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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
終章 完結編 人に焦がれた獣のソナタ……
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file84 一族の知識

 その空間は一触即発状態であっただろう。

 だが、とても落ち着いた空間でもあった。

 

「私を捕まえてください」


 ジンバは落ち着いていた。

 すべての話を打ち明けた時点で、捕まることは覚悟していたのだろう。それでもジンバは自分が行ったことは、間違っていないと言い切った。自分たちは大衆の正義を代弁した、正義の倫理で正義を語っているが、ジンバは己の信じる正義を貫いている。


 確かに綺麗ごとで納得のできない理不尽が、この世界には堆積している。

 そんな理不尽に苦しんでいる人々を、本当に救うことができるのは、ジンバのような思想をもった人物なのだろう。きっと、世界が違えばジンバのような考えが受け入れられることもあったのだろうと思う。


 ジンバが捕まれば、夫人はどう思うだろうか……?

 話を聞く限り、ジンバは夫人にすべてを隠して来たと思う。あの夫人のことだ、もし知っていれば、自分たちにあのような対応は絶対にできないだろう。


 自分の旦那がそのような事件を引き起こしてきたことを知れば、夫人はきっと強いショックを受ける……。あの煌びやかな夫人の笑顔はもう二度と見られないかもしれない……。それはとても悲しいことだとバートンは思う。


「ああ、捕まえてやる。だが、今日はそのために来たんじゃねえ」


 ジンバは怪訝に顔をしかめて、話の続きを待つ。


「あんたはUB計画を知っているな。いや、知っているんだ。あんたはその実験の関係者の息子なんだからな」


「そのことも知っているのですね。そうです。私の家系は代々、実験を引き継いできた一族です。ですが、私の代でそれも終わりですが。この村にあるあの記念碑。あれは、自作自演のものです」


「その実験で生み出してしまった化け物を、あんたの先祖が退治したって話だな」


 ジンバは冷たい微笑みを浮かべ、「その通り」と答えた。


「すべては今から三百年近くも昔、一人の男が森である怪物と出会ったことで、すべてがはじまったのです。その男は世間から変人だと言われてきた。

 男はそんな世間を嫌い、森で世捨て人のような暮らしを送っていた。そんなある日。森で男は狼に似た怪物と出会った。その怪物は銃で撃っても死なない、不死だった。男は死を覚悟していたそのとき、持っていた銀のナイフを構えたことで、運よく化け物を倒すことができたのです」


「化け物は銀製品でなければ殺せない」


 ジンバの言葉をキクマは代弁した。


「その通りです。男はその不可思議な怪物の研究をはじめた。そして、男はその化け物の肉を食すことで、古くから語り継がれている狂戦士(バーサーカー)のようなトランス状態を引き起こすことを突き止めた。

 その話を聞いたとき、私はカニバリズムというものを理解できた気がしました。人間は何かを食べることで、食べた物の力を得ている。食べた物の神聖な力を体内に取り込もうとしている」


 ジンバは書かれた文字を読み上げるような、起伏のない口調で語り継ぐ。


「そして男は、人間に獣の細胞を移植すればどのようなことが起こるのか、知りたくなった。男は浮浪者などの身寄りのない実験体を集め、細胞移植をはじめた。

 ですが、当時は今のような医療技術が確立されていたわけではありません。人間の体を開き、化け物の肉を縫い付ける、という程度でした」


 考えただけで嫌悪感を感じるのは、人道的、倫理的に狂っている行為だからか……?


「化け物の肉は被験者の体と同化するに連れて、その体を乗っ取りはじめた。それがこの村で語り継がれている、獣事件の発端です。獣の肉を移植された人間は化け物へと姿を変え、人間を襲いはじめた。

 獣の討伐は困難を極めました。王族も動きましたが、その化け物を討伐することはできなかった。そして、救世主のように現れたのが化け物を生みだした張本人である私の祖先です」


「完全な自作自演だな」


 キクマは馬鹿にするように口を挟む。

 

「自作自演なのですからね当然です。男は獣を殺す方法を知っている唯一の人間でした。今まで変人と陰口をたたかれていた男は英雄となった」


「そして、男の研究は現代まで続けられたって言うんだろ。そこまでは俺も知ってんだ。その実験を大国は利用しようとしたが、想像通りにはいかなかった。

 てなわけで、当時強大な力を持っていたジェノベーゼファミリーと、繋がっていた大国に実験を引き継がせた」


「その通りです」


「俺たちが訊きたいのは、その細胞を移植することで意識不明の人間を目覚めさせることは可能なのか? ということだ」


 その質問でジンバは、内容の深層までくみ取ったらしい。


「可能かと思います。脳死患者なら獣の細胞を移植することで脳が再生するでしょう。目覚めさせたい人でもおられるのですか?」


「モーガンさんを目覚めさせたい」


「モーガンさんはそれほど重体なのですか……? あなたがそこまでする理由は何ですか……?」


「あいつと交渉をしているんだ。俺があいつの願いを叶えたら、妹の墓を教える、と」


「そのために彼の願いを叶えると?」


「ああ、そうだ。奴はどっちにしろ死刑だ。それまでに、俺は妹の墓のありかを知りたい。あんたにしたらくだらないと思うだろうが、俺にしたら重大なことなんだ」


「彼の願いとは?」


「自分の名前を知ること。奴は死ぬまでに自分の名前を知りたいと言っている」


「彼はそのようなことを思っていたのですか……。それを知るのはモーガンさんだけだと」


「ああ、そうだ。それで、どうなんだ。可能なんだな」


 ジンバはうなずいた。


「あんたは移植手術、できるのか?」


「知識を持っているだけで、できません。しかし、以前訪ねてきたサエモンという方の繋がりを利用すれば、可能でしょう。彼は以前村に伝わる伝説のことを訪ね、ここに訪れました。

 そして、ビルマが語り継ぐ実験のことも知っていた。実験のことを調べていくうちに、すべてがはじまったこの地にたどり着いたのです」


「それがどうしたんだ?」


「彼らは実験の詳細をすべて知ったうえで、封印したがっている。それだけ、彼らは獣の力の危険性を知っている。すべてを知り尽くしている彼らなら、できるかもしれない」

 

 それができないから、キクマとバートンはジンバにすべてを託したのだ……。


「それができねえから、俺らはあんたを頼って今日ここに来たんだ」


 苦汁を舐めるかのような苦々しい口調。

 そんなキクマを見て、ジンバは言った。


「いえ、彼らは協力せずにはいられない」


 何を言い出すんだ? とバートンは俯いていた視線を上げた。


「彼は実験のことを世間に広められることを恐れている。内々に収めたいんです。だから、彼はここを突き止めて釘を刺しに来た。つまり、私たちは、彼が私たちの頼みを断ることができない、強力なカードを持っているんですよ」


 つまりは……チャップたちが言っていたことと、同じ考え……?

 やはり、それしか他に手はない……。

 サエモンたちを……。


「脅すのです」


 ジンバは淡々と言った――。

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