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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
終章 完結編 人に焦がれた獣のソナタ……
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file81 黒い幕の中

 ウイックは猛禽類を彷彿とさせる鋭い瞳で、キクマを睨んでから、「昔、話したじゃねえか」と跳ね除けるように言った。


「いや、俺が聞きたいのはどうしておまえが適合できたんだ? ってことだ。こいつが言うには、そうそう適合できるもんじゃねえそうだ」


 キクマはバートンを横目に見て、すぐウイックに視線を戻した。

 皺の深い顔を更にしかめて、「どういうことだ?」と説明を求めるウイック。


「ジョン・ドゥを捕まえた」


 脈絡のないその話を聞いて、ウイックは険しくしかめられていた目を驚きに見開いた。そうか、キクマの上司だったのだから、一緒に事件を追っていたということだ。


 つまり、ウイックにしてもジョン・ドゥは因縁の相手。


「どうして今ごろ捕まえられた? 何があったんだ」


「ジョン・ドゥはランゴー村というところで隠居生活を送っていた。そのまま隠居していれば、捕まることもなかっただろうがな。馬鹿な犯罪を犯したせいで、捕まったのさ」


 ウイックは考えるところがあるのか、しばらく俯いてからキクマの対照側に座った。


「何が聞きたいんだ?」


 今の話でウイックは話をする気になったらしい。


「刑務所に入ったジョン・ドゥは自分の母親を捜していると言った」


「俺がそいつの親の居場所なんか知るわけねえだろうが」


「話は最後まで聞け。母親は見つけたんだ」


「じゃあ、何のために来たんだ?」


「だから、話は最後まで聞けって言ってんだろうが。ジョンの親を見つけたときには、寝たきりになっていたんだ。現代医学では、目覚めさせられる可能性は限りなく低い。そこでだ、おまえに訊きたい」


 キクマはテーブルの上に両肘をついて、手を組んだ。


「言っとくが俺は医者じゃねえぜ」


「んなこと知ってる。俺が聞きたいのは、おまえが昔話してくれた実験の話だ。その実験をされた人間は化け物になるんだよな? そして、信じられねえ再生能力を手に入れる」


「つまり、獣の細胞をその母親に移植したら復活するんじゃねえか、っていいってえのか?」


「そうだ。その細胞をその母親に移植したいと思っている」


「おめえがそんな親切心を働くなんて、どういう気の変わりようだ? おまえはそんな奴じゃねえだろうが。それも、あの殺人鬼に」


 ウイックはキクマの心を見透かすように覗き込んだ。


「キクナの墓だ」


 顔をしかめて「何だって?」とキクマに耳を近づけるウイック。


「キクナはジョン・ドゥがどこかに埋めたんだ。あいつはキクナの墓の場所を知っている。俺はその墓の場所を知りたい」


 しばらく静寂が帳を下す。


「どうした?」


「いや。何でもねえ。で、その話と母親を目覚めさせるのに、どんな因果関係があるって言うんだ?」


「ジョン・ドゥは自分の名前を知りたいと言っているんだ。だが、あいつの名前を知っている奴なんて、もうこの世にはいねえ。いるとすれば、母親くらいだろう」


「それで、いけ好かねえ殺人鬼の犬になってんのか」


「何とでも言え」


 素っ気なく言って、「で、どうなんだ。獣の細胞を移植することで、意識不明の人物でも目覚めるのか?」キクマはウイックの目を射すくめるように見た。


「確率は低いだろう。だが、適合さへすれば目覚める。俺が保証してやるよ。どんな重傷を負っている状態でも、生きてさへいれば治る。獣は銀製品で付けた傷でなければ、殺すことはできねえ。

 だが、諦めな、俺に細胞を提供しろって言うんだろ。俺にはもう、細胞はねえよ。前にも話しただろ。外から受ける外傷には飛んでもねえ、力を発揮するが、人間の体の中の抵抗する力、つまり抗体には、勝てねえらしい。俺の中の獣の細胞はすべて駆逐されちまっている」


「ああ、知っている」


 キクマは言ってとなりに座るバートンの背中を叩いた。


「こいつが、その獣の細胞を持っている」


 ウイックはバートンの顔をまじまじと見た。

 

