case47 連鎖する事件と関連
キクマがカエル顔の議員、ピエールの部屋で見つけて書類は、議員とジェノベーゼファミリーのかかわりを示す決定的な証拠であった。
ピエール議員はマフィアに、政敵暗殺を依頼していた証拠だ。書類にはターゲットとなった人物の情報と、写真が事細かに書き記されていた。
書類のどれもこれもが、以前まで政敵だった議員の顔や、愛人か誰なのか判明しない女の写真もある。それも巧妙なことに、事故死や病死、自殺に見えるように、計られている。
その日キクマが予期していた通り、もう一つの大きな変化があった。ピエール議員はそのことが分かるや否や、血相を変えて泣きわめいた。
ピエール議員の息子が、宿屋で殺されているのが発見されたのだ。背後から首の頸動脈を一太刀で切り裂かれベットにうつ伏せで倒れていた。
白いシーツが発見されたときには赤黒く染まっていた。
同じ部屋で発見された女は放心状態で、話を聞ける状況ではなかった。
「分かったでしょ。あなたは狙われているんですよ」
キクマは半狂乱になった、議員にいった。
ピエール議員は眼を剥きながら、「それが分かっていたんだったら、どうして息子を警護しなかったんだ!」そう叫び散らした。
「あなたが息子さんの居場所を教えなかったんでしょう」
キクマは冷たくいった。ピエール議員は餌を求める金魚のように口をパクパクさせながら、何も言えない様子で再び押し黙った。
「これで分かったでしょ。あなたは狙われているんですよ。今は会期中ではないでしょ。自宅でできる仕事は自宅でやって、むやみやたらに外出しないでください」
キクマは教師が生徒を諭すときのようにねっとりと、脳に塗り込むように言い聞かせた。
ピエール議員は何も言えない様子で、そのままソファーに沈み込む。
自分が付いている限りひとまず安心できるだろう、とキクマは心を撫でおろした。しかしウイックの野郎は何処にいってやがるんだ、キクマはそんなことを考えた。
*
時を同じくして、ウイックもある事件に遭遇していた。村人たちは恐怖に引きつった顔で誰もが沈黙をついている。
周辺を見渡す限りどこもかしこも、長い草が生い茂り見晴らしが悪い。風が吹くたびに、草や枝が揺れザサザサと不気味な音を立てる。
ウイックは本能的に背後を警戒した。戦争時代の癖がまだ抜けない。きっと一生抜けることはないだろう。
「たく、ひでぇ~な。ズタズタじゃねぇ―か」
ウイックは長草の中に足を踏み入れ、しばらく歩いたところでしゃがみ込み、ズタズタに引き裂かれた肉片を見た。
「いつ見つけたんだ?」
数メートル離れたところにでくの坊のように突っ立っている大柄の男にウイックは訊いた。
「あ、あんたが来る三十分ほど前だ……」
大柄の男は顔を引きつらせながら、答えた。
「だが、死体の状態から考えると、殺されてから少なくとも数十時間は経っているな。専門じゃないから、詳しくはわからないが昨日の夜ぐらいだろう」
「あんた……本当に刑事さんなのか……?」
サンタクロースのように真っ白い髭を蓄えた老人が疑うように訊いた。
「だから、そういってんだろ。爺さん。俺は正真正銘の刑事だよ。その大柄の兄ちゃんが半狂乱で街まで助けを求めて来たから、こうやって付いてきてやったんだろ」
ウイックは説明的に今までの経緯を話した。
「で、で……は、犯人は……」パッとしない顔の地味な青年はつっかえつっかえに訊いた。
「そんなの今来た俺に分かるわけねえだろ」
呆れ気味に眼を細めながら、ウイックはいった。
「そ、そうですよね……」意気消沈気味に青年は落胆の表情を浮かべた。
「この前酒場でよ。獣による残虐な殺人事件が起きてるって聞いたけどよ。もしかして今回がはじめてじゃないんじゃないか?」
