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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case11 事件の証人

 キクマはウイックのあとに続き歩いた。柄の悪いウイックが先頭を歩くと、旧約聖書、出エジプトのモーセが海を割る場面のように人々は道を開けた。


「おい、キクマぁ~。おまえが柄わりーから、みんな避けてるだろうがぁ」とウイックは眼を合わせようとしない人々に視線を回し、キクマに愚痴った。


 柄が悪いのはあんただよ、とキクマは思わず口に出しかけた。いや、口に出していた。


「あんたの眼つきに怯えてみんな、避けてんだよ。その眼つきや、その歩き方だったら誰だって近寄りたいとは思わぇーと思わないか」


「まったく、男を見る目がない奴らだなぁ。男っていうのはよ、こう大股で胸を張って歩かなきゃなんねぇーんだよ」


 そういってウイックは、肩を忙しく前後にふり、のけぞらんばかりに胸を張って歩いた。まるでゴリラのドラミングのように。


「それじゃあ、荒くれ者の歩き方だぜウイック」


「だから何度言えば分かる。俺はおまえの上司だって! せめて警部ぐらいはつけろっつうのォ!」


「つけて欲しけりゃあ、もっと上司らしい振る舞いをしろってんだよ」


 キクマがそう嫌味をいうと、ウイックは額に青筋を浮かべた。

 そのとき、キクマはある店を見つめた。「おい」とウイックを呼んだ。

 ウイックは立ち止まり、振り返った。「何だよ?」


「あそこにあるぜ」酒場らしい店を指さしてキクマはいった。


「ああ、ホントだな。やっと見つけたぜ」


 訊き込みをしに入ろうと思えば、カフェなど色々な店があるが、この二人はそんな洒落た店には入れなかった。性に合わない、というやつだ。


 だから浮浪者のように、酒場を求めてもうかれこれ一時間近くも歩き続けていた。こんなんじゃ、捜査に進展がなくて当然だな、とキクマは思う。


「入ってみっか」


 ウイックは黒煤が目立ちはじめた、酒場のとびらを開けた。中の客が一斉にウイックとキクマを見た。


 客の顔ぶれも悪くはないが、よくもない。まぁ、酒場などどこもこんなもんだろう。


 小太りのブルドックのような男がカウンターで、客と話していた。きっと、このブルドックのような男がこの店のマスターなのだろう。ウイックは、迷うことなくカウンターに向かった。

 

「よう! 楽しそうに話してるところ、わりぃーが聞きたいことがあるんだ。いいか?」


 ブルドックの顔をしたマスターは、ウイックを下から順グリンに眺めた。


「客じゃないのか?」マスターが問うた。


「ああ、客じゃねーな」といい、ウイックは懐から物騒な物でも取り出すように、刑事手帳を取り出した。見方によれば、ハジキでも取り出しかねない格好だ。


「刑事……。その刑事さんが何のようですか……?」


 マスターは、明らかに困惑気味だった。(よこしま)なことがなくても、刑事が突然押しかけて来たら、誰だってこのマスターと同じ態度をとるだろう。


「あんたを麻薬及び大麻取締法の容疑で逮捕する」


 マスターの顔色が急激に青ざめた。「な、な、な、何を言い出すんですか! あっしはそんな、麻薬なんて持ってない……!」


「悪い、冗談だ。冗談。ただお遊びのつもりでいっただけだ、真に受けんなよ」ウイックはカウンターテーブルをたたきながら、ゲラゲラ笑った。


「あ、ははは……。そ、そうでしたか……」


 マスターはボコボコに打たれた、ボクサーがリングに沈むように足をふらつかせながら、椅子に倒れ込んだ。

 冗談でも、いっていい冗談と、悪い冗談があるだろう。このマスターに訴えられたら、職権濫用罪しょっけんらんようざいか何かで捕まるのではないか。


「でよ本題なんだが、この街で連続殺人事件が起きているよな」


 マスターはもうすっかり怯えてしまって、ウイックの一言一言にビクビクしていた。

 

「ええ……。たしかそういう事件が起きていると、お客様から聞いたことがありますが……」


「そのことで何か知ってるか?」


「いえ……何も知りません……」


「ほんのちょっと、知っていることだけでいんだ。最近見知らぬ人間を見かけたとか、変わったことがあったとか、客からこんな話を聞いたとかでいんだよ」


 マスターは心底困った、というように眉毛と口角を歪め顔をしかめた。すると、今さっきまでマスターと話していた、男が二人の会話に割り込んだ。


「俺、知ってるぜ」


 キクマはその男に視線をやった。体躯の良い頭に赤いバンダナを巻いた黒人の男だった。


「あんちゃん、本当かよ!」


 ウイックは回転する椅子を、黒人男の方に回転させた。

 見るからに人懐っこそうな、大きな目と大きな口を持った男である。


「ああ、本当だぜ。最近この街の周辺で、連続殺人事件が起きている」


「ああ、そうだぜ! あんちゃん。その話が聞きたいんだ! 聞かせてくれよ」


「ああ、俺も話したくてうずうずしてたんだよ。だってよ。誰も信じてくれないんだもんな」


「俺たちはそこら辺の分からず屋とは違うぜ。なんたって、今までありえねぇー事件を見てきたからな。ちょっとやそっとじゃ、驚かねぇーよ」


 どうやらこの黒人の男は、ウイックと波長があうようだ。俺なんかよりも、このこの男を相方に付けた方が確実に上手く、ことが運ぶ気がしたキクマである。


「聞いて驚くなよ。その連続殺人犯に殺された死体はズタズタにされてんだよ。まるで食われたようにな」

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