case34 キクナの思い
ジョンは男に渡された、リボルバーを構造から理解するように眺めた。
自分の手を汚すにも及ばない、奴らに使う。男の言葉を思い出した。たしかに、銃というものは罪悪感もナイフより伴わず、使い勝手もいいうえに、確実に始末できる。
人間を殺すため、考え抜かれた構造をしている。人類の天敵は人類自身で、人類が作り出した兵器なのだ。もし人類が滅びるとすれば、それはウイルスでも、宇宙からの侵略者でもなく、兵器だ。
近い未来人間が作り出した神に、支配される日が来るかもしれない。
そんなことを考えながら、ジョンは手を汚すにも及ばない部類に入るかもしれない、政治家の屋敷を見た。
夜十二時を過ぎているというのに、屋敷は煌々と輝きパーティーのような賑わいを見せていた。
屋敷に忍び込んで、とも考えたが外に十人以上の護衛がついている時点で、屋敷内には同等か、それ以上の護衛が目を光らせていることは間違いない。
ジョンは早い段階で、その選択肢を諦めていた。
しかし、野外でも隙ができるとは限らない。
ハリネズミのように厳重な男だ。隙ができない可能性の方が高いことは、火を見るより明らかだ。何の準備もしていない、いま侵入したところで、返り討ちにされるのが落ちだ。
まずは、下調べを行わないと駄目だ。夜遅いこともあり、門前には誰もいなかった。敷地の中も巡回はしている人間が数人いるが、常に見張っているわけではない。
だとすれば、屋敷内には朝いた護衛が密集していることになる。
自分でも三人以上の人間を同時に相手して、勝てる自信がなかった。
それに、相手は護衛のエキスパートなのだ。一対一だろうと、勝算は怪しい。確実な方法で隙をつくしかない。さあ、どうするか。
*
ジョンが出て行ってから、数時間。キクナは一人、ベットで考え事にふけっていた。ジョンの仕事は何なのだろう、と。
キクナは気になって仕方がなかった。どうして、いつも仕事が入るのが夜なのだろう。そこまで考えて、キクナはハッとする。
「もしかして、他に女がいるんじゃ!」と飛び起きた。
一瞬でもそんなことが頭をよぎったが、キクナはあの人に限って、それはないな、とまた枕に頭を沈めた。
あんな無口で、面白みのない男性を好きになる女はよほどのもの好きか、おかしな女しかいないっしょ、とキクナは思った。
だとしたら、何をしているのだろうか? ジョンはキクナに何の仕事をしているのか、まったく教えてくれなかった。
気になって仕方がない。毎月、まとまったお金を渡してくれるのだ。それが余計に、キクナの不安を誘った。
もしかして、何かいけない仕事をしているのではないだろうか、と。
ジョンと付き合いはじめてから、キクナは務めていた酒場の仕事を週二に減らした。
ジョンには辞めろといわれたが親方は、「キクナちゃんに辞められたら、客がめっきり減っちまうよ……。週一でもいいから、辞めないでくれ。キクナちゃん目当てで、来てくれている奴らばかりなんだから」と泣きつかんばかりに、引き止められたので辞めることはしなかった。
ジョンと出会ったのも、親方の酒場だったのだ。
口数が少なく、いつも物静かで、孤高のオーラを放っていたジョンに何故か惹かれたのだ。キクナは自分でもどうして、あの人に惹かれたのかは分からない。けれど波長のようなものが合ったのはたしかだ。
一度、気になりだすと、もう気にせずにはいられなくなっていた。
そんなある日、ある事件が起きた。店が終わり、帰宅路についたときだった。ある男に襲われたのだ。
思い出すだけで身の毛がよだち、悪寒が走り、鳥肌が立つ。
あんなに怖い思いをしたのは、二十四年の人生ではじめてのことだった。男の荒い息づかい、服を引き裂かれたときの暴力的な、力をこれからも忘れることはできないだろう。
もうダメだと思った。このまま殺されるとキクナは本気で覚悟した。
無我夢中で叫んだ。普段声を張り上げることなどないから、割れた声しかでなかった。男に口を塞がれ、唾液がのどを逆流しむせた。
暴れれば、顔を殴られた。これ以上暴れれば、もっと殴られる。キクナは暴れることを辞めた。あとは犯されるのを待つだけだった。
そのとき、人の気配がした。最後の勇気と力を振り絞り、キクナは叫んだ。かすれ声しかでなかったが、キクナはいつ消えるともしれない光に最後の希望を託した。
するとあの人が助けてくれたのだ。そのときは、暗くて誰なのか分からなかった。その人は自分の声に気付いてくれて、助けに来てくれた。涙を浮かべながら、(わたしは助かるんだ……)と嬉しくてしょうがなかった。
しかし強姦魔はナイフを懐からだしたのだ。自分を助けに来たばかりに、人が殺される……。キクナはどうしていいのか分からず。ただ後悔を抱えながら見ていることしかできなかった。
しかしその人は自分を救うため男を殴った。何度も何度も、殴っていた。
キクナはその人にも恐怖を覚えた。それ以上殴ったら、死んじゃうんじゃない……と。キクナは、「も……もうやめてください……」と口をついて出ていた。
あれだけ恨んでいた、強姦魔を自分はかばったのだ。
その人はしばらくその場に突っ立ってから、コートを置いてそのまま立ち去ってしまった。
キクナはそのコートを羽織って、強姦魔から早く距離をとるように、逃げるように、走って、家まで一度も立ち止まることなく走った。
翌日、キクナは警察に被害届を出したが、どういうわけか、警察官は渋い顔をし、こういったのだ。
「ああ、お気の毒だけど、このことは忘れた方がいいよ」と、ペンで額を掻きながらいったのだ。
キクナは耳を疑った。どうして、忘れないとダメなの、と。
このまま、泣き寝入りしろというの? キクナはそういったかもしれないし、いわなかったかもしれない。
あまりのことに頭が真っ白になって、まったく憶えていないからだ。
それから数日後、自分を助けてくれた人のコートをふと見たとき、酒場に来ていた、男の着ていたコートに似ていることに気が付いた。
そして、暗くて顔は見えなかったが、声は聞こえた。
あの声は、あの人の声によく似ていたのではないか。
そう考えだすと、そうとしか思えなくなっていた。キクナは酒場にその人が現れたとき、かまをかけてみることにした。すると、やっぱりそうだったのだ。運命だと思った。




