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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
終章 完結編 人に焦がれた獣のソナタ……
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file59 サディー通りの201番地

 破壊せんばかりに力強く開け放たれたとびらを抜けて、男は入ってきた。肩で息をしているところを見ると、ここまで走ってきたのだろう。


「見つかりましたかッ。本当にありがとうございます」


 言ってバートンはソファーから立ち上がった。


「いえ、捜査に協力するのは義務ですから」


 誇らしげに言って、男は書類を胸の前に掲げたまま、部屋の中央に歩み寄りソファーに座った。


「アリシア・ケイトという女性はこの街の西側、サディー通り201番地に住んでいたそうです」


「仕事場はわかりますか?」


 男は書類を覗き込み、「職業までは……。住所、氏名、連絡先などしか記されていません」と申し訳なさそうに答えた。


「いえ、十分過ぎるほど貴重な情報です。わざわざありがとうございます」


 バートンは深く頭を下げた。


「サディー通り201番地ですね。その場所に向かってみます」


「はい。アリシア様が見つかることを心より祈っています」


「ありがとうございます」


 キクマとバートンは役所を後にした。


  *


「ここら一帯がサディー通りですよ」


 バートンは街の地図と住所を照らし合わせながら、キクマに言った。


「ここが、170番地ですから、201番地はもう少し先です」


 バートンは通りの先を見据えた。

 二人は番地を数えながら、ゆっくりと進んだ。


「ここですよ201番地です。アパートメントですね」


 三階建てのアパートメントを見上げながら、バートンはキクマに訊ねた。アパートメントの外では、七十過ぎくらいに見える老女が生垣の剪定をしていた。


「結構古そうですから、きっとここにアリシアさんは暮らしていたんですよ」


 バートンは辺りをうかがいながら、アパートの中に足を踏み入れた。年季の入った紺色のカーペット敷きで、薄暗い道がかなり奥まで続いている。


「やって来たのはいいですけど、これからどうアリシアさんの足取りを探るって言うんですか、警部」


 キクマはポケットに両手を突っ込んで、探偵のような眼光を周囲に光らせていた。


「アリシアを知っている奴が、まだここに住んでいると話が早いんだが。住んでいなければ、お手上げだ」


 想像以上にキクマはあっさりとしていた。

 本当に諦められるのか?


「どの部屋から訪ねてみます?」


「手前からだろう」


 一階の手前からキクマたちは訪ねて行くことにした。

 一階十部屋だから、二階も十部屋だろう。計二十部屋。

 骨が折れそうだ。


 とびらに取り付けられたリングノッカーを叩いて、住居者が出てくるのを待つ。だがいつまで経っても、出てこない。


「留守ですかね。仕事に出ている人も多いでしょうから仕方ありませんね」


「次だ」


 となりに移動して、再びノックする。

 また留守だ。

 三部屋目でやっと住居者が出てきた。


 三十代ほどの女性だった。肩下ほどのカールした髪をして、突然訪ねてきた怪しげないで立ちの男を見上げている。


「突然申し訳ありません。僕らは怪しいものではありません」


 自分のことを怪しいものではないと言う、怪しいものはいないだろう?

 証拠として、バートンは懐から手帳を取り出して、女性に見せた。


「刑事さんですか……どのようなご用件で……?」


「話せば長くなるの手短に言いますと、僕たちはある女性を捜しているんです」


「人探しですか?」


「はい、詳しくはわからないのですが、たぶん三十五年から三十年ほど昔にこのアパートメントに住んでいたと思うんですが」


「三十五年前ですか……わたしまだ生まれていません」


「ですよね。このアパートにご高齢の方は御住みでしょうか?」


 六十歳以上の人なら、当時二十代そこらだろうからアリシアを知っている可能性が高いとバートンは考えた。


「はい、一人だけですけど住んでいますよ」


「どこの部屋か教えてもらえないでしょうか?」


 バートンがお願いすると女は、今さっき二人が通って来た通路の方を指さして言った。


「一番手前の部屋です。あそこ大家さんの部屋なんです。ずっとこのアパートを切り盛りしてきたみたいだから、大家さんなら何か知っているかもしれません」


 バートンは今さっき留守だった、部屋に視線を向けた。

 あの部屋が大家の部屋か。

 確かに、住居者に訊くよりも大家に当たってみる方が、色々と手がかりになりそうなことを知っているだろう。


「ありがとうございます。恩に着ます」 


「どういたしまして」


 だが、大家の部屋は留守だった。

 出直した方がいいだろう。


「ですって、警部。出直しましょうか」


 そう言ったときアパートの玄関口に腰の曲がった人影が立っているのが目に入った。確かこの人はアパートに入る前に見た、生垣を剪定していた老女じゃないか。


 老女は眼窩の落ちくぼんだ目で、二人を一瞥してから何も言わずに一番手前の、大家の部屋のドアノブに鍵を差し込んでとびらに姿を消した。


「彼女が大家さんだったんですね」


「丁度よかったじゃねえか」


 キクマは笑みを浮かべて、老女が消えた手前の部屋の前に立ちノッカーを叩いた。老女はすぐにとびらを開けて、「何だい?」と睨み上げるようにしてキクマを見上げた。


「ちょっと話を聞きたいんだ。いいか?」


 老女はキクマの背後に立つバートンも一瞥して、「あんた達はどこのファミリーのもんだい? あたしのアパートにマフィアと繋がりのあった奴なんていたのかい?」と怖じ気るでもなく強気に言い放った。


 キクマの顔を見れば誰でも、マフィアだと勘違いするだろう。

 バートンはうんうんと心の中で、頷いた。


「いや、こんな顔しているが俺はこういうもんだ」


 自分でも自覚があるらしい。

 キクマは手帳を取り出して、大家の目の前に掲げると、彼女は目を細めてまるで美術鑑定家のような観察眼でキクマの顔と手帳を交互に比べた。


「これ本物かい?」


「本物だ」


「刑事が何のようだい? このアパートに悪さをしでかす奴は住んじゃいないよ」


「いや、女を捜しているんだ。大家のあんたなら、その女のことを知っているんじゃないかと思ったんだが」


「捜している女って誰だい?」


「アリシア。アリシア・ケイトって女だ」


 その名前を聞いた途端に大家は目を見開いた――。

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