case11 事件の証人
キクマはウイックのあとに続き歩いた。柄の悪いウイックが先頭を歩くと、旧約聖書、出エジプトのモーセが海を割る場面のように人々は道を開けた。
「おい、キクマぁ~。おまえが柄わりーから、みんな避けてるだろうがぁ」とウイックは眼を合わせようとしない人々に視線を回し、キクマに愚痴った。
柄が悪いのはあんただよ、とキクマは思わず口に出しかけた。いや、口に出していた。
「あんたの眼つきに怯えてみんな、避けてんだよ。その眼つきや、その歩き方だったら誰だって近寄りたいとは思わぇーと思わないか」
「まったく、男を見る目がない奴らだなぁ。男っていうのはよ、こう大股で胸を張って歩かなきゃなんねぇーんだよ」
そういってウイックは、肩を忙しく前後にふり、のけぞらんばかりに胸を張って歩いた。まるでゴリラのドラミングのように。
「それじゃあ、荒くれ者の歩き方だぜウイック」
「だから何度言えば分かる。俺はおまえの上司だって! せめて警部ぐらいはつけろっつうのォ!」
「つけて欲しけりゃあ、もっと上司らしい振る舞いをしろってんだよ」
キクマがそう嫌味をいうと、ウイックは額に青筋を浮かべた。
そのとき、キクマはある店を見つめた。「おい」とウイックを呼んだ。
ウイックは立ち止まり、振り返った。「何だよ?」
「あそこにあるぜ」酒場らしい店を指さしてキクマはいった。
「ああ、ホントだな。やっと見つけたぜ」
訊き込みをしに入ろうと思えば、カフェなど色々な店があるが、この二人はそんな洒落た店には入れなかった。性に合わない、というやつだ。
だから浮浪者のように、酒場を求めてもうかれこれ一時間近くも歩き続けていた。こんなんじゃ、捜査に進展がなくて当然だな、とキクマは思う。
「入ってみっか」
ウイックは黒煤が目立ちはじめた、酒場のとびらを開けた。中の客が一斉にウイックとキクマを見た。
客の顔ぶれも悪くはないが、よくもない。まぁ、酒場などどこもこんなもんだろう。
小太りのブルドックのような男がカウンターで、客と話していた。きっと、このブルドックのような男がこの店のマスターなのだろう。ウイックは、迷うことなくカウンターに向かった。
「よう! 楽しそうに話してるところ、わりぃーが聞きたいことがあるんだ。いいか?」
ブルドックの顔をしたマスターは、ウイックを下から順グリンに眺めた。
「客じゃないのか?」マスターが問うた。
「ああ、客じゃねーな」といい、ウイックは懐から物騒な物でも取り出すように、刑事手帳を取り出した。見方によれば、ハジキでも取り出しかねない格好だ。
「刑事……。その刑事さんが何のようですか……?」
マスターは、明らかに困惑気味だった。邪なことがなくても、刑事が突然押しかけて来たら、誰だってこのマスターと同じ態度をとるだろう。
「あんたを麻薬及び大麻取締法の容疑で逮捕する」
マスターの顔色が急激に青ざめた。「な、な、な、何を言い出すんですか! あっしはそんな、麻薬なんて持ってない……!」
「悪い、冗談だ。冗談。ただお遊びのつもりでいっただけだ、真に受けんなよ」ウイックはカウンターテーブルをたたきながら、ゲラゲラ笑った。
「あ、ははは……。そ、そうでしたか……」
マスターはボコボコに打たれた、ボクサーがリングに沈むように足をふらつかせながら、椅子に倒れ込んだ。
冗談でも、いっていい冗談と、悪い冗談があるだろう。このマスターに訴えられたら、職権濫用罪か何かで捕まるのではないか。
「でよ本題なんだが、この街で連続殺人事件が起きているよな」
マスターはもうすっかり怯えてしまって、ウイックの一言一言にビクビクしていた。
「ええ……。たしかそういう事件が起きていると、お客様から聞いたことがありますが……」
「そのことで何か知ってるか?」
「いえ……何も知りません……」
「ほんのちょっと、知っていることだけでいんだ。最近見知らぬ人間を見かけたとか、変わったことがあったとか、客からこんな話を聞いたとかでいんだよ」
マスターは心底困った、というように眉毛と口角を歪め顔をしかめた。すると、今さっきまでマスターと話していた、男が二人の会話に割り込んだ。
「俺、知ってるぜ」
キクマはその男に視線をやった。体躯の良い頭に赤いバンダナを巻いた黒人の男だった。
「あんちゃん、本当かよ!」
ウイックは回転する椅子を、黒人男の方に回転させた。
見るからに人懐っこそうな、大きな目と大きな口を持った男である。
「ああ、本当だぜ。最近この街の周辺で、連続殺人事件が起きている」
「ああ、そうだぜ! あんちゃん。その話が聞きたいんだ! 聞かせてくれよ」
「ああ、俺も話したくてうずうずしてたんだよ。だってよ。誰も信じてくれないんだもんな」
「俺たちはそこら辺の分からず屋とは違うぜ。なんたって、今までありえねぇー事件を見てきたからな。ちょっとやそっとじゃ、驚かねぇーよ」
どうやらこの黒人の男は、ウイックと波長があうようだ。俺なんかよりも、このこの男を相方に付けた方が確実に上手く、ことが運ぶ気がしたキクマである。
「聞いて驚くなよ。その連続殺人犯に殺された死体はズタズタにされてんだよ。まるで食われたようにな」




