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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case5 キクマの上司

「だりぃーよ、かったりぃーよ……」


 この男はいつもそんなことを言っていた。

 革張りのソファーに深くもたれ掛かり、足をテーブルに投げ出している。そしてだらしなく、ブラックのスーツを着崩していた。

 

 よく言えば荒くれ者。悪くいえばマフィアだった。


「なぁ~。てめーもそう思うよな? え?」


 この荒くれ者の名はウイックといった。ウイック・ドロント。どうしてこの男が警部にまでなれたのか、不思議でしょうがない、とキクマは思った。


「何でそんなに、だるいんだよ」


 ウイックはソファーから首を真後ろに、向けた。頭を逆さにしている状態なので、口にくわえていたタバコがぐりゃッと曲がり、灰が落ちるときに髪の毛に燃え移らないか、心配になった。

 まぁ、髪の毛が燃え上がり、慌てふためく姿を見てみたいものだが。


「何だてめぇー、上司に向かってその口の訊き方はねぇーんじゃねぇーか? あ?」


 あんたにだけは言われたくない、と思うキクマ。


「あんたと口喧嘩しても、しょうがねぇー。それより、俺が聞いてるのは、何がそんなにだるいんだってことだ」


 するとウイックは舌打ちした。


「あんたじゃなくて、警部と呼べ。警部と」


 警部、の部分をやけに強調していった。

 それだけいって、またウイックはタバコをくゆらせる。


「だから、何なんだ!」


 キクマは青筋を、浮かべて怒鳴った。


わーった(わかった)、そう怒るなって。たく、ジャップは短気だから嫌なんだよ。事件だよ。おまえの大好きな事件が、持ち込まれてきたんだ」


 この係、特別捜査係には、ウイックとキクマの二人しかいない。厄介ごとは、すべてウイックに押し付けろという、風潮がこの署にはあった。

 大抵持ち込まれるのは、誰も手に負いたくない、怪奇事件である。


「どんな事件なんだよ」


 キクマはウイックの前にあるソファーに座った。

 するとウイックはとなりに、置いていた新聞をテーブルの上に投げた。


「そこに書いてっだろ」


 キクマは新聞を取り、そこに書かれている記事を読んだ。


「お偉方がそいつを捕まえろだとさ。俺達に任せるぐらいだから、お偉方も捕まえる気がはなからなねぇーんだよな。厄介な事件をいつも回しやがってよ」


 するとウイックは、大きな煙を口から吐き出した。


「その記事読んでると、ゼってー(絶対)マスコミ連中も、楽しんでると思うんだよ。書き方からして、大袈裟に騒ぎ立ってるしよ」


 十三人の人間を、殺したとされる連続殺人犯。

 首もとの頸動脈を一太刀で断ち切るその犯行スタイルから、マスコミはジャック・ザ・リッパーの再来と大々的に取り立てていた。

 恐怖の殺人鬼襲来。

 新たな被害者が、とたしかに面白いことに飢えた、庶民やマスコミ連中には格好のネタだ。


「行くぞ」

 

 キクマは新聞をテーブルに叩きつけて、立ち上がり、ウイックを俯瞰(ふかん)した。


「は? どこにだよ」


「決まってんだろうが。このジャック・ザ・リッパーの再来とやらの犯行が続く、街にだよ」


 ウイックは口にくわえていた、タバコを灰皿にこすりつけざまにいった。


「何で、てめーが決めてんだ。決めるのは俺だろうが?」


「行かねーのか。だったら、俺一人でも行く」


 ウイックは頭を乱暴に掻きながら、立ち上がった。その野性的な眼がギラギラ輝き、不敵な笑みを浮かべた。


「行くに決まってんだろうが。決めたのはおまえじゃない、俺だ」


  *


「で、なのをどうすれば、いいんだ?」


 ウイックは頭を掻きながら、だらしない歩き方をした。人通りが多いい、レンガ敷きの街道である。

 この大きな街で、犯人捜しをするのは骨が折れそうだ。


「とりあえず、聞き込みをするしかないだろ。捜査の基本だ」


 歩いている者は皆、上品そうだが、ところどころ目に付く裏路地は不衛生で表通りとは対照的だった。臭い物に蓋をして、人通りの多いい通りだけを清潔に保つ。

 そして、一歩繁華街を外れれば、汚い街並みが広がっているのだろう。


「とりあえず、人が集まりそうな店にでも行ってみっか」


 ウイックは振り返り、キクマにいった。

 

「ああ、それが一番手っ取り早いだろうな」


 キクマはそう答え、ウイックのあとに続く。ウイックが見つけたのは、酒場だった。

 西部劇にでも出てきそうな、Serpent(サーペント)と言う名の酒場で、店の外には樽が積み上げられている。

 重そうなとびらを開けると、アルコール度数の高い酒の臭いが店内に充満していた。


 臭いを嗅いでいるだけで、酔いそうになるほど、アルコールが強い。

 カウンターでは、この店のマスターらしき中年男がグラスを拭きながら、鋭い目つきでキクマたちを睨みつけた。

 客に向けるような顔ではない。


 ウイックは怯むことなく、カウンターにまで歩み寄り、椅子を乱暴に引き、座った。


「注文はなんにする」


 マスターは蛇のような眼を、ウイックと後ろに立っているキクマに向けて、いった。店の名前通りのマスターだな、とキクマは思った。


「ああ、俺たちは客じゃないんだ。ちょっと聞きたいことがあってな。時間あっか?」


 ウイックのその態度は、飲んだくれの駄目男そのものに見えた。


「あんたら、誰だよ?」


 蛇の目マスターは、少し表情を険しくしていった。


「俺たちは、警察のもんだ」


 ウイックはそういって、黒いスーツの懐から黒い手帳を取り出した。それを、広げでマスターに見せる。

 マスターは素早くキクマとウイックを観察したようだった。


「いったい警察の方が何の用ですか? うちは別に警察の方々が思うような悪いことなんてしてませんぜ」


 どうやらマスターは、なにか後ろめたいことがあるらしい。こういう店は裏社会の人間のたまり場によくなっていた。

 たぶんこの店も、夜になればヤクの売人や娼婦たちのたまり場になっているのだろう。


 しかし今はそんなことを取り調べるために、来たのではない。今関係ないことは、見逃す。警察などそういうものだ。


「最近(ちまた)で、ジャック・ザ・リッパーの再来、って奴が騒がれてるだろ。そいつの噂でもなんでもいい、知ってることがあったら教えてくれ。俺たちはそいつを追ってんだ」


 ウイックは悪党のように顔に影を刻ませ、カウンターに前のめりになりマスターに言い放った。

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