表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
終章 完結編 人に焦がれた獣のソナタ……
255/323

file40 禁断の知識の使い道

 ようやく返す言葉を見つけたのは、カノンが言葉を発して一分以上経過したころだった。


「突然何を言い出すんだよ……? 試すって、どういう意味だ……?」


「言葉通りだ。このままじゃ、ミロルは目覚めることはない。だけど、獣の力の再生力があれば、もしかしたら――ミロルは目覚めるかもしれないじゃないか」


 自分は酷く動揺しているとバートンは自覚している。カノンはいつものお茶らけで言っているのではなく、本気で言っているのだとわかるから、バートンは動揺していた。


「自分が言っていることの意味がわかってるのか……?」


「ああ、わかってるよ。言おうか言うまいか、ここ数年ずっと考えていたことだ。だけど、久しぶりにおまえにあって、心が決まった。昔、おまえ、銃で撃たれたにも関わらず、たった数日で傷口が塞がってたじゃないか。

 つまり、あれだろ。その力は通常じゃ考えられない再生能力があるってことだろ。タダイ神父は人間のDNAに獣のDNAを移植すると、獣と言う人間を超越した化け物ができるって言っていた」


「ちょ、ちょっと待てよ……。おまえもあのとき聞いていたんだから知ってるだろ。適合率を少しでも上げようと、神父たちは適合しやすい子供たちを実験体にしてた……もっと早い段階ならともかく、今のミロルが適合できる確率は限りなくゼロに近い……」


 カノンはうなだれて、「わかってる。わかってるよ……。だけど、このまま、何もしなければミロルはもう二度と目覚めないんだぞ……」言って顔を上げた。


「だったら」


 カノンはより一層、言葉を強くする。


「一か八かやってみるのも手なんじゃないか」


 バートンは返す言葉を持たない。それどころか、カノンの話に流されようとしている自分がいる。確かに、このまま目覚めないのであれば、一か八か試してみるのも手なのではないか……。


「だけど、どうするって言うんだよ……?」


「サエモンに相談してみたらどうだろうか? あいつらはあの実験のことを調べていたから、移植方法を知ってると思う」


「あの人は、その実験を撲滅するために、捜査していた人なんだ……。そんなことに協力してくれるわけないだろ……」


「聞いてみなきゃ、わからないじゃないか。もしかしたら、ミロルを助けるために、手を尽くしてくれるかも。病院代だって、あの人たちが今まで見てくれているんだから。

 サエモンたちは獣の細胞を持っているはずだ。その細胞をミロルに移植してもらうだけじゃないか。もし持っていなかったとしても、おまえがいる」


 バートンはゆっくりと、絶望的に首を振った。


「あの人は首を縦に振ってくれない……」


「だから、頼んでみなきゃわからないじゃないかッ!」


 部屋の外にまで響き渡るほどの大音声を、カノンは上げた。


「すまない……ついムキになっちまった……」


「いいんだ」


 そう言ってしばらくして、叫び声を聞きつけたのか、看護師の一人が部屋にやってきた。


 ノックの後、とびらのすき間から様子をうかがうようにして、顔を覗かせ、「どうか、されましたか? 病院内では静かにお願いします」と心配そうにも、興味深そうにも取れる声音で訊いた。


