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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第一章 事件編 人と獣は交われない  
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file29 『狼少女の証言』

 雲が晴れ、あと少しで完璧な円形になろうかという月が、顔を出した。

 完璧になれる日を待ち望む、十三夜月。

 まだ、完璧ではない。あと少しで、完璧になれる月。

 満月よりも光が劣る、十三夜の月の光が、となりで眠る女の横顔を照らした。女の髪に指を通し、長い髪の一束を持ち上げる。シルクのような指触りとでも表現しよう。

 名残惜しむように毛先まで毛先を堪能し、女を起こさないように細心の注意を払って、私はベッドを出た。

 私がとびらに手をかけたとき、「こんな時間にどこ行くの? 仕事……?」と、女の声が背中にかかる。

 私は振り返り、微笑んだ。

「仕事だ」

 女は可愛らしく眉間にしわを寄せ、小さくうなづいた。

「そう、お仕事がんばってね」

 と、悲しそうにいった。女を置いていくのは心苦しいが、連れて行くわけにはいかない。私の仕事を女には見せられない。見せない方がいいのだ。

「ああ、行ってくるよ」

 そして、私はとびらに消えた。

 最後にとびらのすき間から、心配そうに歪む女の視線が目についた。

 イスカが叫ぶと、狼たちは心配そうにイスカを一瞥し、まるでイスカの気持ちを代弁するようにバートンたちに再び牙を剥いた。


 今にも飛び掛かってきそうな、体勢で構える狼たち。その度にイスカは、「大丈夫よ」と、狼たちをなだめた。


 狼たちのその態度だけで、どれだけ狼たちがイスカのことを慕っているかがうかがえる。


「じゃあ何で、もうこの子たちを狩らないって約束したのに、またあんなことしたの……?」


 それを言われるとバートンは答えることができない。

 バートンの意志ではなかったとは言え、再び狩りをしたのは事実だ。子供に大人の事情など分かるはずがない。いくら、言い訳をしたところで、イスカとの約束を破った事実は揺るがない。


「僕には止められなかったんだ……。僕の力では止められなかったんだよ……」


 消極的なバートンの言葉にイスカは、どう言葉を返せばいいのか分からない様子で困惑を表す。


 バートンの悲しそうな顔を見て、イスカは分からないであろうことを必死で分かろうとする、けなげな顔をした。


「本当なの……?」


 バートンはこくりとうなずいた。そして、イスカに手を差し伸べて、「帰ろう、お母さんが待ってるよ」と、ゆっくり近寄り言った。


 狼たちが耳をピクピクさせ、クーン、クーン鳴き、イスカを見る。

 バートンには分からないがイスカには狼たちが言っていることが分かっているのだ。しかし、イスカは予想外の返答を返した。


「私は帰らない……」


「ど、どうして……?」


「言ったって信じてくれないわ……」


 バートンはキクマに視線を向ける。キクマは口をへの字に曲げて、わけが分からない、という顔をした。歩み寄るバートンの足が止まった。


 木の葉が風にざわざわと揺れる音が、バートンの心境を現した。イスカは言いよどみ考える。言いたいことがあるのに、打ち明けるのを迷っているようだ。


「信じるよ。大抵のことなら僕は信じる」


 子供に言い聞かせるような、優しい声音でバートンはいった。

 大抵のことならバートンは信じられる自信があった。

 幼いころ、荒唐無稽で、常識では考えられないことに何度も遭遇してきたのだから。


「嘘よ……絶対に信じてくれないわ……」


「話してくれ、話してくれなきゃ分からないよ」


 それから数秒、イスカは沈黙し、意を決すると、「信じてくれる……?」と、さっきまでの大人気な口調とは打って変わり、子供の声に戻っていた。


 バートンは「信じる」と、いう。


「実は……私……」二、三度狼を見て、ポツリ、という。「見っちゃったの……」


「見た? 何をだい?」


 イスカは顔を歪ませ、「犯人を……」と、いった。


 犯人を? トローキンを見た、ということだろうか。

 バートンは話の続きを待つ。


「……犯人は……トローキンさんじゃないの……」


 そこでバートンは引っ掛かりを覚えた。どうしてイスカが、トローキンが犯人じゃない、と知っているのだろうか。トローキンを連れ帰ったとき、イスカはもういなかったじゃないか。


 それに、現場を見ていたとしても明らかに犯人はトローキンだと思うはずだ。考えてみれば、おかしな話だった。

 

「どうして君はそう思うんだ……?」


 いつの間にかキクマはバートンのすぐとなりまで来ていて、イスカに訪ねていた。


「見てたの……すべて見てた……」


 イスカは言葉を慎重に選びながら、説明を続ける。


「森を再び調査するって、昨日聞いちゃったの……そしたらまた、狼が殺される、と思って……この子たちを隠さなきゃって。私は今朝早く森に入った……。この子たちを逃がしているときに……誰かがトローキンさんと森の中に入ってきたのを見たの……」


 唇をもぞつかせながら、「その人がトローキンさんを……大きな銃で……撃つところを見ちゃったの……」とイスカは震えながらいった。


 小動物を彷彿とさせる、護ってやらなきゃ、と思ってしまう震え方だった。


 バートンはキクマの目を見て、心で問う。トローキンを殺した人物は他にいる。キクマも同じことを思っているようで、バートンにうなずき返した。


「その人がトローキンさんにあの毛皮を着せた」


 その、誰かがトローキンを殺し、罪を押し付けたということ、か。それが本当なら、その誰かがこの事件の真犯人だということになる。

 

 犯人はトローキンをこんな森の奥まで連れて来られる、親しい人物に絞られる。


「その人物の顔を見たかい?」


 イスカは首を振る。


「離れてたし、私……動揺してて見えなかった……」


 トローキンと親しく、大きな銃を持っている。

 毛皮を()ぐのに慣れた人物。今まで少しずつ積み上げてきたヒントが繋がりはじめた。モヤモヤして黒雲のような気持ちのすき間から、一筋の光が射した。


 人を噛んだことがない、というデモンがバートンに牙を剥いたわけ。剥がれた毛皮。あの人物が言っていた、言動。


 誰もが信頼する、人物。考えられる犯人に一番近い人物はあの人しかいなかった。


 しかし、動機が分からない。この事件は連続殺人事件だ。その人物が殺した人間、一人一人に恨みがあったというのは考えられないからだ。


(栄誉)バートンの頭にその言葉が浮かんだ。村の中にあった、あの記念碑が気になって仕方がなかった。


 人間の自己顕示欲。自己顕示欲がときとして、怪物を生む。人間はどんな動物よりも、猛獣よりも残酷な化け物になれる。栄誉という、理由だけで殺人を犯せるのが人間だ。


「分かったよ、分かったかもしれない! 教えてくれてありがとう。その話を信じるよ。だとしたら、早くその人物を捕まえないと新たな被害者がでるかもしれない。――疑わしい人物が一人いるんだ。その人しかすべての物事をここまでシナリオ通りに導けない」


 もし、あの人物が犯人だとしたら、どうやって証拠をつかむ。

 証拠もないのに、勝手に犯人と決めつければ、言い任されるのは目に見えていた。


 どうやって、ボロを出させる。バートンは考えた。

 優れているわけではない自分の頭で、バートンは必死に考えた。そして、導き出した。その人物と対話して、矛盾点や証拠。つまり、ボロを出させるしかない、と。

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