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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case16 怪物と戦う者の怪物

 薄暗い部屋。蝋燭の灯りがゴシック様式の室内を、淡く照らした。

 壁際一面に黒檀の書棚が、敷き詰められている。書棚の全段には、牛皮のハードカバー本が几帳面に、大きさをそろえて並べられていた。


「今回は、こいつだ」


 テーブルを挟んで、ジョンの前方には男が座っていた。男は足を組み、写真とメモ書きをテーブルの上に、投げ出した。

 ジョンはメモ書きに、視線を落とし眼を這わす。そこには数単語と、数字の羅列が書き留められていた。


 単語と文字の羅列は、住所を表していた。

 そしてメモ書きと共に渡された、写真には公爵のような品の良い髭を上唇に蓄えた、カエルのような顔の男とその男によく似た、三十代くらいのカエル顔の男が写っていた。


「分かりました」ジョンはメモと写真をテーブルに戻した。「男は何をしたんですか」写真から、前方の男に視線を向けて訊く。


「横領。賄賂(わいろ)。政敵の暗殺疑惑。女性問題。暴行。息子が犯した犯罪のもみ消し。上げれば、キリがない」


 今回のターゲットは政治家だと分かった。


「次期市長候補にもなっている」男は付け加えた。


 ジョンはもう一度、写真を見た。このカエルのような顔、どこかで見たことがあると思ったが、街中いたるところにポスターが貼ってあったからだ。有力議員――今回は骨が折れるかもしれない。


「そいつを巡っては、悪い話が絶えない。政治資金の横領。自分が政界で有利になれるように、巨額の賄賂を積み。自分の敵になりそうな、奴を暗殺してるという噂もある。愛人が多いいことでも有名だ。証拠は残ってないが若いころは相当、悪さを働いていたという話だ。どうしてそんな奴が議員になれたか、不思議だよ」男はおかしそうに笑った。「大方、上層部にコネクションを持っているのだろう」


「分かりました。あとはお任せください。明け方には、終わらせて見せます」ジョンはきっぱりと言い切った。


 そこで、男は笑い、「いくら、君でも一晩では無理な相手だよ。時間ならいくらでもある、あわてることはない」そこまで言い男は、分厚くなった封筒をテーブルの上に置いた。


 そう、この男は、依頼主だ。ジョンに仕事を与える、依頼主。

 そして、この分厚い封筒の中身は金だ。


 金というのは不思議なもので、この紙切れさへあれば、何でもできる。着るものも、食べ物も、住家も、女も、手に入らないものも、できないこともない。

 生命も金で天秤がとれる。

 人間が発明した、魔法の紙切れだ。


「いつも本当にすまないね。私のエゴに付き合わせて」男は眼を細めていった。


「いえ、気にすることはありません。これが私の仕事ですから」


 ジョンはメモ書きと写真、封筒をまとめて懐にしまった。

 さあ、仕事だ。


  *


 ジョンは満月に照らされた、夜の街道を歩いた。議員の家は、徒歩一時間以内で行ける距離にあった。ジョンの足では一時間もかからないだろう。


 時刻は九時を少し回ったころ。慌てたところでまだ時間は早かった。こういう場合は、皆が寝静まったときでなければならない。寝首を掻いた方が本人も苦しまなくて済む。ジョンがはじめて手を下した、あの獣のように。


 街道の壁際を酔った男たちが、フラフラと這っていた。

 繁華街にはまだ、人通りがあった。フラフラとジグザグに前方を、歩いている男が別の酔いどれにぶつかった。


「きーつケロ!」と、ぶつけられた男は叫んだ。

 

 フラフラとした男は、謝ることなくそのまま立ち去っていく。ああ、あの男は酔ってないな。ジョンには分かった。

 酔った風をよそおった、スリだ。たしかに酔いどれはねらい目だな。


 あの男も酔っていなければ、スラれることはなかったものを。男が過ちを犯す状況など大きく分けて、三つほどしかない。

 それは酒、女、博打である。だからジョンは酒を殆ど飲まなかった。まったく、飲まないわけではないが、好んでは飲まないのだ。だからジョンは酒の臭いが嫌いだった。


 繁華街を抜けて、人通りがなくなった道でジョンは見覚えのある男を見つけた。まるで誰かを待ち伏せしていたかのような、態度で壁に寄りかかっていたのだ。

 

