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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
終章 完結編 人に焦がれた獣のソナタ……
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file71 夫婦でも言えないことがある

 サエモンに引かれるようにして、一度夫人宅から遠のき、キクマとバートンは村の中央広場に戻ってきた。


 広場の中央にあるベンチに座ったのは、以前トローキンから村の話を聞いたとき以来だ。そのトローキンはもうこの世にいない。


「どうして、ここにいるんですか?」


「それはこっちの台詞ですよ。どうしてサエモンさんがここに、それも夫人の家に?」


「村長に聞きたいことがあったんです」


 そう答えたのは、サエモンではなく彼の部下のプヴィールだ。

 

「村長に聞きたいことですか?」


「プヴィール君それ以上は話さなくていいです」


「はい」


 サエモンはすかさず釘を刺すと、プヴィールは騎士が王に忠誠を誓うときのような態度で応じた。昔からこの人はサエモンに従順だった。今も変わることはない。


「あなた達こそ、何でここにいるのですか?」


 サエモンはキクマの顔を一瞥してから、バートンに問うた。

 だが、こちらも答えていいものだろうか? 

 プヴィールを見習いキクマの表情をうかがうが判然としない……。


「教える必要はねえよ」


 キクマは突っぱねるように言って、ベンチから立ち上がり、サエモンとにらみ合うように向かい合った。


 身長はサエモンの方が高いが、威圧感という目には見えない気迫で同等、いやそれ以上にキクマの方が大きく見えた。


 一触即発状態が数秒間続いた……。

 このままでは核戦争勃発か? とプヴィールとバートンは危機感を抱いたのか、「警部……行きましょう。夫人にもう一度頼んでみましょうよ」とキクマの視界に割って入る。


 プヴィールはプヴィールでサエモンの視界に割って入り、「チーフ……。僕たちも行きましょう。調べなければならないことがありますし……」と二人を離してそれぞれの目的に歩み出した。


「あの人たち、何しに来たんでしょうね」


「俺にわかるわけねえだろ」


「まあ、そうですが……」


  *


 二人はもう一度夫人の館を訊ねた。


「お願いします……アリシアさんの居場所を教えてください……」


「駄目と言ったら駄目です」


 夫人は一歩も譲る気はないらしい。

 玄関前でしばらく説得を続けていた、そのとき、「まあ、ちょっと話を聞いてやったらどうだ」と中から久々に聞く重厚感と威厳の塊のような声が聞こえて来た。


「あなた……」


「刑事さん。中に入ってください。話を聞きましょう」


「いいのですか……?」


 バートンは嫌そうに顔をしかめる夫人を横目に見ながら言うと、「構いません」と屈託のない声で村長、ジンバは答えた。


「おまえもいいだろ」


 ジンバは夫人の肩に手を添えて、有無を言わせむ力強い声で押し切る。

 嫌だ、と言えるはずもなく、「仕方ありませんね」と夫人は渋々了承した。


「お茶を淹れますから、ちょっと待っていてください」


 言って夫人は廊下を進み、角で曲がった。


「遠慮せずに入ってください」


 ジンバに促されるまま、二人はスリッパに履き替えリビングに通された。室内は葉巻の臭いが染みこみ、天井などモクモクと煙が充満しているかのように曇っていた。


 二人は重厚感のあるソファーに座って、ジンバと向かい合う。

 向き合っているだけで圧迫感を感じてしまうほどの威圧感……。


「あ……あの……」


 黙っていると圧迫感に押しつぶされそうだったので、バートンは口を開いた。


「何ですか」


「サエモンさん達――。さっきの人たちは何を訊きに来たんですか?」


「この村に伝わる伝説です」


「伝説、ですか。それは怪物の?」


「ええ、そうです」


 サエモンたちは怪物伝説をどうして聞きに来たのだろうか?

 もっぱらあの人たちは国に仇なすテロリストを制圧するのが仕事だ。

 二十年前のUB事件もそうだった。


「なぜその話を聞きに来たか、あの人たちは言っていましたか?」


「そこまではお答えしかねますね。余り口が軽いと災難が自分に帰ってくるものです。もし、詳細を知りたいのならご本人に訊ねてください」


「確かにそうですね。申し訳ありません。踏み込み過ぎたようです」


 そんな話をして緊張が少し緩和されたころに、「お待たせしましたぁ~」とおっとりとした夫人の声が聞こえた。


「紅茶と私が作ったアップルパイ」


「あ、ありがとうございます。以前いただいたアップルパイ、とても美味しかったです。また食べたいと思っていたところだったんですよ」


 嘘ではなかった。夫人のアップルパイはそこら辺のパティシエが作るものよりも美味しい、と胸を張って言えるほどに、美味しい。


「お世辞が上手いんですから」


 と頬を染めながら夫人は言うが、まんざらでもない様子だった。


「いえ、お世辞なんかじゃありません。本当に美味しいです。店を出したら絶対に繁盛しますよ」


 夫人は嬉しそうにはにかみながら、アップルパイと紅茶をテーブルに並べた。


「持って帰りますか?」


「いいんですか」


「ええ、まだ作り置きしているんです。帰りにお包しますよ」


「ありがとうございます。家族に食べさせてあげたいと思っていたんです」


 ケイリーとサム、セレナの喜ぶ顔が目に浮かぶようだった。催促したみたいで悪いな~、と思いながらもバートンは心の中でガッツポーズをとる。


「食べてください」


 今さっきまで少々ご機嫌斜めだった夫人の表情も和んだようで何よりだ。


 アップルパイを食べ終えて、紅茶を啜っているとき「ところで、お話と言うのは?」とジンバは忘れかけていた本題を再び呼び起こした。


「ああ……そうでした……」


 バートンは口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになるが、何とか堪えてカップをソーサーに戻す。


 警部あなたが話してくださいよ、と目で訴えるがキクマはまるで人事のように足を組んで紅茶を啜ってる始末。


 警部……あんたが首を突っ込んだ依頼でしょうに……と心の中で悪態をつきながらも表上は笑顔を装って、「アリシアさんと言う女性の居場所を教えて欲しくて……」とバートンは切り出した。


 またしても夫人の表情はこわばるのがわかる。どうして、夫人はアリシアの居場所を知っていながら教えてくれないのだろうか?


「刑事さん……本当に申し訳ありませんが、教えられません……」


「アリシア? 誰のことだね」


 ジンバは聞きなれない名前に首をかしげて、となりに座る夫人に訊ねた。


「あなたには関係のないことです」


「そう固いことを言わずに教えてくれてもいいじゃないか」


 ジンバは眉をしかめて言うが、「あなたのお願いでも聞けません」と夫人はかたくなに答えてはくれなかった。


 旦那さんに頼まれても口を開かないのだから、自分たちが訊いて教えてくれるわけないじゃないか、とバートンはすでに諦めモードだった。


「どうしてだ? きみが私に隠し事をするなんて」


「夫婦でも話せないことはありますよ。あなただって、私に言いたくない話の一つや二つ、いえ、それ以上にあるでしょ」


 ジンバと夫人の間がギクシャクしだしたとき、キクマは紅茶の入っていたカップをソーサーに戻して、「夫人。お願いします。これはキプスさんの頼みなんです」と切り出したのだった――。

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