case42 泥棒じみた刑事
キクマがカエル顔の議員ピエールの護衛についてから数日、何の変化も事件も起きず、暇だった。そりゃあー、この部屋から出してもらえないんだから、事件が起きても分からないわな、とキクマは嘆く。
ピエール議員は殆ど家にいない。仕事なのか、遊びに行っているのか、おそらく後者だろうとキクマは思っている。
しかし、キクマもただ黙って一日を過ごしているわけではなかった。
ピエール議員が出かけたときを見計らって、無断で屋敷を歩きまわっていた。屋敷内には、常に護衛が張り込んであるので、護衛が張っていないとろこや隙をついて、屋敷内を自在に往復した。
きっと見つかったら、とんでもないことになるだろうな、ということはキクマも分かっていたが、この屋敷にはヤバいことが隠されている、という刑事の勘がキクマに語りかけるのだ。この屋敷を調査しろ、と。
そんなこんなで、屋敷をうろつき回っていたときのこと、「いったい、こんなところで何をされているのですが?」と護衛に見つかったことがある。
そのときは、「便所がどこか探してんだ」と誤魔化すことができたが、これ以上屋敷を無断でうろつき回るのは危険だ。
次見つかったときは、もう自分は終わるだろう、という確信に近い予感を覚えた。しかし、辞めるつもりはなかった。
そんなこんなで、懲りずにベルサイユ宮殿でような廊下を歩いていると、豪華な装飾がほどこされた明らかに他と一線を画す、部屋に行きついた。それに鍵が付いていることも、他の部屋と違う一点だ。
その部屋を見つけてから、キクマは忍び込む隙を見計らっていた。そして、ピエール議員が出かけた今日。忍び込むには今日しかない、とキクマは思ったのだ。
キクマは護衛の死角、死角を通って再び豪華なとびらの前に立っていた。お宝の匂いがプンプンとびらの、向こう側から漂ってきているようだった。
キクマは調達していた、針金を二つ鍵穴に差し込みカチャカチャと器用にいじくる。はたから見たら泥棒にしか見えなかった。刑事が泥棒を働いたら無敵ではないだろうか。
カチャカチャとピッキングの音がだだっ広い廊下に、響き渡った。反響性が高いのか、トンネルの中のように音がこだまする。ちょっと、やべえ……かもな……とキクマは焦りだした。
よほど性能の高い鍵でも付けているのか、なかなか鍵が解けない。
キクマがとびらの前で時間を喰っているとき、「あっちの方から何か音が聞こえるな」と人の声がこちらに近寄ってくるのを悟った。L字に曲がった直後にこの部屋はある。
角を曲がってきたら、すぐに気付かれてしまうのだ。キクマは焦った。金庫みてぇーに厳重だな……おい……、キクマは心の中で毒づく。
「主様の部屋の方から聞こえて来たな」
その声はハッキリ聴き取ることができるほど近い。おいおい……間に合ってくれよ……。キクマは最後の力を振り絞り、針金をカチャカチャ動かす。
「いないな」男がもう一人の誰かにいった。
「ああ、だから気のせいって言っただろ」もう一人の男の声がそう答えた。
二人の男は無駄話を交わしながら、遠ざかってゆく。キクマはとびらに体を預け、地面にへたり込んだ。まったく、ぎりぎりだったぜ……。紙一重のところで、キクマは部屋に侵入することに成功していた。
キクマはしばらくの間、死んだようにぐったりと休んだ後、獲物を物色する泥棒のような目で室内を眺めた。カーテンは閉め切られ薄暗い。
部屋の中央には、高級感漂わせる机が鎮座していた。机の上には分厚い本と書類、ランタンが置かれている。そして、壁には誰なのか分からない肖像画が多数かけられていた。
床一帯を囲うようにして、ペルシャ絨毯のような鮮やかで煌びやかな刺繍がほどこされた絨毯が敷き詰められている。
右の壁側には、ガラス付きの書棚があり、中にハードカバーの本がぎっしり詰まっていた。あのカエルのような顔が机について、ハードカバーの本を広げている姿は、悪いが想像できないな、とキクマは思った。
キクマはゆっくり辺りを見回しながら、部屋の物を慎重に物色し出した。まずは、部屋の端に置いてあった引き出しを上から順に開けた。
人の物を勝手に物色する、という行為自体には罪悪感を抱かなかった。きっと、自分は泥棒に向いているのだろうな、とキクマは己を自嘲した。
ペンや白紙、ごちゃごちゃした小物があったが、気になるものは何もなかった。タンスは諦め、キクマは書棚に向かう。壁をそうようにして、置かれている観葉植物をサロンのように観察しながら進む。
書棚の本に何かを挟んでいる、という可能性もあるが、この本一冊、一冊ひっくり返す時間もない。本には指一本触れることなく、表紙だけを眺めた。
歴史の本や図鑑、辞書、古典文学などがあったがどれも新品のように綺麗だった。本当に読んでいるのか疑うな、もしかしたら見せかけだけなんじゃねえか、とキクマは推測した。
棚を動かしたら隠し部屋が現れた、というシチュエーションがあるようだがこの部屋にはそんなものありそうにない。100パーセントないとは言えないが。
となると、残るは机である。楽しみは最後まで取っておく、という性格ではないが、キクマは一番存在感を放っている机を後回しにしていた。
机に歩み寄ると、下から順に引き出しを開けはじめた。興味を引くような書類が、敷き詰められていた。
書類すべてに目を通したいのは山々だが、時間がない。まだ、先は長いのだ。議員が出かけた日に改めて、書類はチェックすればいい。そして、何よりも存在感を放っている引き出しにキクマは眼を向けた。
その引き出しには鍵がついていた。一度引いてみる。当然、鍵がかかっていた。お宝が入っている匂いが、プンプンすんな。キクマはトレジャーハンターのような興奮を覚えた。
二つの針金を鍵穴に挿入し、開錠を試みる。少し時間はかかったが、さっきのとびらほど、難しくはなかった。
キクマは手をこすり合わせながら、「さあ、お宝を拝見させてもらおうか」と引き出しを開けた。引き出しの中には書類が入っていた。
キクマはその書類を手に取って、はじめに目に付いた一文に目を引かれた。そこにはジェノベーゼという名前が書かれていた。