 ジョンが数メートルまで迫ると男は、「ヒヒィヒィヒァ!」と気持ちの悪い笑い声をあげた。


 ああ、本当に今日は非日常的なことが頻繁に起こるものだな、とジョンは自分を真上から見下ろす感覚で客観的に考えた。


「ああ、ホントによォ~。ホントに捜したぜ。ホントに捜してたんだぜ。仲間も手伝ってくれてよ。どれだけおまえを捜したことか。おまえにゃー分からねーよォなぁー」男は歓喜のあまり、目に涙まで浮かべている始末だった。


「この顔を見てくれよ。ボコボコに変形して、せっかくの良い男が台無しじゃねぇーか、え?」男はいびつに変形した頬を指さしていった。


 あのときキクナを襲おうとした、あの男がジョンの前方に立ちはだかっている。いったいどうやって、自分を突き止めたのだろうか。ジョンは男を見つめ返す。


 捜した、と言っているということは、懲りずにひたすら私を捜してくれたのだろう。ストーキングされるのは気持ちの良いものではないな。最近自分を付けている者の気配があったが、きっとこの男だったのだろう。


 しかしこの男の禍々しい気配とは違って、もっと川のせせらぎのように静かな気配だった気もするが、それはまた別の奴だろうか。そこまで考えて、ジョンは今気にしてもしょうがないことだ、と考え目の前の男に視線を戻した。


「ちょうどよかった。私もおまえのことを捜していたのだから」ジョンは冷徹な眼で男を見つめた。


「ホントかよ! 俺を捜しててくれたなんて、嬉しいねぇー。だったらもっと目立つようにしてほしかったなぁ」


「悪いな、こっちにも色々と事情があるんだ。あのときに決着を付けていれば、良かったんだが。目撃者がいたからな」


「あのときは、よくもやってくれたよな。ヒヒィヒ。あの女と、よろしくやってるようじゃぇーか。やっぱりお前も、あの女の体目当てだったんじゃねーか。そりゃ、下心がなけりゃー女なんて助けないもんな」


 あの女とは、キクナのことを言っているのだろう。この男の口からキクナのことをしゃべられると、むかっ腹が立つな、とジョンは思った。


「どうだ、あの女はうまかったかァ?」


 汚らわしいことを平気でいう男だ。ジョンは唾を吐き捨てたい気持ちになった。「おまえを殺したら、家まで行って犯してやるよ」


 そういってまた男はまた下品な笑い声をあげた。どうやらこの男は私を殺すつもりらしい。ナイフを見せびらかすのといい、相手との力量の差も推し量れない、とは愚かな男だ。


 私を殺すつもりなら武器は最後まで見せてはいけない。


「お前が死んだってことを知ったら、あの女は何て思うだろうな。ヒヒィヒ。泣き叫ぶ女を犯すのはたまんねぇーよな。だから辞められねぇーんだよ」


 この男はもう取り返しのつかない獣へと、陥ってしまったのだ。超えてはならない、人間と獣の境界線をこの男は、超えてしまった。ならば終わらせなければならない。

 獣から怪物にならぬ内に、救ってやらなければならない。


「きっと、最高に泣き叫び助けを乞う声が聴けるんだろうなァ~」獣の声は挑発的だった。「楽しんでから、薬漬けにしてやって売ってもいいな~」


 ジョンは月をバックに歩き出した。そのジョンの態度の何が気に食わなかったのか、男は吠え散らかした。


「ちッ、よゆーぶっこいてんじゃねーぇーよ!」


 男は右手に持っていたナイフを、大袈裟に振り回した。ジョンは臆することなく歩み続けた。

 この男は分かっちゃいない、本当に人を殺したくば最後まで殺気を悟られてはならないことを。


 本当に命を絶つには、最後まで牙を隠しておかなければならないことを。能ある鷹は爪を隠すのだ。


 男は意味のなさない、言葉を吐きながらジョンに襲い掛かった。所詮、この男は自分より力の弱い女を、襲うことしかできない獣なのである。

 ジョンは男が右から左に振り下ろしたナイフを横によけ、まるですれ違うついでと、見まがうほどスムーズに、袖に隠し持っていたナイフで男の首筋にある頸動脈を一太刀した。


 血しぶきが噴水のように噴き出した。男が地に崩れ落ちるころには、ジョンはすでに男の遥か後方を歩いていた。わずか数秒の出来事であった。

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