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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case21 人形のような少女

「どうだったかね。さすがの君も一晩では無理だっただろう。あの男は鼠みたいな奴だ。危険認知だけは人一倍強いからな」


 その言葉から考えるに、どうやら男はジョンが失敗することを初めから予期していたようだ。ジョンはうなずいた。


「ええ、あなたのおっしゃる通りです。警備が厳重でした。あそこまで厳重に警備しなければならない、よほどの理由があるのでしょう」


 男はジョンの話を聞きながら、コーヒーをすすった。ソーサーの上にカップを置く甲高い音が乾いた室内に響く。


「焦ることはない。時間ならまだある」男はため息をつくように吐息を漏らした。


「ええ、ゆっくり隙を伺います。自宅では無理でしょうから、外出先で仕留めることにします」


「外出中でも、護衛が付いているがな。どうするつもりだ」男はジョンを試すように訊く。


「四人ほどなら、どうとでもなります。それ以上の警備は逆に役に立たないものですよ」ジョンがそう答えると、男は低く笑った。「頼もしい限りだよ。君のその行いで、救われる人がどれほどいることか」


「ええ、だといいのですが」とジョンはコーヒーをすすった。


  *


 議員が行動するときは、トイレだろうと常に三人以上の護衛がついていた。鼠のようなこの議員が一人になる瞬間が本当にあるのだろうか。ジョンは刑事のように、屋敷を張り込んでいた。


 屋敷全体をうかがうことができる、十メートルほどの建物の屋根の上に彼はいた。飛行機かなにかで上空からのぞかない限り、屋根の上にいるジョンは見えない。張り込むには絶好のスポットだった。


 屋敷の門前に二人、敷地内には見えるだけで十人以上はいる。

 ここまで護衛を配置しておかなければ、ならないのだ。命を狙われるような、やましいことを行っているのだろう。

 まだ時間ならあるゆっくり時間をかけて観察すれば、かならず隙はあるものだ。


 四六時中隙のない動物などいないのだから。

 

 午後二時。朝から変化のなかった、屋敷に変化があった。屋敷のとなりのシャッターが開き、その中から真っ黒の車が姿をあらわした。

 あの車はたしか、ベンツという車種だっただろうか。超が付くほどの、高級車のはずだ。


 真っ暗なスモークガラスで、乗っている人物は見えないが、こんな車に乗れるのは、一人しかいない。


 あとを追いたいのはやまやまだが、いかなジョンでも車を追跡することはできない。問題はこのままここで張り込むか、それとも一度引き返すか、どちらにするかだ。


 昨日の夜から家に帰っていない。キクナが心配しているだろう。ジョンは一度引き返すことにした。

 

 家に帰るためには必ず通らなければならない、街道を歩いていると。ある異変が二つあった。


 一つは警察たちが街道の一角を封鎖し何かを話し合っていること。その中に昨日ジョンのことを嗅ぎまわっていた、二人の男の姿もあった。あの二人はマフィアではなく、警察関係者だったのか、とジョンは悟った。


 どうして警官が多いのだろうか。ジョンが不思議に思っていると、昨日殺した強姦魔のことを思い出した。

 犯人は現場に舞い戻る、という話を聞いたことがある。あの話は本当だったのだ。こうして見るとなんだか滑稽なものだ、とジョンは思った。


 そしてもう一つの異変は、さっきから誰かにつけられている、ということだ。つけられること自体に支障はない。

 問題なのは誰がつけてきているか、ということだ。警察の人間か、いや違う。警察につけられるようなへまはしていない。


 それとも自分に恨みがある、人間か。しかし敵意や殺気のある視線ではない。


 一番可能性が高いのは、スリだ。けれど腑に落ちない。周辺を見れば、自分以上に金品を見せびらかしている、人間がいる。わざわざ、自分を標的にする必要はない。


 裏路地の曲がり角を利用すれば、巻けるだろうか。ストリートチルドレンの子供が相手だろうと、巻ける自信がジョンにはあった。


 勝負をかけるのは、この警察が密集している街道を離れたとき。次の十字路を曲がったときだ。


 ジョンは十字路を左折し、すかさず横にそれる裏路地に入った。この街の地形、地図ならすべて頭に入っている。

 この街で私に追いつける者はいない、とジョンは過信していた。


 裏路地をジグザグに曲がりながら進む。けれど一向に、気配は消えない。どういうことだ。ジョンは信じられなかった。

 

 この街には、自分と同じほどに裏路地を熟知している者がいるということか。スリではない。スリならここまで追ってくるわけがないのだから。

 

 では誰だ? そう思ったとき気配が消えた。巻けた、と思った刹那、前方にその気配の張本人が立っていた。先回りされたのか。ジョンは本当に信じられなかった。


 眼の前に立っている人物がいった。「あなたの方から、人目のないところに来てくれて助かったわ。どうしたらあなたと二人っきりになれるか、考えてたのよ」フフフとその人物は笑った。


 少女だった。歳は十二、三という年ごろに見える。白髪、いや銀か。この薄暗い、路地では分からないが、太陽の下で見れば宝石のように輝く、銀髪に見えるだろう、と思った。


 それだけなら、べつだん異質感はなかったのだが、少女はこの薄汚い路地では考えられないほど不釣り合いなドレスのようなものを着ていた。

 黒いゴシックドレスに銀髪、前髪からのぞくダイヤモンドのように透き通る青い瞳。


 それはまるで人形のように見えた。その恰好で自分に追いついたとは、到底思えないが目の前に立っているのだから疑いようがない。


「わたしね。あなたのことをずっと見てたのよ」少女は眼を細めていう。


 ジョンはドレスの少女の一挙手一投足を観察した。少女のその身なりから、ストリートチルドレンではないことが分かる。

 そしてこの少女のいった言葉。自分をずっと見ていた。いや、そのはずはない。ジョンの気配を感じ取る力は、人間のものとはわけが違う。それは野生動物並みのものなのだから。


「君は誰だ」ジョンは訝しげに訊いた。


「わたしが誰かなんて関係ないわ。ただ言えるのは、あなたの信者だということね」そういって、少女は微笑んだ。人形のような微笑みに、感情は感じられなかった。

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