表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第一章 事件編 人と獣は交われない  
35/323

file33 『ある人物の思想』

「まったく、あの二人は何だったんだ? 堅気じゃねぇよな。殺人犯のことを嗅ぎまわっているってことは、マフィアか!」

 マスターは店内中に響き渡る、大音声でいって見せた。

「きっとそうだぜ。縄張りを荒らしまわってる、いかれた奴を見つけて、懲らしめるつもりなんだぜ」

 本当にマフィアなのか。だとしたら、厄介なことだ。と、私は客観的に思った。

「ごちそうさまでした」

「あ、ああ、もう行っちまうのか?」

 私は出入り口の前に立ち、

「ええ、帰らないと彼女が待っていますから」

 と、店を出た。

「彼女ねぇ~。若いっていいな~」

 マスターはしみじみと、いった。

「僕なら、言い聞かせます。誰かを傷つけるのはいけないことだ、って」


 バートンが数秒間考えた末、出した答えだ。


「もし、言い聞かせても誰かを傷つけるのを辞めなかったら」


「辞めるまで言い聞かせますよ」


 キプスは鼻から息を吐きだした。

 まるで、呆れているような、ため息のような吐息だった。


「人間は生まれ持った性格は直らないんですよ。もし、その殺された子供がどれだけ言っても、人を傷つけるのを辞めないのなら、これから先どれだけ言っても直りません。

 もし、その子供を野放しにしていれば、いつかまた同じように誰かを傷つける。

 子供の取る行動や言動は人間のありのままの姿なんだから。大人になれば、さらに人々を傷つける人間に成長するんですよ」


 バートンは、キプスを見るのが辛かった。

 キプスの顔を見たくなく、バートンは視線を落とす。

 どうしてこの人は、こうも人間を誹謗(ひぼう)するのか、と。人間の中にはいい人もいる、というのに。


 そう、いい人もいるのだ。昔、バートンはある人物に命を救われたことがあった。その人物からしたら、些細な気持ちでした行いであろうけれど、その些細な善意が一人の人間の命を救うことがある。バートンはそう信じている。


「そうとは限らないでしょ。人間は変われる生き物です。百歩ゆづって、性格は変わらないかも知れないけど、考え方は変われる。人間は変われますよ」


 バートンの言葉はまったく、キプスに届いている気配がない。

 それどころか、首を横に何度も振って、


「バートンさんは世界で初めて動物愛護法を作った人物を知っていますか」


 キプスは急にわけの分からないことを問いかけてきた。その話と、今している話は関係あるのだろうか。バートンは頭を振る。


「世界で初めて動物愛護法を作ったのはヒトラーですよ。ユダヤ人大量虐殺をした、あのヒトラーです。ヒトラーのような人でも、良い心はあったし、悪い心もあった。良い人間にだって、『悪』があるし、悪い人間にだって、『善』があるんです」


 だから、何なんだ! とバートンは怒鳴り散らしたかった。


「もし、今まで悪いことしか、したことがない人物がとてつもなく、良いことをしたら? もし、今まで良いことしか、したことがない人物がとてつもなく、悪いことをしたら? バートンさんあなたならどうします?」


 だから、だから、だから、その話が何なんだ!

 バートンは眉を苛立ちでピクピクさせた。


「良い人間だろうと、悪い人間だろうと、悪いことをすれば罰を受けなければいけませんよ」


 バートンはキプスの目を真正面から見つめていった。

 あの目の奥には、とてつもない闇が広がっている。バートンは動物的な勘で感じ取った。あの、眼に吸い込まれたら帰ってこれなさそうで、恐怖すら覚えた。


「そうです。良い人間だろうと、悪い人間だろうと、罪を犯せば罰を受けなければならない。そう、平等にね。平等に。だけど――この世界は平等ですか?」


 バートンは答えない、いや答えられない。この世界は平等でないことを知っているから。だから、答えられないのだ。


「この世界に平等なんてないんですよ。生き物は生まれたときから、平等ではないんです。すべての生きとし生けるものが平等なのは死だけです。家畜は食べられるためだけに生まれているのではない。人間が生活していく上で生贄になっているんです。実験台や食量になる動物たち。人類がカーストの上位で、動物はその下」


