case19 家族の誓い
陽炎が揺らめく廃墟の中。木箱をぐるっと囲うようにして、カノン、アノン、ミルロ、セレナ、チャップが座っていた。
「みんなそろったことだし、紹介するよ。今日から、俺たちの仲間に入るニックだ」チャップは手をかざし彼を皆の前で紹介した。
カノンとアノンは兄弟らしい。カノンが兄、アノンが弟だ。ミルロはこの中でチャップと同年代に見える。数時間一緒にいるが、ミロルがしゃべる姿をまだ一度も聞いていない。
「よろしく……」彼は恥ずかし気に、頭を下げた。みんなに注目されてながら、挨拶するのはなんだか恥ずかしい。
「ああ、よろしく頼むな」カノンがいった。カノンのとなりに座っていた、アノンも兄を見習い改めて、「これから、よろしく……」と女の子のように、恥じらいながらいった。
言い出すタイミングを見計らうようにアノンは体をしばらくもじもじさせていた。そしてアノンは思いもよらないことをいった。「ニック兄ちゃんって呼んでいい……?」
しばらく彼は呆然としていた。数十秒が過ぎてやっと自分がニックという名前になったことを思い出してアノンが今言ったことの意味を理解した。
ニック兄ちゃん……? 誰かにお兄ちゃん呼ばれるのは、初めての経験だった。本当の兄じゃないのに、自分を兄だといってくれるのだろうか……。
彼はアノンの言葉を理解するためにボーっと考え込んでいると、アノンは不安そうに、「だめかな……?」と訊いた。
「突然やって来た、おれなんかをお兄ちゃんって呼んでくれるのか……?」顔を歪めて彼は訊いた。
アノンは顔を赤面させ、ぶんぶん首を振る。「チャップが……信頼して連れて来たんだから、わ、悪い人じゃないよ……」アノンはつっかえつっかえいった。
チャップはそれほどまでに、信用されているのか。彼は少しチャップをうらやましいと思った。
ミロルは黙って、彼を観察するように見つめていた。……こういう場合どう挨拶するのが正解なのか。
「ミロルっていったね……。これから、よろしく……」彼は勇気を出して、ミロルに言ってみた。
ミロルの全身からかもしだされるオーラは、何だかとっつきにくいと感じた。
ミロルはこくりと、うなずいた。今のうなずきはどういう意味なのだろう。彼には相手の心をくみ取る力が絶望的に欠けているのだ。
「気にするな、そいつは誰にでもそんなんだから。滅多にしゃべらないんだ。俺だって、ベラベラベラベラ話をしている姿を見たことがない。」
チャップの言葉を聞きながら、もう一度彼はミロルを見た。目が隠れるほどの栗色の長髪に隠れた、顔からは表情をうかがうことができない。
「ミロルよろしくな」彼はもう一度いった。
ミロルはこくりとうなずいた。「で、もう挨拶はすませてるけど、流れ的に紹介するぞ。こいつはセレナだ」チャップは手の平を上にして、セレナを紹介した。
「今日から家族が一人増えて、六人家族だ。これから何があろうと、俺たちは家族だ! こういうとき、酒でも飲み交わせたらいんだけどな。ないからよ。辛抱してくれ」そういってチャップはふざけてみせた。
彼はそのとき、思い出した。家族で共有できる物を自分が持っていたことを。男からもらったパンがちょうど六個あったことを。
彼は勇気を振り絞っていった。「えっとな……。酒じゃないけど。みんなで食べられるパンならあるぞ……」そういいながら彼は足元に置いていた、紙袋を木箱の上においた。
「いいのかよ。大事なもんだったんじゃないのか?」チャップは木箱の上に置いた、紙袋を押し返した。
彼は家族というものがどんなものなのか、知らない。しかし唯一分かるのは、どんなものでも独り占めしちゃいけない、ということだ。
「おれたち家族だろ。家族ってのは楽しみも、悲しみも、喜びも、分け合うもんじゃないのか?」彼は自分が知ったようなことをほざいていることを、痛いほど分かっている。しかし分かっているからこそ言わずにはいられなかったのだ。
チャップは笑った。「ああ、そうだ。そうだよ。家族ってやつはみんなで協力するもんなんだぜ」そういいながら、「なあ、みんな。そうだろ」と皆にいった。みんなは首を縦に振り、「ああ」とか、「ええ」と答えた。
その日彼は、家族になった。一人で食べるパンよりも、不思議とみんなで肩を寄せ合って食べたパンはフランス料理のフルコース以上に旨かった。家族を家族たらしめる行為とは、共有である。そう彼は思った。
「でよ。その、金貨どうしたんだよ」パンを完食するとチャップは本題とばかりに、粗末な木箱の上で異質感を放つ金貨を指さした。
「オレが、スッたんだよ……」カノンはそういって、顔を背けた。誰が見ても、そう今日家族になったばかりの彼が見ても、カノンが何かを隠していることが分かった。
「カノン、俺たち家族だろ? 家族には嘘ついちゃなんねぇーよ」チャップがそういうと蝋燭が揺らめき、まるでカノンの心を代弁したかのように感じられた。カノンの影が深くなった。
「わかった、わぁーたよ。話すよ」そう膝を叩き、「――ある男からもらったんだ……」とボソッと答えた。
「もらった? こんな高価なものを俺たちにくれる奴なんているのかよ?」チャップは疑わし気にいった。
誰だってチャップと同じ考えだった。小銭を投げてくれる奴はいたとしても、金貨など投げてくれる奴など想像できない。
「ああ、それがいたんだよ。オレがスッた金持ちのお供か、なんかしんねぇーけど。おれを追っかけてくる奴がいて……そいつに捕まっちまったんだ……」
「ちゃんと、スッたらすぐに裏路地に逃げ込めっていってるよな。相手が悪けりゃーあ、殺されるかもしんねぇーんだぞ」チャップはねちねち、カノンに注意する。しかし嫌味ったらしくではなく、その注意には愛情がこもっているように感じた。
「ちゃんと、すぐに裏路地に逃げたよ。だけど、男は追いかけてきたんだ、信じられねぇ―よ……。しつこく追いかけてくるもんだから下水道にも入ったんだぜ。だけど巻けなかったんだ……」彼以外のみんなはカノンの話が信じられないという、顔で聞いていた。
「それで捕まったのか?」チャップは低い声で訊く。
「ああ……」
「殴られなかったか」
「いや、殴られてねぇーよ」
チャップのこわばった表情が緩んだ。「だったらいんだ」
「そいつがよ。しばらく待ってろって、いったからオレは追いつかれたその場所で、待ってたんだ」
「なんで待ってんだよ。逃げなきゃ駄目だろ」またもチャップは呆れたというような音声でいった。
「オレも逃げようと思ったんだけど、なんか悪い奴には見えなかったんだ。それに疲れてたし」弱気な声でカノンはつぶやく。「だからその場で休んでたら本当に男が戻って……それをくれたんだ……」カノンは木箱に置かれた金貨を指さした。「弟に旨いもんを食べさせてやれって」
「だけどよ、俺たちみたいな奴がこんなもん売りにいったら絶対にスッたもんだって疑われるぜ」チャップは金貨を蝋燭の灯りに照らしてみた。
キラキラとトランプのダイアのマークのようなひし形が浮かんだ。チャップの言葉に誰も反論しなかった。
「提案なんだが」チャップは憑りつかれたように金貨を見ながら、「もしものとき。もし、家族に何かあったときのためにこの金貨は取っておかないか」といった。皆は顔を見合わせ、そして決めた。チャップの提案に異存はない、と。




