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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case6 ジャック・ザ・リッパーの再来

「その話をしたら、とっとと帰ってくだせえよ……」


 蛇の目のマスターは周辺を見渡しながら、いった


「ああ、分かってるって。俺たちは仕事に関係ねぇーことを深堀しやしねえよ。話を聞いたらとっとと出てくって」

 

「本当に出てってくだせえよ……」


「ひつけーな、そんなにさぐられちゃ困ることでもあんのかよ!」


 これじゃあ、まるで脅しているように見られても仕方がない。

 本当に脅しているのだから。


「いや……」


「だったら、そんなこと言うもんじゃねぇーぜ。そんなに隠されると、逆に暴きたくなるってもんだからな。隠されれば隠されるほど、暴きたくなるのが男ってもんだ」


 ウイックは悪い笑顔を作りそういった。一体この男は、むかし何をやっていたんだ。キクマはこの事件よりもウイックの過去の方が気になった。


「で……何の話でしたっけ……?」


「最近起きている連続殺人事件だよ」


「ああ、あのジャック・ザ・リッパーの再来とかって騒がれている事件ですか。俺もそれほど詳しくは知らないんですけど、客から聞いた話では化け物みたいな奴って話ですぜ……」


 マスターは誰かに聞かれたら困る話でもするように、口元を手で覆って声が漏れないようにしている。誰かに聞かれたら困るのではなく、これはマスターが話をするときの癖なのだろう。


「その客って奴は、犯人を見たのか?」


「そこまではしりゃあしませんけど、とにかく化け物みたいな、奴らしいです」


 たいていこんな、荒くれ者どもがたむろするような酒場では、嘘か誠か分からない話が集まる。


 注目引きたさに面白おかしく作り話を吹く奴もいれば、質の高い情報をうる情報屋のような輩もいた。


「化け物見たいって―と、体がデカいとかそういうことか?」


 マスターはもう一度周辺に目を走らせ、誰も聞き耳を立てている奴がいないことを確かめてからいった。


「いや、とにかく動きが速いって話です。『ありゃー、人間の動きじゃねぇーな』って、そいつは言ってましたね……」


「へぇ~、そいつは面白れえ、話じゃねーか。人間の動きじゃねぇーって―と、犯人はライオンだとか、虎だとか、チーターだとかの獣だってぇ―ことか?」


 するとマスターは困り顔を作り、いった。


「いえ……恐らく人間でしょう。ほら、よくこんな話があるでしょ、獣に育てられた人間が獣になるって話が。きっとそいつも、怪物に育てられたか何かですよ……」


 そのとき、店の端のテーブル席についていた、三人組がマスターを呼ぶ声がした。

 キクマはその三人組が座るテーブル席に、鋭い視線を向ける。

 昼間っからテーブルの上には酒のボトルが散漫し、三人の誰もが顔を真っ赤にさせ酔っぱらっていた。

 