 キプスは一旦、バートンの顔色を確かめて、続ける。


「私たち人間は、ヒトラーのやったことを悪いことだといいます。

 だけど、家畜、動物たちは毎日のように大量虐殺されているのに、誰もそのことを悪いことだとは思わない。

 人間が生きる上で当たり前の生贄だと思っている。そのことが、いかに残酷なことかなど、考えもしません。

 私たちはヒトラーがやった、ユダヤ人大量虐殺と、同じことを毎日のようにしているのに、顔色一つ変えずに、虐げられた、生きとし生ける者にやっているんですよ。

 どうして、人間以外の動物には大量虐殺が許されて、人間は駄目なんですか。それでも、バートンさんは人間と動物は対等だと思えますか」


 バートンは答えない。対等でないことを知っているから、答えられない。駄目だ、完全にキプスのペースに乗せられてしまった。


「動物と人間は対等ではありません。ヨーロッパ人はアメリカ大陸を見つけ、移り住んだ。しかし、そこには先住民がいました。

 ヨーロッパ人はその先住民を殺して、アメリカ大陸を奪ったんです。

 先住民は残虐な殺され方をしたと、聞きますね。同じ人間でも、人種によっては大量虐殺が許されています。

 同じ人間同士でも、カーストは存在しますし。カーストが下の人間は人間とも思われません。つまり、どんなことをしてもいい、家畜と同じです」


「それと、これとどう関係あるというんですか……?」


 バートンはつっかえる声を、やっと吐き出した。

 まだ分からないのか、と言うように、キプスは一瞬眼光を鋭く引きつらせ、頬にしわを刻んだ。


「まだ分かりませんか。悪いことを犯した人間は、ヒトラーから見た、ユダヤ人。人間から見た、家畜と同じなんです。強者に虐げられた生命を、その犯人は助けているんじゃないですか。悪い人間を殺して、命を救おうとしてるんじゃないですか。正義のために」


「なにが正義ですか!」


 その一言を最後にバートンは(こうべ)を垂れ、押し黙る。キプスはもう、気付いている。バートンが、自分を疑っていることを、キプスは気付いている。

 

 首を垂れたまま、ときが流れる。何分ぐらい経っただろうか。まだ、数秒しか経っていない気もするし、もう数十分経った気もする。

 キプスはバートンがしゃべり出すまで待ってくれているのか、何も話さない。


「キプスさん……」


 バートンは凍てついたかのような、重く、固まった口を開いた。


「あなたが――犯人ですね」


 キプスは不思議そうな顔をして、YESともNOとも答えようとしなかった。


 その人の良さそうな表情からは人を殺す人間の相は読み取れない。

 鋭い眼光はあるが、どこにでもいるような、優しそうな初老の男の相だ。


「どうして、私だと」


「実はあなたがトローキンさんを殺すところを見た、目撃者がいたんですよ」


 キプスはもたれかかっていた、ソファーから前身を起こし、膝の上で両手を組んだ。


「それで、私を疑っていたんですか」


 すると、キプスは天井を仰いだ。

 いや、天井を突き抜けた先にある、夜空を仰いだのかもしれない。


「そうですか、見られていたんですか」


 キプスは組んだ手のひらを開いて、天をつかむような、行動をとる。


「ええ」


 天に向けていた顔を、バートンに向け、「――私がトローキンさんを殺しました」とキプスはあっさり認めた。


 もっと暴れるかと思っていたのに、何も言い訳をするでもなく、暴れるでもなく、自分の犯行を認めた。決意を決めていた者、『騎士』の精神もうかがえた。

 

 しかし、それが、また、不気味な恐怖をバートンに植え付ける。バートンはしばらくの間、絶句していたが、気を取り直し再び問う。


「犯人は猟銃でトローキンさんを撃ったと、目撃者が証言しています。猟銃を持っている人物など猟師であるトローキンさんとキプスさんしかこの村にはいない。そして、トローキンさんは殺された――」


 バートンは固唾を飲み込み、続ける。


「つまり、この村ではあなたしか猟銃を持っていないんですよ」


 楽しむかのように、首を大きく振るキプス。


「それだけではありません。あなたはデモンに嫌われているそうですね」


 手のひらをあごに持っていき、ひげをさする。

 何を考えているのか、まったく読めない人物だ。


「モーガンさんの家にいるシェパードですね。たしかに嫌われているのかも知れません。私が近づくと、牙を剥くので、できるだけ近づかないようにしています」


「ラッセルさんを殺したのもあなたですね。あのとき、化け物に襲われ――右腕を噛まれた、といっていました、が……」


「ええ、狼に襲われて怪我をしましたからね」


「モーガンさんはあの日、いつものように、デモンを散歩に連れて行ったんです。そして、いつもはおとなしいはずのデモンは急に走り出した。何らかの異変を感じ取りモーガンさんの手から逃げ出したんです」


 キプスはうなずきながら、バートンの話を聞く。


「キプスさんあなたを襲ったのは怪物ではなく、デモンだったんじゃないですか。あなたは、デモンに襲われて、逃げ出したんじゃないんですか。

 モーガンさんはデモンがラッセルさんを襲ったと勘違いして、嘘を付いたんです。もし、デモンがラッセルさんを殺していたのであれば、デモンは連れていかれる。

 一人暮らしのモーガンさんはデモンがいなくなることを、心の底から恐れていた。だから、デモンを守るために嘘をついた。違いますか」


 そこで、キプスは目をつむり、大きくうなずいた。

 次にキプスが瞳を開いたとき、


「それで、モーガンさんは私をかばってくれたんですか」


 キプスはまたも、あっさりと認めたのだ。

 否定するでもなく、言い訳するでもなく、暴れるでもなく、あっさりと認めたのだった。その態度は美しささへ感じる、ほどに。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