case33 家族が傷つき
アノンとセレナは眼を白黒させながら視線だけで、どうしてこんなことに……と問うようだった。ニックもカノンも二人に合わせる顔がない。
「ど、どうして……こんなことになっているの……?」セレナは顔を真っ青にして、カノンの顔を見た。
カノンは不甲斐なさに歯を噛みしめた。「オレたちを逃がすために……二人が防いでくれたんだ……」
「捕まったの……だ、だけど、ここまですることないじゃない……」
セレナはそこまでいって思い出したように、「と、とりあえず、家の中に運びましょ。横にならせないとだめよ……」とニックとカノンに、いった。
アノンとセレナも力を貸し、四人でチャップとミロルを室内にあるつぎはぎだらけの、ソファーに横たわらせた。
ボロボロのソファーは体重がかかると、ギギギとバネきしむ音とかびくさい臭いがした。
「大丈夫だって……見た目ほど大したことねえよ……」チャップはそういい、笑ってみせた。
そう言ってはいるものの、傷は痛々しく強がっているのが見え見えだ。
「その傷でよく大したことないって、言えるわね……」
セレナは布巾を絞り、上半身裸になったミロルとチャップの体を拭いた。布巾が体に触れるたびに、二人とも顔をしかめた。
骨折はしていないようで、ひと安心だが、ひびは入っているかもしれない。動かすわけにはいかない。安静にさせていなければ。
「いったい、何があったの……?」セレナは包帯を巻きながら、ニックとカノンに厳しい目で問うた。
二人は顔をそむけた。
しかしこのまま、黙っておくわけにはいかない。起こった出来事を洗いざらい話さなければ。
彼は意を決し、「他の奴らの、縄張りに入ったようなんだ……」とかすれた声で答えた。
「縄張りって……ノッソンの……?」セレナは眉をしかめ、彼に質問のような言葉を返した。
「ノッソン……? あいつらの名前……?」
彼が問いに問いを投げ返すと、カノンが代わりに答えた。
「ああ、あいつらは、ノッソンファミリーってんだ。この街の西側を縄張りにしている奴らだよ……。結構ヤバいことを、やってるって噂聞くぜ……」
「ヤバいことっていうと……?」彼は首をかしげた。
「麻薬の密売を請け負ってるってよ」そこで声を潜めて、「たぶん、本当だろうな。あいつらなら、やりかねねぇーよ」と憎々し気にいった。
カノンの顔は本気だ。あいつらの悪意に満ちた顔を、思い出すと首筋に寒気が走るほどだ。
「どうして……ノッソンの縄張りに入ったりしたの……?」納得ができない、というようにセレナは訊く。
「夢中で逃げててうっかり、迷いこんじまったんだ……。気付いたときには、あいつらに囲まれていた……。すべてオレのせいなんだ。オレが調子に乗ったから……」カノンは不甲斐ない自分を責めるように、血を噛みしめるように答えた。
「もう、いいじゃねえか。すんだことだ。人間なんだから、失敗ぐらいするさ。失敗をうじうじ責めるもんじゃねえよ。大事なのは、同じ失敗を次から、繰り返さないように注意することだ」
チャップは納得がいかないという、苦い顔をするセレナに言い聞かせた。セレナはミロルとチャップが横になっている、となりに腰を落とした。
「責めていないわよ……。ただ、どうしてこんなことになったのか、聞いているだけ……」
「二、三日休めば、これくらいの怪我すぐ治るって、な、ミロル」
チャップはとなりに横になっていた、ミロルに問う。
「ああ」ミロルは短く答えた。
「問題はよ。この怪我が治るまで、俺たちは仕事に参加できないってことだ。それまで、カノン、ニック、おまえたちに任せていいか?」首だけを、彼とカノンに向ける。
「ああ、そんなこと心配するなって! オレとニックさえいれば、おまえたち二人がいなくても、どうとでもなるから、な」カノンは握りこぶしをつくり自分の胸をたたいた。
「べつに心配してねぇーよ」といった後に思い出したのか、こう付け足した。「あ、やっぱ心配だわ」と。
「どうしてだよ」
チャップはにやりと笑い、「おまえ調子にすぐに乗るもんな」とカノンを茶化すような言い方をした。ミロルも短く、「本当だな」と同意した。
「ニック、怪我が治るまで任せていいか? カノンが調子に乗ったら、おまえが止めてくれ」
彼は瞳を閉じた。心の中で自分に言い聞かせる、もう二度と家族を傷つけさせはしない、と。そしてゆっくりと目を開けた。
「ああ、任せてくれ。カノンが調子に乗ったら、おれが止めるから!」
横で聞いていたカノンが、「ひでぇー言いようだな……。オレってそこまで信用されてないのか。結構傷つくな……」と肩を落とした。
チャップは笑いながら、上半身を起こした。
「起き上がって、大丈夫なのかよ……?」
カノンはチャップの肩を慌てて支えた。チャップは優しくカノンの手に自分の手をそえながら、「ああ、大丈夫だ。走ることはできないが、歩くくらいならできる。それに会わなきゃならない人がいるんだ」と床に足を付けた。
そして顔をおとして、チャップは小さくいった。「本当にすまないな、足を引っ張ることになって……」
「何を言ってんだよ。チャップが悪いわけじゃないだろ」
カノンが言うと、セレナも、「ミロルとチャップが、ノッソンの足を止めたから、ニックとカノンは逃げることができたんじゃない。それは誇るべきことよ」と優しく諭してやる。
翌日、怪我を負ったミロルとチャップの代わりに、カノンとニックは二人で出かけた。アノンはいつものように、靴磨きの仕事に出た。
チャップの期待に応えないと、という思いを彼は強く感じた。
しかし、まだ半人前の自分に、みんなの期待に応えられる働きができるのか、という気持ちが心の大半を占めた。不安だ。
しかし、やるしかない。一日でも早く、みんなの期待に応えられる人間になるしかないんだ。
そして、もう二度と家族が傷つく姿を見ないために、自分が少しでも強くなるんだ。彼は心に誓った。