「いえ、ちょっと、昔のことで興奮しすぎてしまって。声が大きくなり過ぎてしまったんです。申し訳ありませんでした」


「そうでしたか」


 看護師はそういって、「ごゆっくり」と再び顔を引っ込めた。

 看護師が立ち去った気配を感じ、二人は肩をなで下す。


「頼むだけ頼んでみてくれよ」


 バートンは乗り気ではなかったが、断ることができなかった。


「ああ、わかった。頼むだけ、頼んでみるよ」


 カノンは微笑み、「それじゃあ、稽古もあることだし、オレは先に帰るわ」とパイプ椅子をたたんで、後ろ手に手を振り立ち去った。


 バートンはとびらが閉じる間際に見えたカノンの背中にいった。


「ああ、そっちも頑張れよ」


 久々にミロルの見舞いに行った翌日。二日ぶりに顔を合わせた上司の顔は、阿修羅のように険しいものだった。


「どうしたんですか? いつも以上に怖い顔して。そんな顔していると、形状記憶されて戻らなくなりますよ」


 いつものようにバートンは減らず口をたたくが、キクマは言い返してこなかった。これは本当に様子が“おかしい„とバートンは悟る。


 キクマの背後を通り過ぎて、バートンはくたびれが目立ち、バネも緩んだソファーに腰かけて、しばらく上司の様子を観察した。


 思い詰めるような表情だった。

 何かに怒っているような表情でもある。


 何か悪いことを自分はしでかしてしまっただろうか……? とバートンは考えるが思い当たる節があり過ぎて、絞ることができなかった。


 もしかして、出してくれと言われていた事件の捜査書類を、まだ出していないことがバレてしまったのか……。だとしたら、早く謝らないとまずいことになる。


 バートンは恐る恐るキクマに近寄り、上司の機嫌を取るべく、「あの~……コーヒーでも入れましょうか?」と訊ねてみた。


 返事がない……。これは、本気で怒っているな……。

 バートンは肝が芯から冷えあがり、変な汗が頬を伝うのを感じた。

 

 何に怒っているのかわからない以上、おかしなことを言って墓穴を掘るわけにはいかなかった。


 どうする……? どうする……? と無い頭を必死に回転させて打開策を考えた。無い頭を捻って出した策は、とにかくキクマの機嫌を取ることだった。


 いるという返事をもらわない内から、とりあえずミルを使いコーヒー豆を砕いた。コーヒーの香りがキクマの怒りを鎮めてくれることを信じて。


 ガスを使って水を沸かす。

 砕いたコーヒー豆をフィルターに入れ、湯が沸くのを待つ。細い注ぎ口から白い蒸気が機関車のように吹きだし、バートンは砕いた豆にゆっくりと湯を注いだ。


 子供のころはコーヒーなど、どこが美味しいのだと思っていたが、カレンが入れてくれるコーヒーはフルーツのような香りがして、敬遠(けいえん)しがちだったコーヒーを飲めるようになっていた。


 それ以来、カフェインがないと何だか落ち着かないほどになっている自分。コーヒーには心を落ち着かせる効果があると聞くし、きっとキクマの機嫌も直ってくれるだろう、と楽観的に考えるバートンである。


「警部。コーヒーをどうぞ」


 書類が置かれていない一角にバートンはマグカップを置いた。

 そのとき、キクマは今日初めて顔を上げた。


「いつからいたんだよ?」


「はい?」


 バートンは言葉を失う。


「ずっといたじゃないですか……冗談言うのやめてくださよ」


 しかしキクマは真顔を崩さず、「冗談なんか言ってねえよ」と言い放った。


「考え事をしててな」


「じゃあ、怒ってたわけじゃないんですね」


「何がだ?」


「あ、いえ……何でもありません」


 バートンは自分のコーヒーを持って、ソファーに着いた。


「考え事って、何を考えていたんですか?」


 キクマはバートンが淹れたコーヒーを一口すすって、「昨日、あの男に会ってきた」と感情を押し隠したような平坦な声でつぶやいた。


「あの男って……キプスさんですか?」


「あの男に名前なんてねえよ。キプスは偽名だ」


「会って、何を話したんです?」


 訊くか訊くまいか迷ったが、バートンは訊ねることにした。キクマはバートンの方に向き直り、バートンに心して聞けというふうな眼を向ける。聞いてはまずかったか? と後悔したときキクマはいった。


「あいつは、四十五年ほど前に起きたある女の事件を調べてくれ、と俺に言ってきた」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