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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第一章 事件編 人と獣は交われない  
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file30 『ある人物との対話』

 私は人通りの多い街のカフェに入った。

 こんなに人通りが多いというのに、それほど人気のないカフェだった。

 マスターにコーヒーを注文し、カウンターに座る。

 カウンターのテーブルに置いていた、新聞を広げて読む。無料で読める新聞だ。マスターが買って、一通り目を通したあとは、客が自由に読めと置いてくれている新聞だった。

 私はある記事が書かれた一面を読んでいるとき、

「ああ、その事件だろ。こえーよな、今回で何人目だ?」

 と、マスターがコーヒーを持って現れた。

「十二人目です」

 私は答える。白いエプロンを着た、貫禄のあるマスターだ。

 まくり上げた、二の腕は丸太のように太く、さぞ名のある格闘家を思わせる。

「分かってるだけで十二人だろ、実際にはもっと被害者がいるって噂じゃねーか。おちおち夜遊びもできねーな」

 この格闘家が、恐れるのなら一般市民はもっと恐れているだろう。

「どうして、犯人はこんな惨い殺人を犯すんだろうな」

 マスターは渋い顔を一層渋くして、私に問う。

 どうして、犯人は殺人を犯すのか? それは、犯人に聞いてみなければ、分からない。

そう、「悪者を懲らしめているんですよ」犯人に聞いてみなければ、だ。

「事件が解決して良かったです。それも、すべてあなたのおかげですよ」


 バートンはある人物に視線を向けて言った。


「――それで、もう、お祭り騒ぎは終わったんですか?」


 バートンはその人物の家におもむき、話を聞く決意をしていた。


「ええ、今さっき終わりました。それより、警部さんは一緒じゃないんですね?」


 当然、相手を油断させやすい、一人でだ。二人より一人の方が相手は油断する、と昔心理学の本で読んだことがあった。


「あの人は事件が解決するとすぐに帰っちゃう人なんですよ」


 嘘である。いつもは逆の場合が多い。

 バートンが先に帰り、キクマが残る、そんな場合が。

 

「これでもう、犯人に怯えて暮らさなくてもよくなって、良かったですよ。イスカちゃんも安心だ」


「これも警察の方々のおかげですよ。もちろん、刑事さんも入っています」


「いえいえ、あなたの活躍があってこそですよ」


 お互い謙遜をし、話は進まない。


「村の人たちから聞きましたが、次期村長になってくれ、と言われているそうじゃないですか?」


「私なんて、村長の器じゃありませんよ。それに、私はそんなことのために協力したんじゃありません」


「いや、あなたはこの村の英雄になったのですよ。村の人たちの間ではこれを記念して記念碑を建てよう、と騒いでいます」


 バートンは笑いながらいった。


「いやいや、記念碑なんて滅相もない。本当に私はそんなことのために、やったんじゃないんですから」


「いやいやいや、あなたは後世に名を遺す人ですよ。だって、二百年前に怪物を討伐した人の記念碑が川辺にありましたよ。あなたも怪物を退治した。英雄的活躍です」


 たしかビルマ、という人物の記念碑だった。ごつごつ顔の横顔、つばの長い帽子をかぶっていた人物。あの人物が二百年前、怪物を退治し平和が訪れた。


「私が後世に名を遺すんですか? 面白いですね。悪名で名を遺すなら分かりますが、英雄として名を遺すのは、自分でも驚きです」


 その人物は嘘か誠か分からない、ジョークを交えながらいった。


「そう謙遜されずに、後世に残るんですよ――キプス・リトスの名が――」


 バートンは足を組んだ状態で、おちゃらけていて見せた。そう、悪名が後世に残るのだ。


 バートンが疑った人物とはキプス・リトスだ。トローキンも猟師をしていたと言っていた。つまり、キプスとは仕事上の交流があったはずだ。


 キプスならトローキンを何らかの理由を付けて、森まで誘い出すことができる。例えば、俺たちで村を救おう、などだ。


 その人物は大きな銃を持っていた、とイスカは言っていた。

 銃を持っていること自体は別に珍しいことではない。


 この国には銃規制(じゅうきせい)がない、護身用に誰だって銃を持つことができる。

 

 しかし大きな銃を持っている者は稀だ。護身用だけなら、38口径まででことたりる。


 それ以上を持つ者は余程のマニアか、仕事上で殺傷力の高い、ショットガンなどが必要になる、熊や鹿などを相手にする猟師か殺し屋くらいなものだ。


「私なんて、大層なことはしてませんよ」


 キプスは感情の読み取れない微笑みを浮かべ、いう。まるでレオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザのような永遠の微笑みのようだ。

