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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第一章 事件編 人と獣は交われない  
33/323

file31 『裏打ち』

「ハハハハ! 兄ちゃん面白れ~こというな、悪者を懲らしめているか」

 至って真剣に、答えたのだがどうして、マスターは笑っているのだろうか。私には冗談をいうセンスなどみじんもないのだが。

「この新聞には書かれていませんが、被害者たちは悪い人間ばかりだったんです」

「つーてっと、あれか、その犯人は悪を懲らしめる、ヒーロってことか?」

 私はうなずく。

「ええ。そうとも言えるでしょう」

「いくら、被害者が悪さをしてたとしても、殺しちゃアぁ~いけねーよな」

「いや、殺されなきゃ、分からない人間だったかもしれませんよ。映画でも、悪役は最後殺されるじゃないですか?」

 と、いったとき、来客を知らせる鈴の音が客の少ない店内に、響き渡った。

「らっしゃい!」

 威勢のいい、マスターの声が余韻を残した鈴の音をかき消す。

「あ、いや、俺たちは客じゃないんだ」

 と、前置きをして、二人の人物が来店した。

 ときはバートンがキプスの家を訪れる、数時間前に遡る。バートンとキクマが恐怖に怯えるイスカを、何とか村に連れ帰ってきたときのこと、だ。

 

 イスカをサエモンに引き合わせ、今までの経緯をすべて話した。が、頭の固い、サエモンは信じてくれるはずもなく、頭のおかしな人間でも見るような目をバートンに向けた。


 たしかに、あの光景を見ていない者に信じろ、という方がどうかしている、とバートンも思う。それはまるで、幽霊が見えない者に幽霊信じさせるほど困難だ。


「本当なんだ、犯人は別にいるんだ! この子が目撃したんだよ!」


 必然的にバートンの語気も荒くなる。

 サエモンは横目にイスカを見て、バートンに視線を戻し、「子供のいうことをいちいち真に受けろと、言うのですか」と、冷たく言い放つ。


「この子は嘘を付いていない!」


「どうして、嘘を付いていないと分かるんですか? その犯人という人物がトローキンを撃つ、光景をあなたも見たんですか」


 見てはいない……ああ言えばこう言う、とは正にこのことだ。屁理屈を屁理屈で返す人間。


 口ではサエモンに勝てないことなど、はなから分かり切っていた。

 だからこそ、決定的な証拠がいる。


「見てはいません、けど、犯人の検討なら付いているんですよ!」


 サエモンの目をまじまじと見つめながら、バートンは真っすぐ芯の通った声を腹からだした。


「検討?」


 と、サエモンは片方の眉をピクリ、と動かし訊き返す。


「ええ、私はキプスさんが怪しいと考えています……」


 バートンは声のトーンを落とし、サエモンにだけ聞こえる声でいった。


「証拠はあるんですか? あの人は犯人を捕まえた貢献者ですよ。もし、証拠もないのに、面白半分で言っているのなら、名誉棄損(めいよきそん)で訴えられても知りませんからね」


 サエモンはバートンが予期していた、セリフを返してきた。

 想像通りだった。やっぱり、こいつには話が通じない。


「証拠はありません……だけど、信じて欲しい」


「話にならないですね。証拠もないのに先入観で犯人だと決めつけているだけでしょう。あなたは刑事失格だ」


 刑事失格とまでいわれて、黙っていられるか、と、いつもなら言い返していたことだろう。しかし、今回ばかりはことを荒立てる訳にはいかない。


「証拠はないけど、疑うに相当する出来事なら、今までにもあったんです」


 サエモンは(きびす)を返しかけた状態で、踏みとどまり、無言でバートンを見た。話してみろ、と態度で示している。


「この子の証言では、犯人は大きな銃を持っていた、というんです」


「このご時世、銃なら誰だって持てます。銃を持っているだけで犯人だと決めつけるつもりですか」


「確かに銃なら誰でも持っていますが、犯人が持っていたのは大きな銃ですよ。こんな村で大きな銃を持っているのは、マニアか猟師くらいなものでしょう。

 それに私はそんな大きな銃を持っているのを、この村ではキプスさんしか知らない。38口径までなら、まだ分かりますが、大きな銃、ショットガンなどは狩りをする者しか、持たないんじゃないですか?」


