file31 『裏打ち』
「ハハハハ! 兄ちゃん面白れ~こというな、悪者を懲らしめているか」
至って真剣に、答えたのだがどうして、マスターは笑っているのだろうか。私には冗談をいうセンスなどみじんもないのだが。
「この新聞には書かれていませんが、被害者たちは悪い人間ばかりだったんです」
「つーてっと、あれか、その犯人は悪を懲らしめる、ヒーロってことか?」
私はうなずく。
「ええ。そうとも言えるでしょう」
「いくら、被害者が悪さをしてたとしても、殺しちゃアぁ~いけねーよな」
「いや、殺されなきゃ、分からない人間だったかもしれませんよ。映画でも、悪役は最後殺されるじゃないですか?」
と、いったとき、来客を知らせる鈴の音が客の少ない店内に、響き渡った。
「らっしゃい!」
威勢のいい、マスターの声が余韻を残した鈴の音をかき消す。
「あ、いや、俺たちは客じゃないんだ」
と、前置きをして、二人の人物が来店した。
ときはバートンがキプスの家を訪れる、数時間前に遡る。バートンとキクマが恐怖に怯えるイスカを、何とか村に連れ帰ってきたときのこと、だ。
イスカをサエモンに引き合わせ、今までの経緯をすべて話した。が、頭の固い、サエモンは信じてくれるはずもなく、頭のおかしな人間でも見るような目をバートンに向けた。
たしかに、あの光景を見ていない者に信じろ、という方がどうかしている、とバートンも思う。それはまるで、幽霊が見えない者に幽霊信じさせるほど困難だ。
「本当なんだ、犯人は別にいるんだ! この子が目撃したんだよ!」
必然的にバートンの語気も荒くなる。
サエモンは横目にイスカを見て、バートンに視線を戻し、「子供のいうことをいちいち真に受けろと、言うのですか」と、冷たく言い放つ。
「この子は嘘を付いていない!」
「どうして、嘘を付いていないと分かるんですか? その犯人という人物がトローキンを撃つ、光景をあなたも見たんですか」
見てはいない……ああ言えばこう言う、とは正にこのことだ。屁理屈を屁理屈で返す人間。
口ではサエモンに勝てないことなど、はなから分かり切っていた。
だからこそ、決定的な証拠がいる。
「見てはいません、けど、犯人の検討なら付いているんですよ!」
サエモンの目をまじまじと見つめながら、バートンは真っすぐ芯の通った声を腹からだした。
「検討?」
と、サエモンは片方の眉をピクリ、と動かし訊き返す。
「ええ、私はキプスさんが怪しいと考えています……」
バートンは声のトーンを落とし、サエモンにだけ聞こえる声でいった。
「証拠はあるんですか? あの人は犯人を捕まえた貢献者ですよ。もし、証拠もないのに、面白半分で言っているのなら、名誉棄損で訴えられても知りませんからね」
サエモンはバートンが予期していた、セリフを返してきた。
想像通りだった。やっぱり、こいつには話が通じない。
「証拠はありません……だけど、信じて欲しい」
「話にならないですね。証拠もないのに先入観で犯人だと決めつけているだけでしょう。あなたは刑事失格だ」
刑事失格とまでいわれて、黙っていられるか、と、いつもなら言い返していたことだろう。しかし、今回ばかりはことを荒立てる訳にはいかない。
「証拠はないけど、疑うに相当する出来事なら、今までにもあったんです」
サエモンは踵を返しかけた状態で、踏みとどまり、無言でバートンを見た。話してみろ、と態度で示している。
「この子の証言では、犯人は大きな銃を持っていた、というんです」
「このご時世、銃なら誰だって持てます。銃を持っているだけで犯人だと決めつけるつもりですか」
「確かに銃なら誰でも持っていますが、犯人が持っていたのは大きな銃ですよ。こんな村で大きな銃を持っているのは、マニアか猟師くらいなものでしょう。
それに私はそんな大きな銃を持っているのを、この村ではキプスさんしか知らない。38口径までなら、まだ分かりますが、大きな銃、ショットガンなどは狩りをする者しか、持たないんじゃないですか?」
サエモンは「それだけですか」と、興味なさげにいった。
