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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
終章 完結編 人に焦がれた獣のソナタ……
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file52 双翼の悪魔

 窓から差し込む光は橙色に変わりはじめていた。


「おっそいわね」


 アレンは考えなく言ったつもりだろうが、アリシアはもう一時間近く前から思っていた。夕方までには帰ってくると、言っていたにも関わらず、もう五時を過ぎた。


 カレンは約束を破る人ではないから、二人の身に何かあったのではないかと不安は増すばかりだ。


「本当ですね……。もしかして、何かあったんじゃ……」


 アレンはアリシアの不安を察し、言いつのった。


「まあ、久しぶりの外だしね。時間も忘れて遊び回ってるんでしょう。あたしも若いころは夜遅くまで遊び歩いて、両親に叱られたもんよ。あたしの血を引いているのに、よくもまああんないい子になったもんよ。パパの血を色濃く継いでいるのね」


 アレンがそう言い終わると同時に、玄関のとびらが開く音が聴こえた。


「ほら、帰ってきた。そんなに心配することないのよ。子どもは親が思っている以上に、しっかりしているものなの」


 二人は玄関まで子供たちを出迎えに向かった。


「どうだった、久しぶりに遊び歩いた感想は?」


 心なしか皮肉りに聞こえる声で、カレンに訊ねると「楽しかったけど、最後の最後で台無しにされました」とこちらも少々気が立っている様子だった。


「何があったの? あなたが怒るなんて珍しい」


 カレンはスリッパに履き替え、リビングに向かうさなかに言った。


「広場で休んでいたときに、男二人に絡まれました」


「あはは、その男見る目があるわ。そりゃあ、あんたみたな女がいれば男は寄ってくるものよ。あたしだって若いころは、それはそれは口説かれたもんよ」


 腕を抱えてしみじみと昔のことを話すアレン。

 リビングに上がってからも、アレンはカレンに追求する。


「で、男はどうなったの? その男と遊んでいたから、遅れたのね」


「誰があんな男と遊ぶものですか」


 カレンの声に含まれる棘が鋭くなるばかり。


「軽くあしらいました」


「そうよ。女は男を手のひらで転がすようでなくっちゃあね。あんたセンスあるよ」


「もう、その話はやめてくださいっ。思い出したくもない」


 アレンはポカンとして、首をかしげた。

 

「よっぽどいけ好かない男だったんだね。まあ、そんな男もいるわよ。この世は広いんだから」


 アリシアは我が子のズボンに穴が開いていることに気付いた。

 擦れて開いたような小さな穴で手の平は擦りむいている。


「どうしたの。こけちゃった?」


 アリシアが子供に訊ねたとき、「いえ、違うのです。誠に申し訳ありません。お子さんに怪我を負わせてしまって……」カレンの声は沈んでいた。


「実は今話した男に、蹴られて……転んでしまったのです……。誠に申し訳ありません……」


 カレンは深く頭を下げた。


「私が連れだしさへしなければ……」


「そうだったの。この子は大丈夫ですよ。擦っただけですから。ね」


 アリシアは我が子に確認をとると、「うん」とうなずいた。


「この子あんまり顔には現さないけど、楽しかったみたい。今日はありがとうございました。もし、良ければたまには、今日みたいに遊んであげてください」


 カレンは顔を仄かに赤くして、「いいのですか? 子供を危険な目に遭わせてしまったのですよ?」と訊ね返した。


「はい」


「だけど、まったく最低な男ね。子供を蹴飛ばすなんて。そんな男痛い目に遭わせてやればよかったのよ。あなたはそこら辺の男よりも強いんだから」


 アレンは意気揚々と言って、場の空気が少し柔らかくなった。


「次同じことがあったときは、容赦しません」


 そう言ったカレンの目は逆三角に見えるほどに、鋭くつっていた。


「まあ、この話はこれくらいにして、ちょっと早いけど夕食にしましょうか。旦那は夜遅くなるって言ってるから。アリシアが用意してくれたのよ」


「本当ですか。ありがとうございます」


「あ、いいの――。この子を遊びに連れて行ってくれたんだもの。これくらいはさせてください」


 アリシアは我が子の左肩に手を置いて、「お姉さんにお礼を言った?」と訊ねた。


「お姉ちゃん。今日はありがとう」


「いえ。構いませんよ。こちらこそ楽しかったです。どうもありがとう――」


  *


 人通りの少なくなった広場の中央にある噴水縁石に、二人の男が座っていた。


「まったく、気の強い女だったな。逃げ足の速い奴だぜ。不意打ちじゃなければ、可愛がってやれたのによ」


 三十代前半くらいの頬がこけ不健康そうな男は、右手首をさすりながら隣に座る男に愚痴った。


「だが、ああいう女は嫌いじゃねえ。暴れる女を屈服させたときの爽快感って言ったら何とも言えねえからな」


 男のささくれた唇が引きつり、下品な微笑みが浮かんだ。


「なあ、クレッド聞いてんのか?」


 クレッドと呼ばれた男は、膝の上で頬杖をついて考えごとにふけっている。


「どうしたんだ? ない頭で何考えてんだよ?」


「おい。グリン」


 クレッドは上半身を起こして、グリンと呼ばれた男に向き合った。


「な、何だ?」


「あの女と一緒にいたガキ」


「ああ、あの女の子供にしちゃあデカかったな。大人びて見えたが、まだ二十代前半、いや十代かもしれねえ。だとしたら、弟じゃねえか」


「黙って話を聞け。あの女と一緒にいたガキに見覚えがなかったか?」


「あのガキに? 何がだよ」


「親分が捜しているって言ってた。女と子供がいたじゃねえか。一度しか見たことねえが、あのガキとよく似ていたように思わねえか? その捜しているって言ってたガキに」


「マジかよッ!」


「ああ。ガキがまだ小さかったときに見たきりで断言はできねえが、よく似てた」


「だがよ、他人の空似ってやつじゃねえか。この世には似た人間が三人はいるって聞いたことあるぜ」


「だが、調べてみる価値はあるんじゃねえか。もしかしたら、あの女の家にかくまってもらっているかもしれねえぞ」


 グリンは腕を抱えてしばらく考えていたが、考えるのが苦手な男だけあってすぐに止めた。


「そうだな。あの女には恨みもある。捜し出して、可愛がってやるのもいいな――」

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