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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case20 殺人事件

「俺がいえることはこれだけだ、絶対に捕まるな」チャップは裏路地の物陰から、三人にいった。チャップをリーダに、ニック、ミルロ、カノンの四人は獲物を見定めている。「狙うのは、綺麗に着飾った奴だけだぞ」


 ミルロとカノンがうなずく。「俺たちが手本を見せるから、ニックは離れたところから見ててくれ」親指で街道を指さしながら、チャップはいった。


「ああ……」彼は緊張していた。今日は彼の初仕事になるかもしれないのだから。

 彼がしたことがあるのは、店から食料を盗むことか、置き引きくらいだ。人間から金品を盗んだ経験はない。

 

「じゃあ、俺が先に行くから、しっかり見てるんだぞ」そういって、チャップは物陰から飛び出した。


 チャップはポケットに両手を突っ込み、うつむきながら街道を歩いた。ハンチング帽の柄から、鋭い眼つきがキラリと光っている。獲物を見定める、狩猟者の眼だ。


 チャップがしばらく獲物を探しながら歩いていると、宝石をキラキラさせながら前方から歩いて来る、おばさんのカバンに狙いをつけたのが分かった。

 自分のことのように、心臓が締め付けら、ドクドクと早くなる。次の瞬間チャップは何らかの行動をとる。


 と思っていたが、チャップは顔を背けたままそのまま、おばさんの横を通り過ぎた。いったい、どうしたのだろうか。彼は不審に思った。しばらく辺りをくるくる回ってからチャップは帰ったきた。


「いったい、どうしたんだ?」カノンは気づかわし気な、低い声でチャップに聞いた。

 

 チャップは街道を横目で見ながら、「いや何でか知んねぇーけど、警官がそこらじゅうを歩いているんだよ……」といわれカノンは路地裏から顔をだして、人通りに目を走らせた。


「ああ、たしかに制服警官が分かる限りで、五人以上はいるよ。言われてみるまで分からなかったけど、心なしかいつもより人通りも多い気がする」カノンは顔を日陰に出したままいった。


「何かあったのかもしれないな。ここでは、辞めておこう」チャップは手招きしながら、街道の人通りに紛れ込んだ。わけが分からず、ミロルとカノンに視線をやると、あごをしゃくって、「俺たちのあとについてこい」とカノンは人混みに紛れた。


 はぐれるわけにはいかないので、カノンのあとに続く。彼の後ろをミロルが続いた。

 ねずみの親子のように、縦四列になって人混みを抜けると、とんでもないものが目に飛び込んできた。


 今は綺麗にふき取られているが、明らかに血だまりであったと思われる、真っ赤になった地面。

 警察の人間が四方八方に陣をなし、シートで覆われた()()かに近づけないようにしている。


 野次馬となって、通行人たちは色めき立っていた。シートで覆われている、周辺を二人の真っ黒いスーツを着た男が歩きまわっている。


 かったるそうな、オーラをかもしだしている六十近いであろう男の方が、「たくよぉ~、一足遅かったわけかよ~」と若い方の黒スーツ男に愚痴っぽくいった。

 若い方の黒スーツが、シートをめくり何かを確かめているようだ。

 何が一足遅かったのだろうか。彼は不思議に思った。


「これは、ジャックだな。どおりで警察が多いはずだ」チャップは納得だといいたげにいった。


「ジャック……?」彼は当然何も知らないので質問する。


「ああ、十九世紀のロンドンで、切り裂きジャックって恐れられた。連続殺人鬼がいたんだ。その切り裂きジャックの事件に似せて、最近殺人を繰り返している、殺人鬼がこの街にいるかもしれないって騒がれてるんだよ」


「切り裂きジャック……」彼はそうつぶやきながら、盛り上がったシートを見た。

 

 そのとき、チャップは彼の肩をたたき、「おい、こんなの見てても、しゃーねーから行くぞ」と歩きだした。彼は尾を引かれながらも、チャップについてゆく。


 人通りが少なるくなるのを見計らって、彼はチャップに質問した。「最近よくあるのか、そのジャックによる殺人って……?」


「ああ、俺字が読めないから詳しくは知んねぇーけど、新聞では結構取り上げられてるみたいだぜ。もう、かれこれ一年近く前から、ジャックの事件があるんだけどよ。警察もまだ捕まえられてないんだよな」チャップは腕を頭の上で組んで答える。


「凄いな……」彼は感嘆とつぶやいた。


 となりを歩いていた、カノンがチャップの代わりに、「こんだけ、騒がれてるのに警察は犯人の手がかりを、全然掴んでないって話なんだな。それで、ジャック凄い、ジャックは救世主だなんて、信仰する奴らまで現れてるんだとさ」と説明してくれた。


 彼はカノンの方を向いた。「信仰する……?」


 カノンはうなずいた。「ああ、これは噂なんだがな、ジャックが狙うのは、外道だけなんだってさ」


「外道……?」彼はカノンの言葉を反復した。


「つまり悪い奴ってこと。だから、ジャックを熱狂的に支持する、信者がいるんだよ。その噂が広まって、この街の犯罪が大幅に減ったっていう噂もあるぜ。警察なんかよりよっぽど、ジャックの方が、街の役に立ってるよなぁ~」


 そこまで聞いて彼は思い至った。「じゃあ、さっきのシートをかぶせられてた、死体も何か悪いことをして、ああなったのかな?」


「そこまでは分からねぇ―けど、ジャックが狙ったんだったらそうなんじゃねぇーの。警察なんて口だけで、役に立たねぇーんだから、ジャックみてーな奴がいてくれた方が、街としては良いんじゃねぇーかな」


「悪いことをした人間だけを狙うんだよな……?」


「ああ、噂だけどな」


 彼は固唾を飲み込んで、カノンに確認する。「おれたちがやってることって、悪いことなのかな……?」と皆の顔色をうかがいながら訊いた。「だとしたら、用心しないとそのジャックって奴におれ達、狙われるんじゃないかな……?」


 彼の言葉を聞き三人は一瞬言葉を失ったようだ。しかしそれも数秒のことだった。その沈黙をチャップが破った。


「悪いことにも種類があるんだよ。ジャックが狙っているのは、人間の行いを踏み外した種類の人間じゃーねぇーかな。俺たちがやっていることは、たしかに悪いことかも知れねぇーけど、悪いこともやらなきゃ仕方ないときっていうのもあるんだ。悪いことをやんなきゃ俺たちはとっくの昔に野垂れ死にしてたんだ……」


 チャップは彼や、カノン、ミルロではなく、自分に言い聞かすようにいった。チャップの言葉に誰もそれ以上、反論しなかった。


「ああ、ごめんな……。辛気くせぇーこといって、それより俺たちも仕事しないと、今日の晩飯食えねぇーぞ」と、チャップは無理に明るく振舞った。


 明日を生きるための、犯罪は悪いことになるのだろうか。

 飢えに苦しみ、食べるために行った犯罪は悪いことになるのだろうか。今から自分たちがやろうとしている犯罪はジャック標的とする、人間の行いを踏み外した、悪い人間になるのだろうか。

 彼には分からない。分かるのはジャックだけなのだから。

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