大柄の男が皆を代表するように躍り出て、「ああ、そうだ……。これで四人目だ……」といった。「どうして、警察は黙ってんだよ?」ウイックは訊いた。
「いや、調査ならしてくれているんだ……。いま街ではもっと重大な事件が起きているから、力を入れてくれているかどうかは分からないけど……」
大柄の男は最後の方の言葉だけを小さく発言した。
「いや、その連続殺人の事件もあいつら力をいれてないぜ」
「どうしてですか……」パッとしない顔の青年が訊いた。
ウイックは不敵に笑いながら、「なぜなら、その事件の捜査を任されてんのは俺だからな」と三人に言い放った。
三人はお互いに顔を見合わせ、「ああそうなんですか」とか、「そいつは……」だとか、「調査の進展はあったんですか」などの言葉をウイックに返した。
「進展はねぇーな。今んところ。だけど今ごろ何か起きてるかもしんねえし分からん」そうウイックは曖昧に答えた。
「それより、一様この事件も捜査されてんだろ? 何か分かってることはあるのかよ?」
みんなは一斉に顔を曇らせて、「いえ……。何も……」といった。
ウイックはもう一度ズタズタに食い破られたような亡骸を見た。
そしてあの黒人の男がいっていたことを思い出した。獣の毛皮を被った人間の仕業だと。ウイックも直感で人間の仕業である気がした。
「とにかく、このままにしとくわけにはいかねえよな」
ウイックはみんなを見た。
「街に戻って、応援を呼んでくるから待ってな」そういうと、「お願いしてもよろしいのでしょうか?」とサンタクロースのような立派な白髭の老人が驚きながらいった。
「ああ、任せとけって。遺体はこのままにして触るなよ」
「ええ、このままにしておきます……」髭の老人がそういってから、「あと危ないから家に帰って、俺が来るまで外に出るんじゃねえーぞ」と警告した。
みんなはうなずき、「分かりました」とそれぞれの家に帰っていった。さてと、とウイックはこれからのことを考えながら、一度街に戻る。
*
ウイックはひょこっと帰ってきたと思うと、「おい、キクマ大変なんだよ」と興奮気味にいったのだ。
「こっちの方が大変だっつうの。あのカエル議員の息子が今朝、遺体で発見されたんだ」
「マジかよ」
ウイックは想像以上に驚かなかった。こいつのことだから、飛び上がって喜びまわると思ったのだが。
「まあいい、そっちの大変なことってなんだよ?」キクマは拍子抜けした風に訊いた。
「あ、そうだったそうだった。あの黒人男が言っていた話があっただろ」
キクマは頭の奥底に記録されている記憶を呼び覚まして、「ああ、ズタズタに引き裂かれた死体の話しか」と思い出したばかりの話を言葉に出した。
「そうだ。その怪事件だ」ウイックは声高にいった。
「その事件がどうしたんだよ?」キクマはわけが分からん、といいたげに訊いた。
「さっき四人目のズタズタに切り裂かれた死体があがったんだよ」
そうウイックはニヤリとタバコで黄ばんだ前歯を覗かせて笑った。
「だから、何なんだよ」キクマはウイックの想像とは裏腹に、突っぱねる思いで応じる。
「だから、応援を呼ばなきゃなんねぇ―だろ」
「ああ、そうだな」
「おまえも来いよ」
「そういうことだと思ったよ」
キクマはフッと笑ってから、「だけど今俺はあのカエル議員から離れるわけにはいかない。そっちの事件に首を突っ込むんならあんた一人でやってくれ」と突っぱねた。
何度もウイックはしつこく頼んできたが、キクマはそのたびに跳ね除ける。
「じゃあわーった。こっちにも考えがある」
そう薄気味悪い笑みを浮かべながらウイックは最後にそういった。キクマは嫌な予感を覚え、背筋に悪寒が走った。




