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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第一章 事件編 人と獣は交われない  
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file02 『喰われた死体』

 起きていることに気付かなければ、眠っていることと変わらないのではないか。

 意識が覚醒していようと、気付かなければ、眠っていることと何も変わらないのではないか。

 バートンたちは樹々が壁のように生い茂る、村にやってきていた。

 この村がランゴー村なのだろう。

 村周辺の雰囲気だけで、何か得体の知れない怪物が住んでいそうである。


 いま怪物が出てバートンたちに襲い掛かって来ても、不思議ではない、本能的にバートンは警戒の色を強めた。


 人口は百人にも満たない小さな村だ、若い者より老人の方が多いだろう。村の中は石造りの家が規則性なく並んでいる。少なくとも建てて、百年以上は経過している家ばかりであった。


 人の通る道だけ綺麗に草が刈られ、後は芝生になっている。晴れた日は芝生で寝転ぶとさぞ気持ちいいと思う。


 しかし、今日は曇り空だ。陰湿な芝生で横になっても、気持ちよくはならない。どの家にも畑があり、季節の野菜が植えられていて、もうすぐ季節の終わるトマトが長いツタを伸ばし赤い実を、実らせていた。


 大抵の野菜は自分たちで作っていて、自給自足の生活をしていることが分かる。


 そしてバートンたちが向かっているのは村から少し歩いたところのある、山道だった。村を抜けて起伏や蛇行を繰り返す道を数分歩くと、バートンたちは樹が開けた通りに出た。


 こんな林道には似つかわしくなく人々が集り、色めき立っているではないか。


 どこにでも野次馬はいるものだ、おかげで迷うことなく目的地に着けたのだが。バートンたちは人垣を掻き分け、中央へ向かう。


 人の頭でふさがれていた視野がハッキリと明けたとき、異様なものが目に飛び込んだ。その異様なものは横たわり、誰が見ても人間であったことが分かった。


 そう、人間であったことが分かるのだ。

 つまり、見る人によっては人間だと分からない可能性すらあるということである。


 服はボロボロに破れ、土色の肌は所々、鋭い何かで切り刻まれていた。


 そして、腹はメスで割かれたようにぱかっと開き、露出して赤黒い内臓は食い散らかされたようにずたずたに引き裂かれていた。

 映画などの特殊メイクなど問題ではない、グロテスクさであった。

 死体は女ではない、性別は男でがっしりとした体格をしている。


 切り裂かれ、ボロボロになった服の切れはしが男のとなりにまき散らかされている。

 どんな殺し方をすれば、こんなに服がボロボロになるのかバートンには想像できない。


 男は死んでいた。顔は死んだときのまま硬直していて、まるでゴルゴンの顔でも見たかのように恐怖に歪み、目と口は見開かれ硬直している。

 一体この男は何を見たのか、想像するだけで恐ろしい。


 鑑識が終わったばかりなのだろう。

 その男の周囲には警官や鑑識官がたむろして、何かを話し合っていた。バートンは中央に躍り出て、一人の鑑識官に話しかける。


「何か分かりましたか?」


 鑑識官は不機嫌そうに、野次馬を見るような目をバートンに向けた。バートンは確かに不審がられてもおかしくない恰好をしている。

 よれたブラックブラウン色のスーツをだらしなく着て、ネクタイはしていない。

 

