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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case17 犯人像

「ちょっと聞きたいことがあるんだが。いいか?」


 ウイックはカウンターテーブルに左ひじをつき、上半身を乗り出した。

 テーブルに座ってアダルト雑誌を読んでいたマスターが顔を上げ、ウイックを見返す。サラマンダーという店名だけあって、マスターは爬虫類顔をしていた。


「手短に頼むよ」


 ウイックがマスターとくだらない下世話、話をしている内にキクマは店内の客を観察することにする。

 奥の席に四人、カウンター席に二人、斜め左の席に二人、計八人。どこにでもいるような、中年男ばかりだった。

 もうすぐ日が沈む、夜になれば荒くれ者がたむろするのだろう。


「ジャック・ザ・リッパーの再来って呼ばれてる、連続殺人犯だろ。有名だな」サラマンダー風の顔をしたマスターの、声が聞こえた。

 

 キクマはマスターに、視線を戻す。


「そうそう、そいつのことでいま、調べ回ってんだよ。他の課の奴らときたら、他の事件で忙しいって言い訳付けて、厄介ごとを、俺たち二人に押し付けたんだぜ、参っちまうよな」


「刑事さんも大変だなァ~」マスターは気の毒そうに、同情を含んだ声を出した。


「ああ、世間一般じゃ刑事カッコいい! なんて思われてるがそんな、カッコいいもんじゃねーよぉ。大抵の仕事は聞き込みだぜ。雨の日も、風の日も、雪の日も、猛暑の日も、歩きっぱなしで参っちまうよ」


 マスターはウイックの話に聞き入っていた。

 すでにウイックのペースになっている。この男は口だけは上手い。


「でよ、早く仕事から解放されたいんだよ。だから知ってることがあったら、教えて欲しいんだ」


「その話なら、よく聞くけどな、刑事さんに話すよな話なんて思い浮かばないな」申し訳なさげにマスターは詫びた。


「だよな。話せって言われたって、どっから話していいか分からないよな。――じゃあ、俺が質問するから、知ってることがあったら、答えてくれよ」


 マスターはアダルト雑誌を台の上に、置いて足を組んだ。


「じゃあよ、ジョンの姿を知ってたら教えてくれ」


「ジョン……?」


「ああ、すまねぇー。ジャック・ザ・リッパーの再来のことだ。ジョンっていうのは、俺たちが正体不明の犯罪者に付けている名前なんだ。もし年齢、性別、背格好、何でもいい知ってることがあったら、教えて欲しい」


 マスターは首を振りながら、いった。「性別も分かってないのか?」


「ああ、性別も分かってない。なんせ殺されてる奴らに規則性がないからな。被害者には女もいるし、男もいる、老人もいれば、老婆もいる。無差別殺人が一番、厄介なんだよなぁ~」


「いや、俺も新聞で読んだことと、客から聞いたことしか知らないんだがな。その被害者たちには規則性があると思うんだよ」マスターは控え気味にそういった。


 ウイックの目つきがひょうきんなものから、犯人を追い詰める刑事のものに変わった。「ホントかよ、教えてくれ。その話!」


 ウイックが乗り気になると、マスターは急に自信のない顔になってしまった。


「いや……信用できたもんじゃなぇーよ。客がほざいてるだけの話だからな」


「貴重な情報っていうのは、大抵酒場に集まるもんなんだぜ。だから話してくれよ」ウイックは不敵な笑みを浮かべながらいった。

 

 マスターはしばらく迷っているようだったが、「まぁ~、すべて真に受けないで、参考程度に聞いてくれよ」と前置きした。


「ああ、参考になるかならないかを、決めるのは俺たちだからな。話は聞いてからだ」


「俺たちのあいだでは、悪さをした奴らが狙われてるんじゃないかって、言われてんだ……」


「悪さをした奴?」ウイックは首をかしげた。


「ああ、被害者の遺族や、親類、知人は死んでくれて喜んでるって話だ」


 ウイックは椅子を引き寄せ、そこに座った。

 本格的にマスターの話に聞き入った。


「そんな話、聞いたことないぜ。新聞には家族を殺されて、知人を殺されて、犯人を殺したいくらい憎んでるってインタビューに答えてたじゃないか?」


 マスターはコソコソ話をするように、声を潜めて続ける。


「インタビューされて正直に答える奴なんか、いるわけねぇーだろ……。インタビューでは、あんなこと言ってても、本心では犯人に感謝してんだよ……」


 マスターの目が泳いでいる。話していいことだったのか、迷っているのだろう。「……実は、俺もその一人なんだ……」


 俺もその一人? どういう意味なんだ。キクマは不審に思う。


「どういう意味だよ。俺もその一人って」


 キクマが気になることは、当然ウイックも気になっていることだ。


「ちょっと、馬鹿やっちまって、高利貸しから金を借りていたんだ。この店の収入だけじゃ、利子を払うだけで一杯いっぱいで、首が回らなくなっちまって……。そんなある日、その高利貸しの老人が殺されたことを知ったんだ……。刑事さんに話すような話しじゃないけどよ。俺はその犯人に感謝してんだよ……」


「つまり、あんたみたいにジョンに感謝してる奴が他にも沢山いるってんだな」


「ああ、表には出てないけどよ。そのジョンって殺人鬼に感謝してる奴は多いと思うな。店に来る客の中にも、ジョンに感謝してんだって、もらしてる奴がいたからな」


 そういうことか。この事件は老若男女問わずの、無差別殺人に見えるが、犯人が標的に選んでいるのは、世間から疎まれている、殺されることを願っている、奴らばかりなのかもしれない。

 あまりに共通点がなかったから、被害者の犯罪歴を見落としていたのだ。


「マスターその情報はありがたぜ。今日一番の情報だ! イッチョ署に戻って被害者の犯罪歴を、調べてみるわ」


「役に立てたんならなによりだよ」


 ちょうどそのとき、出入り口のとびらが開く音がした。とびらから覗いた、外は日が沈み街灯の淡い明かりがチラリと見えた。

 今からが客足が増える時間なのだろう。


 ウイックは珍しく気を利かせ、「そろそろ忙しくなりそうだから、今日は帰るわ。これから、しばらくこの街に通うことになりそうだから、暇ができたら飲みに来るよ」といった。


 結局その日に手に入れた情報は、犯人がくだらん正義感の持ち主かもしれない、ということと、ジョンに関係あるのかは分からない化け物の目撃談くらいであった。

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