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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
終章 完結編 人に焦がれた獣のソナタ……
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file82 兄弟子的な男

 ウイックの家を訪れた翌日だった。

 二人はウイックから聞いた話を確かめるべく、ランゴー村に向かった。証拠がないので立証することはできないが、ウイックの話が本当ならジンバはどのような罪に問われるのだろうか?


 ジンバが二十年前のジョン・ドゥ事件の斡旋(あっせん)をしていたのなら、共謀罪で訴えられる? だが、それも証拠があっての話なのだ。そんなことを考えながら、バートンはジンバの家を再び訪れていた。


 はじめて来たときは聞き込みで、二度目に訪れたときは妻のヴァネッサ夫人に用件があり、そして三度目でこのようなことになるとは……つくづくこの村に縁があるようだ。


 ノッカーを鳴らしてしばらく待っていると、夫人がいつもの明るい声で出迎えた。


「あら、刑事さん。どうでしたか、モーガンさんの容態は……?」


 バートンは顔を曇らせて首を振ると、「それほどお悪いんですか……?」と夫人には似つかわしくない深刻な声音で訊き返した。


「意識不明のまま目覚めないんです……」


 夫人は強くショックを受けたようで、息を詰めるように口を両手の平で覆ってうつむいた。しばらく、視線を地面に落としたままいると、「そうですか……わざわざ伝えに来てくださり、ありがとうございます」と言って顔を上げた。


「いえ、そのためだけに来たのではないんです……」


 夫人は首をかしげて、「そうなのですか?」と素っ頓狂な声で応じた。


「実は……ジンバさんに会いに来たんです……」


「主人にですか? だけど今日、村の方を病院に連れて行ってあげてて、留守なんですよ」


 この村はジンバ以上に高齢のご老人が多い。

 移動手段も村を出て少し歩いたところに来るバスを利用するか、車を持っている人に頼んで乗せてもらうか、その二択しかない。


 車を持っているのは村でも数人しかいなかった。

 バートンが知っている中では、ジンバとケットー、そして殺されたラッセルだ。


 生活に必要なものは、月に数回のまとめ買いをして、それでも必要な物があるなら、村の人々は助け合っている。

 

 肉が必要なら、畜産業を営んでいる者から分けてもらい、収穫した野菜は分け合う。そうして、この村は循環しているのだ。


 温厚でやさしい村。だからこそ、キプスが起こした殺人事件は衝撃的だった。


「そうですか……では、出直します」


 バートンが踵を返そうとしたとき、夫人は慌てて呼び止めた。


「あ、待ってください。もうじき帰ってくると思うので、中に上がって待っていてください。遠路はるばる来てくれているのに、返してしまっては私の名折れですから。どうぞ、中に入ってください。お茶でもお淹れしますから」


 バートンはキクマと目を合わせて、お言葉に甘えさせてもらうことにした。


 リビングに通され、前回のようにソファーに座って待っていると夫人お手製のアップルパイがやって来た。どうやら、定期的に作り置きされているいるらしい。


「この前のお世辞で、私調子に乗っちゃったのよ」


 鼻歌でも口ずさむように夫人の声は弾んでいた。


「いえ、お世辞なんかじゃありませんよ。本当に夫人が作るスイーツは美味しいですよ。子供もすっごく喜んでいました」


「本当に? それは良かった。作り置きがあるから、お土産に持って帰ってちょうだい」


「せがんだみたいで申し訳ありません……」


「良いのよ。誰かに美味しいって言ってもらえるだけで、私すごくうれしいんだもの。主人なんて、殆ど感想をくれなくて。作り甲斐がないから」


「確かにジンバさんは無口ですからね。感情を表に出さないタイプですし。口には出さなくても、美味しいと思っていると思いますよ」


「だといいのだけど」


 二人は笑い合った。バートンは楽しそうに笑う夫人を見ながら思った。夫人はジンバの正体を知っているのだろうか? と。


 夫人の様子を見る限り、ジンバの裏の顔を知っているようには見えなかった……。どうして、ジンバが刑事を辞めたのか? 夫人は知っているのだろうか?


 刑事になるくらいだから、正義感は人一倍強いはずなのに……どうして殺人の斡旋などするのだろう……。いや、まだ、ジンバがジョン・ドゥと組んで、殺人を犯していたということは定かではないのだ。


 ウイックが言うだけで、証拠も何もない……。


「どうされました? ご気分がお悪いのですか?」


 夫人はフォークを持ったまま固まっているバートンの顔を覗き込みながら、上品な顔の眉間に皺を寄せた。


「あ、いえ、何でもありません……ちょっと、考えごとをしていて」


 言って誤魔化すように、フォークで切り分けたアップルパイを口に放り込んだ。


「美味しいです」


「ありがとう」


 バートンが最後の一かけらを平らげたと同時だった。玄関のとびらが開いた音と、「帰ったぞ」というジンバの声がリビングに飛んできた。


「あ、主人帰って来たみたい。思っていたより、早かったわね。待ってもらっててよかった」


 両手の平を合わせて、夫人は微笑んだ。

 廊下を進む足音が刻一刻とリビングに近づいてくる。

 ガチャリ、ととびらが開き「あなた、おかえりなさい」と夫人は元気な声で出迎えた。


「来客が来ているのかね」


 バートンとキクマはソファーから立ち上がり、ジンバと向き合った。


「お邪魔しています」


「やはり、刑事さんたちでしたか。靴がお二方の物とよく似ていたので、予想はしておりました」


 さすが元刑事、というところか、よく観察しているものだ、とバートンは感心した。


「ヴァネッサ、コーヒーを淹れてくれ」


 ジャケットを脱ぎながら、夫人に言ってジンバはキクマの前、バートンの斜め横に座った。


「どうやら私を待っていたようですね」


「はい、察しが早くて助かります」


 答えたのはキクマだった。


「どのようなご用件で?」


 ジンバは足を組み、膝の上に両手を重ねて添えた。

 このジンバという人物と向かい合っていると、何もかも見透かされているような錯覚に囚われる。


「ジンバさん、あなた、ウイック・ドロントという男を知っていますか?」


 ジンバは表情を変えずに、時間にして四秒ほどキクマの目を見て、「ええ、知っていますよ」と答えた。


「ウイック警部は私の元上司ですからね」


「つまり俺の先輩ってことだな」


 ジンバの表情が、引き締められる。


「やはり、そうでしたか。刑事さんたちは特別捜査係の人ですね。まだ、存続していたのですね」


「ああ、二人だけしかいないけどな。何とか潰されずに、今までもっている」


 気が付けばキクマの口調は砕けていた。


「それで、ウイックさんがどうかされたのですか?」


 キクマはキッチンに続く入り口を一瞥して、切り出した。


「ウイックから、ある面白い話を聞いたんだ」


「ほう」


「ジンバさん、あんたあるヤバい実験をしていた奴の息子だったんだって」


 そのとき、キッチンからコーヒーをもって夫人が返ってきた――。

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