「おいマスター! 話し込んで~とこ、わり~が、酒持ってきてくれや!」


 呂律が回っていなく、口からは声を出すというよりは、喉からしぼりだすかのようだった。


「ああ、分かった。ちょっくら待ってくれ」


 マスターは今までのオドオドした態度が嘘だったかのように、腰の据わった声を出した。ウイックは、立ち上がった。


「マスターも仕事で忙しいみてぇーだから、また出直すわ」


 その言葉を聞いて、マスターは安堵の表情を浮かべた。


「おい、キクマ。次行くぞ」


 ウイックはそういって、その店を後にした。


  *


 日のかたむき加減から考えて、時刻は十三時を少し過ぎたところだろう。キクマはウイックの後ろを、影のようについて回った。

 口は悪いうえに、やる気のないという駄目男だが、このウイックという男は、それなりにやり手なのだ。


 どうしてこの男が警部にまでなれたのか。それはこの男の実力なのだと思う。しかし実力だけでは、出世できない。


 大抵出世する奴は、幹部連中に何かしらのコネがあるものだ。ウイックも後者に入るのかもしれない。そのことを臭わせるように、ウイックに対する署長の態度がおかしい。

 ウイックが何か通常とは違うことは確かだった。


 キクマはそんなことを考えながら人垣を縫い、しばらく歩いた先に新たな店を見つけた。

 今さっきいた店とそれほど、変わらないように見えるがこちらの方が少し洒落ている。べつだん比較したら外見は同じなのだが、雰囲気の違いだ。


 今さっきいた店が荒くれ者だとしたら、この店は紳士とまではいかないが、ほどよく洒落た伊達男という感じの店だと思う。


「おい、この店で話を聞いてみるぞ」


 ウイックは伊達男みたいな店を指さしていった。

 看板には、『アレック』と何のこりもひねりもなく書かれていた。たぶんアレックという人間がマスターなのだろう、と分かる。


 店のとびらを開けると、コーヒーの深く香ばしい香りが立ち込めた。

 今さっきいた店は酒の臭いがひどかったが、こちらはコーヒーのいい香りだ。来店している客の顔ぶれも、あの店とは違い堅気の者が多そうに見えた。


 それほどさっきの店と離れているわけではないが、わずかな距離でここまで雰囲気が違う店になるのか、とキクマは驚いた。


 ウイックとキクマがとびらの前に立つと、小さくて子気味良い鈴の音が客の来店を知らせた。


 その音に反応し、白いエプロンをした巨漢の男が、「らっしゃい!」と大音量を張り上げた。


 さすがにウイックと言えども、その声に気おされたみたいで、「あ、いや、俺たちは客じゃないんだ」と珍しく引き気味に言って見せた。


 するとマスターらしき男は、ウイックを見つめ、じゃあ、用件はなんだ、と言いたげな顔をした。


「ちょっと、話を聞きたいだけだ」


 二人が客じゃないと分かると、マスターは目に見えて落胆した表情を作る。


「なんだ、客じゃないのか」


 マスターはそういい頭を掻いた。それから、片目をつむり、「聞きたいことはなんだよ」とマスターはウイックに問うた。


「最近この街で、連続殺人事件が起きているだろ」


「ああ、それがなんだよ」


「その事件のことで、知っていることがあったら、教えて欲しんだが」


 マスターは渋い顔を作り、「ああ、俺は何にも知らないんだ」ともったいぶるようにそう言ってから続けて、「しかし、この兄ちゃんならなんか、知ってんじゃねぇーか。今さっき、知ったようなこと言ってたぜ」とカウンター席に座っていた、客の背中をたたいた。

 

 男だった。歳はキクマとそれほど変わらないように見える。どちらかというと、キクマの方が歳を取っているかもしれない。


 不思議な雰囲気のある男だと、キクマは思った。

 

「兄ちゃん、何か知ってるのか?」

 

 ウイックは男に問うた。男は振り返り、ウイックの顔を真正面から見据える。ほぉ~、ウイックの顔を真正面から見返せるなんざ~、肝の据わった奴だな、とキクマは感心した。


 大抵の人間は、ウイックを直視することができないのだ。それはどうしてか、ウイックの眼光には人を怖気づかす力があるからだ。


「いえ、何も知りませんね」


 男の声は透き通るような、下手をすると女のものと聞き間違えるほどの声だった。良く言えば綺麗で、悪く言えば存在感がない。


「おいおいおい、兄ちゃん、さっき知ったようなこと言ってたじゃねぇーか!」


 マスターは大音量を出しながら、大袈裟に両手を上げて口をはさんだ。ウイックはマスターを制し、いった。


「ああ、そうか。くつろいでいるところを、邪魔して悪かったな。おやじ機会があったら、こんどは客としてくるよ」


 と言いながらウイックは出口に向き直った。


「おい、キクマ、行くぞ――」


 最後にもう一度、その男を見据えてキクマはウイックの後に続いた。

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