 そんな男が突然人垣を掻き分け、死体を観察していたら誰だって怪しむものだ。


「そのテープより中に入ってきちゃダメだよ!」


 四十代くらいの、鑑識官が眉間にしわを寄せて、強い口調でバートンに注意した。

 バートンは立ち上がり、ゆっくりとスーツの内ポケットから刑事手帳を取り出し、鑑識官に開いて見せる。


 鑑識官は刑事手帳とバートンを見比べ鼻を鳴らし、それ以上は何も言わなかった。


「で、何か分かりましたか?」


 バートンはもう一度、鑑識官に遺体のこのを訊いてみた。キクマもやっと、人垣を掻き分けバートンに追いついた。

 鑑識官はキクマを一瞥(いちべつ)したが、今度は何も言わずに鑑識結果を簡単に報告する。


「被害者は四十二歳のドンク・ラッセル、野菜作りを生業としている農家です。今朝、犬の散歩をしていたモーガンというご老人が遺体を発見しました」


 鑑識官は困り果てたように、こめかみを人差し指で掻きながら、「そのモーガンさんが気味の悪いことを言っているんですよ」という。


「気味の悪いこと?」


 キクマが鑑識官の言葉を反復する。もうすでに話に聞いているので、その気味の悪いことの予想はできていた。


「ええ、なんでも、犬が異様に吠えだし、リードが手から離れたそうで。モーガンさんは少し遅れて追いついたとき、見つけたそうです。この世のものとは思えない、狼のような恐ろしい怪物を……そして、この遺体には鋭いもの、鑑識結果では動物の牙ですね。

 以前にもこういった、動物による殺人があったと聞きますから、もしかしたら、同じ動物の可能性もあります。そうだとしたら、人間の肉の味を知ってしまった獣は早く捕まえないと厄介なことになります」


 バートンは再びしゃがみ込んで、遺体を観察した。

 確かに、鋭い牙の様なもので腹を噛み切られ、内臓が食い散らかされている。肉片は男の周囲に転がっており、手足にも引きずったような擦れた跡が付いている。


 つまり、他の場所で殺害され、引きずられてここに運ばれてきた可能性があるということだ。


 これが人間の仕業なら、こんな人目に付きやすいところにわざわざ運んでくる意味がない。獣による犯行が有力視されている訳が分からないでもない。


「その、遺体を発見されたモーガンさんはどこに居られますか」


 キクマが鑑識官の方を見て訊ねた。

 そんなこと聞いてどうするんだ、と言いたげに鑑識官は、「村の中に赤い屋根が特徴的な家があったでしょ、この村で赤い屋根はあそこだけだから、すぐ分かります」


 鑑識官は赤い屋根の家があるであろう村の方向を指さしていったが、赤い屋根の家などいちいち注意して見ていない。シャーロックホームズでない限り、皆そうだろう。

 

 バートンは立ち上がりついでにお礼を言い、キクマに行くとうながした。キクマも鑑識官に頭だけを下げ、バートンに続いた。



 バートンとキクマは赤い屋根が特徴的な家に着いた。

 確かに注意して見れば、この村にここまで赤い屋根の家は異様といえば異様なので、鑑識官が言ったことも分からないでもない。

 

 入り口の横の花壇には名前の分からないカラフルな花が植えられていて、雨粒がキラキラと輝いている。


 バートンは青い北欧風のとびらを手の甲で軽く叩いた。青のとびらと赤い屋根である、とことんカラフルな色で構成されていた。


 コツ、コツ、という子気味いい音が室内に響き渡るのが聞こえる。


 すると、室内から犬の吠える声がした。

 太く、低く、重い声。確か、犬があの遺体を見つけた、と言っていたということをバートンは思い出した。とびらの向こうから、小さな足音が近づいて来る。

 

 とびらを経て、向かい合ったことが感じられた。青いとびらがゆっくりと開き、老婆が現れた。


 一目見ただけで、かなりの高齢であることが分かる。

 髪は綺麗に白くなり、光を反射して銀色に光っている。

 落ちくぼんだまぶたは、眼球の形をハッキリとあらわにさせ、ぎょろぎょろ、とバートンたちを見つめた。

 

 年の割には背筋がしっかりとしていて、少なくともバートンよりは姿勢が良かった。この人物が鑑識官の言っていたモーガンなのだろう。


 一匹の黒い犬がモーガンのとなりから、顔を出した。大きな犬だ。

 鼻筋と人間でいう眉の辺りだけ茶色い毛になっている。

 ごつごつした、体からすらりと長い前足が見えた。


 その犬はシェパード、という犬種だった。よく警察犬などに使われる犬種。まじかで見るとこれほど迫力のある犬はいない。


 ひと睨みされただけで、大抵の人間は縮み上がり動けなくなってしまうものだ。キクマといい勝負である、とバートンはキクマの顔とシェパードを心の中で見比べた。


「突然お訊ねして申し訳ありません。――遺体を発見した、時の状況をお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」


 バートンはまるでセールスマンのようなしぐさをしながら、とびらのすき間から問いかける。

 モーガンは頭、二つ分ぐらい高い、バートンを見上げながら、とびらを全開にしたのだった。

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