「本当かよ? 何でこのひょろひょろがそんなもん、持ってんだ」


「こいつにも色々あんだよ。――それで、可能なんだな?」


「俺が知るかよ。俺は実験をした人間じゃねえ、された人間だ。だが、俺を実験台にした、人物なら移植の方法を知っているかもな。もしかすると、もっとデメリットの少ねえ方法も知っているかもしれねえ」


「おまえに手術を施した奴か?」


「いや、そいつはもう死んでるだろうよ。そのときでもいい年だったからな。だが、そいつには息子(がき)がいた。もしかすると、自分の実験の詳細を息子に託しているかもしれねえ。いや、託しているだろう。研究者って生きもんは、みんなそういう奴らだろ」


「そいつの居場所を知ってんのか?」


「いや、知らない。だが、名前なら教えてやるよ。おまえなら、名前だけで捜し当てるだろうからな」


「俺はそこまで万能じゃねえ」


「そいつは昔ジョン・ドゥとも繋がり、そして俺の部下でもあった」


「部下ってどういう意味だよ?」


 キクマ能面のように微動だにしない表情のまま訊ねた。


「そいつは、刑事だったんだよ。おまえが特別捜査係に入る数年前まで、俺とバディーを組んでいた。だが、どういうわけかそいつは刑事をある日突然辞めちまった」


 つまりはキクマの先輩、ということになるのか? とバートンは何だか不思議な気分になった。


「あいつが刑事を辞めてから、俺は一度だけあいつにあった。それっきり居場所は知らねえがな。刑務所に入っているっていう、殺人鬼なら居場所を知っているかもしれねえ」


 キプスなら居場所を知っている、とはどういう意味だ?


「どうして、キプス、いえジョン・ドゥならその人の居場所を知っていると思うんですか?」


 バートンは今回はじめて口を挟むことができた。


「何でかって? なぜなら、ジョン・ドゥを陰で操っていたのは、あいつだからだ」


 陰で操っていた……?

 ジョン・ドゥが……?


「自分の主を裏切る行為になるだろうが、そのジョン・ドゥ自身の願いが掛かっているなら、協力してくれるかもな」


「そいつの名前は?」


 ウイックはほうれい線を深くして、ニヤリと笑った。


「ジンバ。ジンバ・ビルマだ。生きていりゃあ、六十代を優に過ぎた爺だ」


「ちょっと……待ってください……」


 バートンは無意識に声が出ていた。

 ジンバ……? どこかで聞いたことがある名前……。つい最近も聞いたことがある名前……。ランゴー村の村長の名前が……ジンバではなかっただろうか……?


 自分の聞き間違いだと思った、「今ジンバ・ビルマとおっしゃいました?」と震える声でバートンは訊き返す。


「そう言った。どうかしたのか?」


 確かにウイックはジョン・ドゥとその人物が繋がっていると言った。つまり……同じ村に住んでいた……? 脈絡がわからない……。


「僕たち……その人物を知っているんです……。ランゴー村という小さな村の村長をしておられる方です……。その村でジョン・ドゥと呼ばれたキプスさんを捕らえたのですから……」


「そうか、ジョンはあいつが匿っていたのか。確かに、目の届くところに置いていた方が、安全だもんな」


 ウイックは納得したような小さな声でつぶやいた。


「なら、捜す手間が省けて話は早いじゃねえか。そいつに、協力を頼むんだな。警察の力を行使すれば、ジンバも断るわけにはいかねえだろう」


「ジンバは実験の詳細を知っているんだな?」


「たぶんな」


「わかった」


 キクマはお礼を言うことなく、椅子から立ち上がり、「行くぞ」ととびらに向かった。


「え……もう行くんですか……」


 バートンはキクマの背中とウイックを交互に見比べる。


「おい。ひょろひょろ」


「はいッ」


 ひょろひょろという名前ではないが、バートンは反射的に返事をしてしまった。


「あいつの部下なんて大変だな。俺もあいつの上司だったころは大変だった。とうとうあいつも部下を持つようになったんだな。まあ、面倒見はいい奴だ、おまえが支えてやれよ」


 この瞬間だけは、あの猛禽類のように鋭かったウイックの瞳がほころんだように見えた。


「はい。任せてください」


 そのとき、とびらをくぐったキクマは振り返り、「何やってる。行くぞ」ともたもたするバートンを急かした。


 バートンは慌ててキクマの背中を追い、とびらを出、敷居の前で立ち止まって、「ありがとうございました!」と深く頭を下げた――。

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