case12 事件の共通点
「おい! 面白れぇー話じゃねーかよ。えぇ! 食われてた、ってどういう意味だよ!」ウイックはこういう話にはめっぽう目がない。
「そのまんま、そのまんまだよ! その事件の被害者はズタズタに引き裂かれて、まるで食われたみたいな死体なんだよ」
黒人男は興奮のあまり吐いた唾が霧雨になった。
「だけどよ。そんな話聞いたことないぜ? そんな面白れぇ殺され方してたら、記者は喜んで飛びつくんじゃねぇーのか? なのに新聞には載ってないしよ」
ウイックのいうことは珍しく正しい。たしかにキクマもそんな死体があがったという話は聞いたことがない。
そんな事件があったら、新聞一面を埋め尽くしているはずだ。なのにそんな話はまだ聞いたことがない。
「ああ、だから言ってるだろ。誰も信じてくれないんだよ。俺が真面目に話してるのに、どいつもこいつも、その事件の犯人は獣だって決めつけて、信じてくれないんだ。目撃者もいるんだぜ。獣に襲われている人間を見たっていう」
「目撃者がいるんだったら、犯人は獣で決まりなんじゃねーの。狼か?」
すると男は、黒い顔の目もとに黒い影をつくった。
「その目撃証言が面白れぇーんだよ。牛のような胴に、狼のような顔、背中にはぶち模様があって、手足は短けぇーってんだ」
男が説明したその姿をキクマは脳内で、再現してみせた。
まるで、「キメラだな」とキクマの感想をウイックが代弁した。たしかに、そんな奇怪な容姿をした動物に当てはまる動物はいない。まるでキメラだった。
「あんた鋭いな! そうなんだよ。この世の物とは思えない怪物だった。だから俺は思うんだよ。あれは毛皮で、中に人が入ってるんじゃないかって」
キクマは男の言葉に引っ掛かりを覚えた。
「まるで、見てたみてーな物言いだな」
キクマが覚えた引っ掛かりをまたもウイックが代弁した。すると黒人男はよくぞ聞いてくれた、というように顔をほころばせた。
「そうなんだ。そうなんだよ。その獣を目撃したのは――何を隠そう、俺なんだよな」黒人男は大きな手のひらで己を指さした。
「俺は運搬の仕事をしてるんだ。あれは荷物も運び終わって、やっと仕事から解放された帰り道だった。ある村の周辺の道を通っていたとき、物陰で何かが動いたのを見つけたんだ」
「そのあんちゃんが見つけたっていうのが、キメラか?」
「ああ、もう日が沈んで、辺りは暗く、ハッキリとは見えなかったけど、たしかに獣らしき影が人間の一部らしき肉片をズタズタに切り裂いてたんだ……。周辺に腕らしきものや、足らしきものが転がっていたから間違いねぇー」
黒人男を思い出すだにおぞましい、といいたげに身震いした。
「いつの話だ」ウイックの質問に、黒人男はしばらく考えて、「もう、一年くらい前だよ」と答えた。
一年ほど前か、たしかジャック・ザ・リッパーの再来事件、ジョン・ドゥの話が噂され出したのも丁度一年ほど前だ。
その獣事件とジョン・ドゥ事件とは、何か関係があるというのだろうか。何の関係のないように見える事件も、裏では何らかのかたち。まるで因果でつながっているといいたげに、複雑に絡み合っている可能性もある。まぁ、可能性の域をでないのだが。
「ちゃんと目撃者もいるのに、何で誰も信じてくれないんだ?」ウイックは腑に落ちない声で問うた。
「ああ……今でこそそんな事件は珍しくなったがよ。昔は獣に食い殺された死体なんざぁ、珍しくなかったんだよ。だから記者連中も、それほど食いつかないんだよな。それに、最近はイカレタ連続殺人鬼が、新聞一面を飾っているしよ~」黒人男は不貞腐れたように、唇を尖らせた。
「いや、まだ分からねぇーぞ。もしかしたら、その獣事件とイカレタ殺人鬼事件は何らかのかたちで、つながっているかもしれないからな。あんちゃんがいうその事件が発生したのも、一年前なんだろ。俺たちが追っているジョン・ドゥ事件も、丁度一年前から起こってんだ」そこでウイックは意味深に笑った。
「同じ犯人の可能性があるってことだ」ウイックは落ち込んだ、黒人男の肩をたたきながらはげました。ほぼ同じ時期に発生した事件だ。たしかに何らかの共通点がある可能性もある。
「そのズタズタ死体は何体くらい見つかってるんだ?」
「俺が見たのは一人だけど、その前にも一人、それからも一人見つかってんだ。計三人見つかってるな。だから街の外にある村に住んでいる奴らは今も怯えているよ」
「そうだよな。聞く方は面白いが、当事者からしたらたまったもんじゃねぇーよな」ウイックは腕を組んで、うんうん、と首を振った。「面白れぇー話ありがとな。その事件との関連性も視野に入れて捜査してみるわ」
「信じてくれるのか……?」まさか本当に信じてもらえるとは、この男も思っていなかったのだろう。
「ああ、当然だろうが。明日隕石が落ちて地球が滅ぶって話以外は、信じるぜ」
「警察の人は堅物ばかりだと思ってたけど、あんたみたいな刑事さんもいるんだな」
男がそういうので、キクマは心の中で刑事の汚名を晴らした。いや、この男が特別なだけだ、と。
「警察なんざぁ、あんちゃんが思ってるほど堅物ばかりじゃないぜ。マフィアみてぇーな人間ばかりだからな。警察だろうと、大抵の奴は悪いことをしてんだ。善悪を審判するっていって頭の高い奴が多いいが、大抵の奴は犯罪に手を染めてんだよ。自分たちは違うんだって見下している奴だって、しょせんは人間なんだぜ」
ウイックはそういって黄ばんだ歯を全開にし、ゲラゲラ笑った。
「そういう俺も、大抵の悪事には手を染めているからな」
いつもは明るい、ウイックはその話をするときだけ影を帯びた。ウイックの過去にいったい何があったのだろうか、キクマは知らない。
「そうだよな。警察の奴らだって人間だもんな」
「ああ、どんなお偉方だって。大統領だって同じ人間なんだよ。だからビクビクする必要がどこにある」
「刑事さんは頭いいんだな~」
「ハハハ! それは誉め過ぎだぜ」
今のは誉め言葉ではなく、お世辞で言ったのではないだろうか。キクマはそう思った。
「ありがとよ。あんちゃんの話参考になったぜ」
「おうよ! 話をするぐらいお安い御用だぜ。こっちこそ聞いてくれてありがとな」
ウイックは立ち上がり、出口に向かおうとしたとき、「あ、最後にもう一つ」と思い出したように、立ち止まりいった。
「この辺で、情報が集まる場所とかあるか? できれば洒落た店より、酒場がいんだが」
「情報が集まるところで、酒場ね? そうだな……」黒人男はあごを触りながらしばらく考えた。「あ、そうだな。この店を出て右に徒歩で三十分ほど行ったところに、サラマンダーって酒場があるぜ。夜になったら酔っ払いどもで賑わうんだよ。活きな奴らも多いから、そこだったら、情報が集まるかも知れねぇーな」
「サラマンダーって、酒場だな。ありがとよ、行ってみるよ」
ウイックが手招きしたので、キクマはあとを追った。今回が一番ましな情報を知れたのではないか、と思うキクマである。事件というのは、思いもよらないことで繋がっているものなのだ。




