねぇーじゃねぇーか。

 これは明らかに、殺しを楽しんでるイカレタ人間の所業だ」


 そう言いながらサエモンと鑑識官の顔を交互に見つめた。一部始終現場検証が終わり、ズタズタに切り裂かれた死体は回収された。


「このままほっておけばまだまだ、被害者はでるぜ」


 ウイックはサエモンを挑発するような声を出す。


「でるっていうと、まるでこれがはじめてではないようですね」


「ああ、そうさ。聞いた話では今回で四人目だ」


「それでは、以前の三回も同じような殺害方法だったのですか」


 ウイックはタバコを懐から取り出し、一本取り出した。


「酒場で知り合った黒人のあんちゃんが面白れぇー話を聞かしてくれたのさ」そういいながら、ウイックはジッポライターを擦り火を点ける。


 そしてゆっくり煙を肺一杯に吸い込んで、倍の時間をかけて吐き出した。


「黒人のあんちゃんは獣の皮を被った人間の仕業だといっていた」


 タバコを加えた状態で、ウイックはニタリと笑った。


「まるでジェボーダンの獣事件ですね」サエモンはそうつぶやいた。


「ジェボーダンの獣事件? なんだそりゃ」子供のように眼を輝かせながら訊いた。


「18世紀のフランス・ジェヴォーダン地方に出現した、オオカミに似た生物が起こしたと伝わる事件ですよ。1764年から1767年にかけマルジュリド山地周辺に現れ、60人から100人の人間を襲った。獣が何であったかは、今でも分かっていないというオカルト伝説です」


「つまりよ」ウイックは手のひらをポンとたたき、「そのジェボ何とかってぇーのは、人間が獣の皮をかぶって人を襲ってたってことじゃねぇーの」


「確かに、人間が獣の皮をかぶっていたのではないか、という意見もあるみたいですね」サエモンは反論せず、素直に認めた。


「つまり、今回はそのジェボ何とかってぇー事件を真似てイカレタ犯人が犯行を繰り返してるってことになるだろ。だったら、俺たちが犯人を突き止めなくちゃーなんねぇーよな」


 サエモンは眼を細めながら、「いま忙しいのですから、私を巻き込まないでください」と小さく抗議した。


「何冷たいこと言ってんだよ。戦争でおまえの親父を助けてやったのは俺だろ。そんな口をきいていいのかなぁ」


 ウイックは悪の笑顔を浮かべ脅しとも聞こえる低い声でつぶやいた。


 サエモンは悔しそうに、「いったい、いつまでその恩を着せるつもりですか」と皮肉りに言って見せた。


「いつまでって、俺の気が済むまでだよ。良いじゃねぇ―か。金をよこせって言ったことなんざぁー、一度もねぇーだろ。そのことを思えばお安い御用だろうが」


 サエモンはそれ以上何も言わなかった。


 「分かりました。分かりましたよ。今回だけはあなたに付き合いましょう」と捜査協力を了承した。


「そうこなくちゃあよ。まあ、そう不貞腐れることはねぇーぜ。事件っていうのはよ。どこかで繋がっていることがよくあるんだからよ。

 この事件を調査している内に、おまえが追っている事件のことが分かるかもしれねぇーだろ。

 この事件が終わったらお前に女を紹介してやるよ。たまには羽根をパーっと外して、ハッチャけた方がいいんだぜ。おまえも、キクマも、な」


 サエモンはこれ以上反論するのも馬鹿らしく思え、「ええ、もしかしたら、つながっているかもしれませんね」と適当にいった。


 そう、このイカレタ事件はもしかしたら、サエモンが追っている人体実験。MKウルトラ計画に繋がっているかもしれないのだ。


 ウイックはサエモンの首をヘッドロックして、「な、だろ」と笑顔を浮かべた。

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