「まだ、あります。犯人はトローキンさんと親しい人物です。森の中にトローキンさんを連れ込み、殺して獣の毛皮を着せたんですよ。そんな、芸当親密な関係じゃないとできないじゃないですか?」
バートンは少し、声を荒らげていった。
しかし、サエモンは、「だから、トローキンが自分の足で森に入り、毛皮を着た、ということじゃないですか、つまり犯人だ」といい、これ以上話に付き合うのも、億劫だと言いたげな顔をして、背中を向けた。
「まだ、あります! キプスさんの腕の怪我!」
しかし、サエモンは立ち止まることなく、去ってゆく。
遠ざかる、サエモンの背中を見ながら、バートンは思った、この村は僕が守らなきゃ、と。
*
イスカを家まで送り届けると、バートンとキクマはある人物の家に押しかけた。その人物はぶすっとした、顔で出迎える。
悪気があってこんな顔をしているのではないことは、もう分かっている。この、顔がこの人の地なのだから。
「モーガンさん、お邪魔してもいいですか?」
その人物とはモーガン、だ。
「ええ、どうぞ」
モーガンは初対面のときとは比べ物にならないほど、バートンたちに対する、当たりが柔らかくなっていた。
バートンたちが家の中に入ると、床に伏せていたデモンが耳をピクリ、と動かし、顔を上げる。
慌てて、モーガンはデモンの首輪をつかみ引き寄せた。あの、ときの事故が原因でまだ、モーガンは気を使っているのだ。
「大丈夫ですよ。たぶん、もうデモンは襲ってきませんから」
バートンはテーブル席に座ってから、いう。不思議そうな顔をしながら、モーガンは、「どうしてだい」と、怪訝に問い返した。
バートンにはデモンがもう襲ってこないことは分かっていた。
「デモンはたぶん、僕に付いたにおいを感じ取って、襲って来たんだと思います。僕はデモンに会う前、ある人物の仕事を手伝ったから。モーガンさんを守ろうとして、僕に襲い掛かったのですよ。
シェパードは鼻がいいですから。その人物の悪いにおいを、僕から嗅ぎ取ったんです。犬は悪い人間と、良い人間の区別ができますからね」
バートンの言葉の意味が分からないらしく、モーガンは、「ええ……」と、曖昧な相づちを打つだけである。
バートンの話を信じ、モーガンはデモンの首輪を放した。
すると、デモンはゆっくりと、バートンの下に近寄り、お座りをした。モーガンは幽霊でも見るように、デモンとバートンを見比べてから、キクマに説明を求める目を向けた。
「今回お尋ねしたのは、事件のことで聞きたいことがあったからです」
椅子をギーと、引き、モーガンは座ると、「事件の? もう、解決したんじゃないですか」と訊き返す。
キクマはバートンにあごをしゃくって、説明をゆだねた。
「ええ、事件は終わったのですが、まだ気になることが残ってまして。その、気になっていることをモーガンさんにお訊ねしたいんです」
「そうなんですかぁ? だけど、刑事さんたちの気になっていることを私が知っているんですか? 知っていることなら何でも、お話しますが……」
「ええ、モーガンさんしか知らないことです。では早速、キプスさんはどういった方ですか?」
モーガンは方眉を上げた。予想外の質問だったのだろう。
「キプスさんですか? つまり、どういう意味でしょうか」
確かに、これだけの説明では分かるはずもない。
言葉足らずだった。バートンは聞き方を変える。
「キプスさんはいつから、この村にいますか?」
モーガンはどうして、バートンがそんなことを聞くのか訳が分からない、という顔をして、「キプスさんはこの村には住んでませんよ」と答えた。
キプスはこの村には住んでいない。
「じゃあ、デモンを可愛がっていましたか? 例えば、頭をなでるとか?」
モーガンは唇を歪ませて、いったい、なんの質問をされているんだ? という顔をした。
「いえ、そんなこと一度もありませんでした。確か以前、こんなことを言っていました、『私は犬に嫌われるたちなんです』って。だから、それ以来、デモンは極力近づけないようにしています」
やはり、そうだった。
キプスはデモンを避けていた。




