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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case38 家族との一とき

 あれから数日、チャップとミロルの怪我も、順調に回復しているようでニックも安心した。順調に回復しているもんだから、チャップは調子に乗ってこんなことを言い出す始末だった。


「もう怪我もだいぶん治ったし、そろそろ俺たちも仕事に出ようかな。ここ数日寝てばかりで暇なんだよな」


「駄目よ。まだ安静にしてないと、傷口が開いたらどうするつもり。せっかくここまで看病したのが無駄になっちゃうじゃない」


 セレナはその度にチャップをたしなめた。


「ねぇ、ミロル。あなたはそんなこと思ってないわよね?」


 セレナは睨みつけるように、ミロルに問うた。有無を言わせぬ迫力がセレナの眼には宿っていた。


 ミロルは一瞬迷ったように顔を曇らせ、チャップとセレナの顔を見比べた。当然怒らせて怖いのはセレナである。


「ああ」とそんな意思がないことを短く答えた。


 セレナは我が意を得たり、というようにチャップに微笑みかけた。「ほらね。ミロルもまだ安静にした方が良いって言ってるじゃない」


 チャップは女々しい目でミロルをねめつけ、「この裏切り者」と愚痴った。ミロルは心の中で(しょうがないだろ、逆らわない方が賢明だ)と思った。


「そうだぜ、チャップ。仕事はオレたちに任せておけば良いって」


 カノンが誇らしげに胸を叩きながら、話に割り込んだ。「ニックなんてよ、たった数日ですっげぇー上手くなったんだぜ」とカノンはまるで自分のことのように、誇らしげに言った。


「ミロルとチャップがいなくても、オレたち二人でやっていけるほどなんだぜ」カノンはまた調子に乗って、余計な一言を吐いた。


「はは、言ってくれるじゃないかよ」チャップは怒ることもなく、愉快そうだった。


「わかったでしょ、今はまだカノンとニックに任せておけばいいの」


 セレナはそう言いながら、かごいっぱいにパンを持ってきた。年月が経ち、深い色合いになっているテーブルの上に、彼女はパンとジャガイモのスープをすべて並べた。


「さあ、食べましょ」


 カノンがいつものように、何も言わず手を付けようとすると、「こら、あなたは何度いえば分かってくれるの?」とセレナもいつものように注意が入る。このやり取りが毎日の日課だった。


「ちゃんと祈りを捧げないと駄目でしょ」


「あのさ、オレはね。神様なんて信じてないの。もし神様がいるんだったら、何の罪もないオレたちにこんな仕打ちはしねえだろ?」


 カノンは口を尖らせながら反論するのもいつもの日課だ。

 しかし、カノンよりもセレナの方が一枚も二枚も上手、「神様じゃなくて、食べ物に祈るの。あなたの命をいただきますって」そう言いながらセレナは手を組んだ。


 みんなセレナを見習い、手のひらを組んだ。カノンも肩をすくめながら、渋々手のひらを組む。いつも指揮をとるのはセレナである。


「父よ、あなたのいつくしみに感謝して、この食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、あたしたちの心とからだを支える糧としてください。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン」


 ここにいる誰もがカトリックではないが、セレナは食事の度に祈りを欠かすことはなかった。


「アーメン」みんなはセレナの後に続いて、「アーメン」と唱えた。


 食事が終わると、仕事の時間が待っている。ニックは気乗りしなかったが、食べていくためだと割り切り、毎日をこなしている。


「それじゃあ、行ってくるから。ミロルとチャップを頼んだぞ」


 カノンはボロボロのカバンを肩に掛けて、セレナにいった。

 セレナは眉間にしわを寄せて、「わかってるって、くれぐれも危ないことはしないでね」といった。


「分かってるさ、セレナは心配性だな」からかうように、カノンがいうと、セレナはわかってないわね、という目でいった。


「違うわよ。これ以上病人を増やされたら、看病が大変になるからよ」


 これにはみんな、大笑した。


「本当にその通りだな」彼は顔をにやつかせながら、共感した。「看病する、セレナの方が大変だ」


「笑い事じゃないわ。本当に二人だけでも大変なのに、これが四人に増えたころにはもう終わりよ」


 セレナは至って真剣にいうが、みんなからしたら笑い話にしか聞こえなかった。


 しまいにセレナは不貞腐れて、「そう笑わなくったっていいじゃない。わかったわ。怪我をして帰ってきなさいな。あたしがみんなまとめて、看病してあげるわよ」とやけっぱちにいう始末であった。


 みんなは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。これ以上からかい過ぎると後が怖いな、と誰もが思った。


「悪かったよ……。そんなつもりでいったんじゃないんだ……」カノンは申し訳なさそうに、声のトーンを落としてセレナに謝った。


 するとセレナはクスクスと、「冗談よ。冗談、こんな冗談真に受けないでよ」と笑った。


「冗談で安心したぞ。セレナがいうと冗談も冗談に聞こえないんだよな」


 言えてる言えてる、とみんな首を縦に振った。


「それじゃあ、行ってくるよ」カノンは手を振った。


「ええ、いってらっしゃい。本当にニックもカノンも怪我だけはしないでね」


 彼もカノンも同時に、「ああ、分かってる」とハモリながらいった。

 そして彼とニックは街に繰り出した。


「まったく、頼もしくなったよな。カノンもニックも」


 チャップは父親が我が子を褒めるときのような慈愛に満ちた、目をかけ去ってゆく二人に向けてつぶやいた。ミロルは何も言わなかったが、しんみりとうなずいた。


「だってよ。カノンもはじめのころは、何も分からないガキだったんだぜ」とそこまで言って、「まぁ、今でもガキだけどよ」と付け足した。


「だけど、頼もしくなったよ」噛みしめるようにチャップはいった。


「そうね」とセレナもうなずいた。


「もうそろそろ、仕事を請け負ってもいいかもしれねえな」


 チャップはぽつりといった。

 怪訝に顔をしかめ、「何のよ……?」とセレナは心配そうに訊く。


「この前、言っただろ。会わなきゃいけない人がいるって」


「ええ……それでその人に会って来たんでしょ……それがどうしたの?」


「その人に仕事をもらったんだ。俺たちにしかできない仕事だ」


 セレナは何の仕事をもらったのか訊こうとしたそのとき、「じゃあぼくも、仕事に行ってくるね」とアノンが椅子から立ち上がった。


「え、ええ、アノンも気を付けてね」


 セレナはアノンを実の弟のように、可愛がっていた。出ていこうとする、アノンを抱き寄せ頭をなでた。アノンはセレナの背中に手を回し、されるがままになでられ、甘えた。


 しばらくそれが続くと、「それじゃあ。行ってくるね」とアノンは出ていった。アノンが仕事に出ると、チャップは話の続きをはじめた。


「俺たちの怪我が治ったら、仕事を紹介してもらうことになったんだ」


 チャップの言葉に、セレナの顔は曇った。


「危ない仕事じゃないでしょうね……?」


「危ない仕事じゃない」


 チャップの瞳に嘘の色は読み取れなかった。それ以上セレナは訊かなかった――。

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