 

 怒っているのか、悲しんでいるのか、感情の読み取れない微笑みは不気味だった。


「いやいや、凶悪事件の犯人を捕まえたのですから、歴史に名を残せるほど凄いことですよ。この世にはまだ捕まっていない、凶悪犯が沢山いるのに、キプスさんはその迷宮入りしかけた凶悪犯を捕まえたんでから」


「歴史に名を遺すですか――英雄は沢山の人を殺したから歴史に名を残しているんですよ」


 そうキプスは目に見えない誰かに、語り聞かせるようにいった。


「あ、ごめんなさい、おかしなこといって。たしかに迷宮入りしている凶悪事件は沢山あると聞きますね」


「ええ、この世にはまだ捕まっていない凶悪犯たちがのさばっています。なかでも、いまから二十年以上前に起きた、無差別殺人事件は酷いものだったと、警部から聞かされています。

 なんでも、今回の事件と手口が似ていたのだとか……キプスさんは知っていますか? その、二十年以上前に起きた事件のことを?」


 バートンは前かがみになり、(こうべ)を垂れ、上目遣いにキプスを見上げた。前髪から、バートンのぎらり、と光る眼光が覗く。

 

 相手をうかがうような、声音だ。

 きっと、キクマが聞いたら、お前にもそんな声が出せるんじゃねーか、と褒めてくれることだろう。


「今回の事件と類似の事件が昔にあったのですか」


「ええ、僕の上司キクマ警部から聞いた話なのですが、今から二十年以上前、今回と似たような事件が起きたそうです。その事件を当時三十代だった、警部が調査していたんですよ。共通点のない人たちが殺される、という悲惨なものだったらしいです」


「で、犯人はまだ捕まっていないんですか」


 バートンは小さく首を振り、「はい、まだ捕まっていないそうです」と、低い声で答える。


「警部が言うには、ズタズタに喰い殺されたような死体が挙がったり、その時代は殺人鬼が多かったようで、その他にも首をナイフで切り裂く、殺人鬼がいたとも聞きますがね。



「たしかに今回の事件と共通点はあるかもしれませんね。つまり、その事件の犯人と今回の犯人は同一犯の可能性が高い、ということですか?」


「ええ、察しが良いですね。今回の事件は同一犯の可能性が、高いと思っています――」


「まぁ、たしかに、その可能性はあると私も思いますね」


 キプスは話を広げようとも、縮めようともしない、本当に感情の読み取れない会話を続ける。


「はい、僕はその二十年前の事件の犯人は、今回の事件の犯人だと考えています。――人間は酷い生き物ですから」


「本当ですね。人間は酷い生き物ですよ。人間は獣を見下しますが、人間の方が残酷なことをできる獣だ」


「――キプスさんは人間を獣の王と、お思いになりますか?」


「獣の王? どういう意味ですか」


「名前の通りです、獣の王様ですよ。この世には動物が沢山いるでしょ。百獣の王ライオンとか、いろいろな動物が。沢山いる動物の中で、一番の獣は何だと思います?」


 キプスは数秒沈黙して、窓の外を見つめる。

 時刻は夕時になっていた。寒さが骨身に染みる、風が窓に吹き付け、ガタガタと揺れた。


「人間ですか?」


「そうです、私は人間だと思っています。獣の王様は人間だと」


「だけど、人間には獣のような毛皮はないでしょう。獣とは全身が毛で覆われた、四つ足で歩く生き物のことでは?」


「いえ、獣とは人間として、情味がない人間も指すんですよ。人間としての、情味がない、心がない。そんな人間を罵って使う言葉が『獣』です」


 キプスは感心した声を上げ、バートンに言い返す。


「たしかに、そう言われれば、今回の事件は獣の王による事件ですね」


「ええ、もし、その二十年以上前の事件の犯人が今回の事件の犯人だとしたら、キプスさんはどう思われますか?」


 キプスはバートンの顔をチラリと、うかがい、「つまり、トローキンさんは二十年以上前にも、同じ犯行を犯していた、と言うのですか?」と、さも驚いて見せた。


 今までの軽かった空気が急に、重いものに感じられる。

 緩んでいた弦が、急激に張りつめたように場の空気を一転させ、キプスとバートンの間には今までとは違う、触れれば切れるほどの空気の層ができていたのだ。

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