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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
終章 完結編 人に焦がれた獣のソナタ……
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file58 ベルグーの街で

「さて、これからどうしますか? ベルグーの街にでも行って、アリシアさんを知っている人でも捜しますか?」


 矯正長の話を聞いた翌日、早速バートンたちは行き詰っていた。

 キクマの目的はアリシアを捜し出し、キプスに再会させることなのだ。


 アリシアがどこに行ったかわからない今、アリシアが辿った足取りを辿って行くしか二人には手がない。


 だが四十年以上も昔の人物の足取りを辿れるものなのだろうか? 手がかりらしい手がかりは何もない、写真もなければ、似顔絵もない。この状況で捜し出すのは、余程の奇跡が起こらない限り不可能に等しかった。


 そして捜し出せたとしても、生きているのか怪しいものだ。

 二十歳でキプスを生んだのだったか? 

 そしてキプスが十歳のときに、アリシアは刑務所に入った。当時三十歳。そして時が流れ四十五年。生きていれば七十五、六だろう。


「警部、僕の話聞いてます?」


「ああ、聞いてる。ベルグーの街に行って、綿織物工場で聞き込みをするしかないだろうが。それとも、おまえには他に考えがあんのか?」


「いや、ないから訊いたんじゃないですか」


 バートンは不貞腐れながら言い返した。


  *


 ベルグーの街はバートンたちの署があるトゥールーズの街から車で三時間ほどの距離にあった。九時に署を出て、ベルグーについたのは丁度十二時だった。


「お腹すきましたね。先にお昼にしませんか? 焦ってもしょうがないですし」


 バートンの提案にキクマはおとなしく従った。適当に見つけた喫茶店に入って、サンドイッチとコーヒーを注文し、祝福のひと時を満喫した。


 サンドイッチのプレートを三皿平らげて、バートンの腹も膨れた。


「では、さっそく綿織物工場を探しましょうか。――だけど、今思えば、三十年以上前の話なんですよね。工場まだ残っているか怪しいですね」


「残っていなくても、この街で働いていたことは確かなんだ。それにこの街で働いていたのなら、この街に住んでいたってことだ」


「はあ?」


「つまり、役所に訊けば情報が手に入るかもしれねえってことだよ。住民票が残っているかもしれねえからな」


 バートンは理解した。


「確かにそうですね。綿織物工場を探すより、役所で情報提供を頼んだ方が早いですね。だけど、そう簡単に情報を提供してくれるでしょうか?」


「俺たちの職業を忘れたか」


 キクマは悪の笑みを浮かべて、言いのけた。


 


 主要施設は街の中央に集まるもので、役所は街の中央通りにあった。今更ながらバートンは緊張を覚えた。キクマは緊張とは無縁の男で、胸を張って役所の中に入ってゆく。


 当たって砕けろだ、バートンはキクマの後に続いた。


 受付の女性事務員は突如あらわれた物々しい黒スーツの男二人に、訝しむ目を向けた。


 マフィアだとでも思われているのだろうか? とバートンは心で苦笑いを浮かべる。


「訊ねたいことがあるんだが」


 受付テーブルの上で乗りだすように手を載せて、キクマは女性事務員に切り出した。その姿はカモを恐喝するマフィアにしか見えない……。


「はい……」


 女性事務員も怯えた声を上げた。

 歳を重ねるごとにキクマの相に凄味が増していき大抵の人間は、目を合わせることができないだろう。


「な、何でしょうか……」


「人を捜しているんだ」


「人ですか……」


「多分三十年ほど昔だと思うんだが、アリシア・ケイトという女性がこの街に住んでいた。その女性の住民票を見せて欲しいんだ」


「じゅ、住民票ですか……? ご、ごめんなさい。個人情報ですので……お見せすることはできません……」


 当然の反応だ。

 キクマは椅子を引いて、パイプ椅子に腰を据えた。

 これは意地でも動かない、という気が前だろうか?

 懐をまさぐり、「捜査に協力してくれ」と手帳を見せた。


「警察の方なんですか……?」


「ああ、情報提供をお願いしたい」


 最後まで訝しんでいたが、「少々お待ちください……」と女性事務員は席を立って、奥に引っ込んだ。


 五分ほど待たされた後、四十代くらいに見える男性が現れ、長テーブルを挟みキクマの前に腰を下した。


「私が話を聞かせていただきます」


「あんたが偉いさんか? 本題だけ言うが、アリシア・ケイトという女がこの街に住んでいたと思うんだ。そのアリシアという女性が住んでいた住所と、仕事場を教えて欲しい」


「何か事件があったのでしょうか?」


 男は辺りをうかがいながら、声を潜めて訊ねた。

 興味本位で探りを入れているのか判然としない。


「その女の息子が、いなくなった母親を捜しているんだよ。詳細まで教えることはできないが、四十五年前にある事件で生き別れになって、子供は四十五年間ずっと捜し続けているんだ」


 その話を聞くや男の目に涙が浮かんだ。

 もっと固い人だと見ためで決めつけていたが、予想外の反応にバートンは驚いた。


「そうだったんですか……」


 男は胸ポケットに入れていたハンカチを取り出して、目頭を押さえた。


「わかりました。そんな話を聞かされて、協力しないわけにはいきません。何十年くらい前までこの街に住んでいたのでしょうか?」


「詳しくは知らないんだが、三十年くらい前だと思う」


「わかりました。二十五年から三十五年前の書類を調べてみます。時間を取らせると思いますが、お待ちいただけるでしょうか?」


「ああ、構わない」


「ありがとうございます。では、部下に待合室まで案内させますのでお待ちください」


 男は頭を下げて、事務作業をしている三十代くらいの男性に何かを言い置き、奥に引っ込んだ。


「では、こちらにお越しください」


 男に耳打ちされた三十代くらいの男はキクマとバートンを、事務所を抜け、廊下を少し進んだ先にある待合室まで案内した。


 待合室の中は重厚な一人かけのソファーが四脚、中央にガラス張りのテーブルが置かれていた。名前の知らぬ名画のレプリカらしき絵と、壺が飾られており、わずかに差し込む日の光が、光と影の明暗を分けていた。

 

 二人はソファーに座り待っていると、三十代くらいの男性事務員はコーヒーと茶菓子を持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


 バートンのお礼に男は軽く頭を下げて、待合室を後にした。

 茶菓子はマカロンだった。

 ピンクと白のマカロンが小皿に二つずつ載せられている。高いんだろうな、と思いながらバートンはありがたくいただいた。


 コーヒーとマカロンを食べ終えたと時を同じくして、男は数枚の書類を持って待合室に現れた。想像以上に早かった。何時間でも待つ心構えはしていたが、時間にして四十分くらいだ。


「見つかりました。アリシア・ケイトという女性は確かにこの街に住んでいたようです」

 ちょっとリアルが忙しいので、二週間ほど休みます。

 11月15日に投稿を再開します。 

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