 サエモンは「それだけですか」と、興味なさげにいった。


「まだ、あります。犯人はトローキンさんと親しい人物です。森の中にトローキンさんを連れ込み、殺して獣の毛皮を着せたんですよ。そんな、芸当親密な関係じゃないとできないじゃないですか?」


 バートンは少し、声を荒らげていった。


 しかし、サエモンは、「だから、トローキンが自分の足で森に入り、毛皮を着た、ということじゃないですか、つまり犯人だ」といい、これ以上話に付き合うのも、億劫だと言いたげな顔をして、背中を向けた。


「まだ、あります! キプスさんの腕の怪我!」


 しかし、サエモンは立ち止まることなく、去ってゆく。

 遠ざかる、サエモンの背中を見ながら、バートンは思った、この村は僕が守らなきゃ、と。


 *


 イスカを家まで送り届けると、バートンとキクマはある人物の家に押しかけた。その人物はぶすっとした、顔で出迎える。


 悪気があってこんな顔をしているのではないことは、もう分かっている。この、顔がこの人の地なのだから。


「モーガンさん、お邪魔してもいいですか?」


 その人物とはモーガン、だ。


「ええ、どうぞ」


 モーガンは初対面のときとは比べ物にならないほど、バートンたちに対する、当たりが柔らかくなっていた。


 バートンたちが家の中に入ると、床に伏せていたデモンが耳をピクリ、と動かし、顔を上げる。

 

 慌てて、モーガンはデモンの首輪をつかみ引き寄せた。あの、ときの事故が原因でまだ、モーガンは気を使っているのだ。


「大丈夫ですよ。たぶん、もうデモンは襲ってきませんから」


 バートンはテーブル席に座ってから、いう。不思議そうな顔をしながら、モーガンは、「どうしてだい」と、怪訝に問い返した。


 バートンにはデモンがもう襲ってこないことは分かっていた。


「デモンはたぶん、僕に付いたにおいを感じ取って、襲って来たんだと思います。僕はデモンに会う前、ある人物の仕事を手伝ったから。モーガンさんを守ろうとして、僕に襲い掛かったのですよ。

 シェパードは鼻がいいですから。その人物の悪いにおいを、僕から嗅ぎ取ったんです。犬は悪い人間と、良い人間の区別ができますからね」


 バートンの言葉の意味が分からないらしく、モーガンは、「ええ……」と、曖昧な相づちを打つだけである。

 

 バートンの話を信じ、モーガンはデモンの首輪を放した。

 すると、デモンはゆっくりと、バートンの下に近寄り、お座りをした。モーガンは幽霊でも見るように、デモンとバートンを見比べてから、キクマに説明を求める目を向けた。


「今回お尋ねしたのは、事件のことで聞きたいことがあったからです」


 椅子をギーと、引き、モーガンは座ると、「事件の? もう、解決したんじゃないですか」と訊き返す。


 キクマはバートンにあごをしゃくって、説明をゆだねた。


「ええ、事件は終わったのですが、まだ気になることが残ってまして。その、気になっていることをモーガンさんにお訊ねしたいんです」


「そうなんですかぁ? だけど、刑事さんたちの気になっていることを私が知っているんですか? 知っていることなら何でも、お話しますが……」


「ええ、モーガンさんしか知らないことです。では早速、キプスさんはどういった方ですか?」


 モーガンは方眉を上げた。予想外の質問だったのだろう。


「キプスさんですか? つまり、どういう意味でしょうか」


 確かに、これだけの説明では分かるはずもない。

 言葉足らずだった。バートンは聞き方を変える。


「キプスさんはいつから、この村にいますか?」


 モーガンはどうして、バートンがそんなことを聞くのか訳が分からない、という顔をして、「キプスさんはこの村には住んでませんよ」と答えた。


 キプスはこの村には住んでいない。


「じゃあ、デモンを可愛がっていましたか? 例えば、頭をなでるとか?」


 モーガンは唇を歪ませて、いったい、なんの質問をされているんだ? という顔をした。


「いえ、そんなこと一度もありませんでした。確か以前、こんなことを言っていました、『私は犬に嫌われるたちなんです』って。だから、それ以来、デモンは極力近づけないようにしています」


 やはり、そうだった。

 キプスはデモンを避けていた。

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