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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case9 出会いはいつも……

 男はあれからずっと、街道の真ん中に突っ立ってジョンがカバンを取り返してくるのを待っていたようだ。


 ジョンはひったくりから奪い返した、カバンを男に返した。もしジョンが取り返したカバンを、そのまま持って逃げかもしれない、ということを男は考えなかったのだろうか。


 意外と人間とは、人間を信じたいという心理を持っているのかもしれない。


「ああ! 本当に、本当にありがとう! なんとお礼を言えばいいのか、本当にありがとう」


 男は抱きついてこんばかりに、興奮した。ジョンの両手をにぎり、ブンブンと握手のようにふる。


「ああ、そうだ。これは気持ちほどだが、受け取って欲しい」


 とジョンが取り返してきたカバンから、男は何かを取り出し、ジョンの手に握らせた。


「本当にありがとう。それでは、私はこれにて失礼するよ」


 男の背中を見送りながら、ジョンは手のひらを開き、にぎらされたものを確かめた。それは金貨だった。

 それもかなり重い。たぶん1オンス(28グラム)はあるであろう、金貨だった。


 こんな高価なものをお礼のつもりで、惜しまず与えられるのだから、あのカバンにはどれだけ高価な物が入っていたのだろうか。

 あんな物を持ち歩いていたら、いつかは殺されてしまうんじゃないだろうか。


 わざわざそのことを警告するのは、大きなお世話か、とジョンは今来た道を引き返すことにした。

 一度通った道はすべて憶えている。それはジョンの能力だったのかもしれない。


 ジョンはラビリンスに張った糸を手繰るようにして進んだ。


 今さっきひったくりを捕まえた、場所にジョンは戻って来た。いるかいないかは、半々。あの子供がどれだけ、ジョンのことを信じたかどうかである。

 いなければそれまでだし、ジョンを信じて同じ場所にとどまっていれば、それなりの報いはある。


 すると驚くことに、あのひったくりはまだ同じ場所であぐらをかいていた。自分で待っていろ、といったもののジョンは信じられなかった。もしジョンが、警察を連れて戻ってきたらどうするつもりだったのか。


 あの男といい、この少年といい、不思議で仕方がなかった。

 それでなくとも、戻って来なかったら。

 ジョンにはそのまますっぽかすこともできた。


「どうして、逃げなかった」


 少年はジョンを見上げて、ふてくされ気味にいった。


「べつにおまえを待っていたんじゃねー。ただ、疲れたからここで休んでいただけだ」


 それが本当であるのか、嘘であるのかは結果的に関係ない。少年がここにいる。そのことが結果であり、揺らぐことのない真実なのだ。


「そうか、少年がここで待っていたのは揺るがない」


 するとひったくり少年は、「ふん!」と鼻を鳴らした。

 そんなふてくされた表情をしている、少年に彼は手ににぎっていた物を投げた。キラキラと光を反射させながら、綺麗な楕円の軌道で少年の小さな手のひらに収まった。

 少年は二、三度、目をぱちくりさせながら手のひらに乗った物を確かめた。


 その輝く物が何なのか早速は理解できなかったらしく、何度もそれを穴が開くほど見つめ続けていた。徐々に少年の顔色が変わった。


 いま自分が見ている物が夢ではないのか、たしかめるように少年は眼をぱちぱちさせて、眼をこすった。


「それをやるよ。弟に旨いものでも食わせてやれ」そういいジョンが背中を向けると、少年が慌てたように声を出した。


「な、なんなんだよ! これは!」


「見て分からないか」


「だからなんで、これを俺によこすんだって聞いてんだよ!」


 ジョンは立ち止まり、振り返った。「要らないんだったら、返してくれ」


 少年の顔が曇った。

 こんな物いらねーよ、と投げ返してやりたいが、この金貨をみすみす返すのは惜しい、という表情だ。

 少年が言い返してこないことを確認すると、ジョンはその場を立ち去った。


 人通りの多いい街道から、少ない道に入り真っすぐ家に向かった。道をそれると、歩いている人間も様変わりする。

 繁華街をそれると、人々が着飾っていた衣服が庶民的になり、落ち着きがでる。

 

 ジョンは繁華街の人間よりも、ここにいる地味で庶民的で落ち着きのある人間が好きだった。あの女と出会ったのも、この道だった。

 ひょんなことがきっかけで、出会いが起こるものものなのだ。もう一年も前のこと。


 あいつは酒場で働いていた。繁華街の賑やかな酒場と違い、あいつが働いていた酒場は、しんみりとした、良くいえば落ち着きのある、悪くいえば活気がない、酒場だった。

 ジョンはそれほど酒を飲まないので、酒場などに用はなかったのだが、仕事の都合で仕方なく通っていた。

 

 たぶん顔見知りになるほどには通っていただろう。

 ある男が来る日だけ、通いその男が帰る時間にジョンも帰る。


 いつからだっただろう、女の視線に気付きはじめたのは。今まで自分に向けられてきた、敵意や悪意、恐怖の視線ではなく最初は戸惑った。

 いつらだっただろう、その視線が好意という感情が引き起こすものだと気づいたのは。


 はじめの内はジョンも気付かないふりをしていた。

 そんな好意という一方的な、視線を受けていたある日、事件は起きた。仕事を終えた深夜、ある女の悲鳴が静寂に包まれた夜の街を切り裂いた。

 

 こんな時間に女の悲鳴が聞こえるのだから、襲われているとしか思えない。

 しかし関わってしまうと何かと面倒な目に遭うのは、容易に想像できた。自分は良い人間ではない。そのことを知っている。

 

 このまま家に帰りたいが、そうすれば悲鳴のあった方向に進まなければならない。

 このまま引き返して、別の道を選び帰る、という手だてもあるがそうすると遠回りになってしまう。


 そうジョンが考えあぐねていると、さっきよりは小さいが、明らかにさっきよりも緊迫した、「誰か! たすけて!」という声が聞こえた。


 ジョンでなければ聴こえない、ほどの声が聞こえた。知っていて知らなかったを通すのは、気分のいいものではない。

 ジョンは声が聞こえた場所に、向かうことにした。


 すると、男の荒い息づかいが聞こえて来た。これはレイプ犯だな、とジョンは理解した。月明りでほんのり色づく影は、細身だが男らしきシルエットがジタバタ暴れる女の手首を掴み、服を引き裂いた瞬間だった。

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