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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
終章 完結編 人に焦がれた獣のソナタ……
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file73 真実は無常と共に――

 イスカに会うのは何か月ぶりだろう? 

 あの日以来会っていないから、二か月ぶりになろうか。


 しばらく見ない間に少し大きくなった気がするのは気のせいだろうか。

 子どもは成長が早いから、気のせいなどではないだろう。


 ケイリーやサムも一緒にいるから成長している実感がないが、カレンの家にたまに遊びに行くと、「大きくなったわね」と会うたびに言っているので、その感覚なのだと思う。


「どうしたの今日は?」


 イスカはバートンを見上げて訊ねた。


「ちょっと、ある人に会うために来たんだ」


「ある人?」


 イスカは可愛らしく小首を傾げていった。


「ああ、だけど入院してしまって会えなかったよ」


「ああ。モーガンさんのこと」


 イスカは眉間に浅い皺を寄せ、「半月前に突然倒れたんだって……」と心配そうに答えた。


「そうみたいだね。明日見舞いに行こうと考えているよ。――だけど、どうして倒れたりしたんだろう?」


「わからないの……。デモンが異常に吠えるから怪訝に思ったケットーさんがモーガンさんの家を訪ねたの。そしたら、倒れていたんだって……」


「そんなに重症なのかい?」


「会っていないから、ハッキリとしたことはわからない……。だけど……ケットーさんが言うには……意識不明だったって……。それくらいしか、知らないの。ごめんなさい……役に立てなくて……」


「いいんだよ」


 意識不明か……。

 これは少々厄介なことになりそうだ……。

 そう思ったが、バートンは顔色一つ変えずに話題を変えた。


「ところでお母さんは元気にしているかい?」


「うん、大分落ち着いたよ」


 サイとの関係はどうなっているのか? と気にはなったが、そんな無粋なことを訊くわけにもいかなかった。


「そうか、それはよかった」


 バートンはイスカの頭をなでながら、「もう一つだけ訊いてもいいかな?」と訊ねた。


「何?」


「デモンはどうしているんだい?」


 デモンとはモーガンが、我が子のように可愛がっていたシェパード犬のことだ。

 

 モーガンはデモンをとても可愛がっていた。デモンをいなくなった我が子の姿に投影していたのかもしれない、と思う。


「ケットーさんがその間、預かっているよ。だけど、モーガンさんがいなくなって寂しそう……」


「そうだろうね……」


 シェパードは忠誠心の強い犬種だ。

 主が急にいなくなったら、心配もするだろう。


「久しぶりに出会えてよかったよ」


「私もおじさんに会えてよかった。また来てくれる?」


 そう訊ねるキスカの顔に偽りはなかった。


「ああ、必ず来るよ。今度来るときは僕の子供も一緒に連れて来る。イスカちゃんとそれほど歳も違わないだろうから、気が合うんじゃないかな」


 この村にはキスカ以外の子供がいなかった。

 周りにいるのは大人ばかり。必然的に一人で遊ぶころが多く、森の中の狼たちと仲良くなった、という経緯の持ち主。


「本当にッ!」


「ああ、人見知りするような子じゃないから、きっとすぐに仲良くなるよ」


 バートンはケイリーの顔を思い浮かべて言った。


「約束だからね」


「約束するよ」


 この約束だけは破るわけにはいかない。

 以前イスカの唯一の友達である、森の狼に手を出さないと約束したのに結果的に破ることになり、バートンは罪悪感を感じていた。


 罪滅ぼしというわけではないが、これで少しはイスカの心の傷も癒えてくれればいいな、という魂胆だった。明らかに自分勝手な考えでしかないが……。


 後日、ロデズというアリシアが入院している病院に見舞いに行くとして、今日はひとまず署に戻ることにした。


 帰路を運転しながらバートンは考えていた。

 本当に知らせることが正しい選択なのだろうか? と。

 アリシアはずっと我が子を捜して来た。親となった自分だからこそ、子供に会えない気持ちは痛いほどよくわかる。


 死んだのか、生きているのか、わからない子供を捜し続ける気持ちがどれほど辛いことなのかも、理解できているつもりだ。


 だが、何十年ぶりかに再会した子供が犯罪者になっていたら、親はどう想うだろうか……? 知りたくなかった、と想うのではないだろうか……。


 いい想い出を胸に秘めておく方が、アリシアのためになるのではないだろうか……。いや、アリシアのことを考えるのではなく、自分に置き換えて考えるのだ。


 もし、ケイリーやサムが何らかの事件によって、自分の目の前からいなくなってしまったら――自分はどう想うだろう。


 何十年捜しても、見つからなかったら。生きているのか死んでいるのかすらわからなかったら、自分はどんな気持ちになるだろう。やはり逢いたいと想う――。


 生きているのか死んでいるのかを知りたいと想う。

 そうでなければ、心の整理がつかない。


 皆が皆そうではないだろうが、自分ならどんな犯罪者になった子供でも逢いたいと想うだろう。キプスとモーガンは村で共に暮らし、親子だとは気が付ないままずっとすれ違っていた。


 二人は村でどのような付き合いをしていたのだろうか。

 デモンはキプスを嫌っていたと言った。それはキプスの人間性を嫌っていたのではなく、アリシアの実の子供だったから嫌っていたのかもしれない、そんなことを考える。


 もし、アリシアがキプスが実の子だと気づいてしまったら、アリシアを取られると思って、デモンはキプスに対抗意識を燃やしていたのかもしれない。人間にはわからないが、犬には二人の繋がりがわかっていたのかも――なんてことを考える。


「警部」


「何だ?」


「アリシアさん――いえ、モーガンさんにキプスさんのことを知らせるべきなのでしょうか?」


 キクマは車のサッシに頬杖をついて、窓の外をしらばらく眺めて答えた。


「本人に確かめればいい。子供の居場所を知りたいのか、このまま知らないままでいいのか、な」


 確かに一方的に告げるのではなく、本人が訊きたいというなら教えればいいのだ。イノシシのように一方の見方しかできていなかった。


「そうですね」


 二人はそれ以上話す話題もなく、再び想い想いの夢想にふけっていった――。

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