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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case212 バートン・テイラー

 アレックというスキンヘッドのマスターが営む、酒場はいつもにも増して賑わっていた。


 一般人からすれば、数か月前に起きた事件など忘れ去られた遠い記憶だ。


 ジョン・ドゥは消え、ジェノベーゼファミリーのボスは捕まり、町外で騒がれていた獣の事件はなくなった。


 ジョン・ドゥが消えると同時に、町外の事件もなくなり真相は定かではないが、同一人物だったのだろうか、とキクマは思う。


 だが、スタイルが違うのも事実だ。

 何の手がかりもない今、確かめることは不可能に等しかった。

 もう、すべての事件は遠い昔の出来事になっていた。


 街は平和を取り戻し、変わらない日常が今日も流れている。キクマたちからすれば激動の月日だったが、一部の人間を除いて一般人からすれば、はじめから平和そのものなのだ。


 ジョン・ドゥを恐れることももうない。テーブル席で程よく酔っぱらった男たちが、饒舌に語らうのをキクマは耳に挟んだ。


「結局、ジャックはどうなっちまったんだろうな。最近話を聞かないな」


「何でも死んだって話が有力らしいぜ」


「なんで、死んだんだよ? そう言えば、マフィアが追ってるっていう話があったな。マフィアに殺されたのか? だけど警察が血眼になっても捕まえられなかったんだろ。殺すって言っても、顔も知らないんじゃ殺しようがないだろ」


「そんなこと俺が知るわけないだろ。話を聞いただけだ」


 二人の話しに新たな声が加わった。


「俺も面白い話を聞いたぜ。ジョン・ドゥの正体はジェノベーゼのボスだったって言うんだよ。ボスが捕まったから、ジャックも消えたんだ」


「本当かよ」


 二人の男は声を合わせて、驚いてみせた。

 色々な憶測が囁かれている。そのどれもまことしやかに囁かれる、ほら話だった。暇を持て余した庶民からしてみれば、これほど面白い話のタネはないだろう。


 これから先何年、何十年先でも伝説のように語り継がれていくのだろう。消えた殺人鬼、ジャック・ザ・リッパーの再来として。


「色々な憶測が飛び交っているよ」


 カウンターで酒を注いでいた剛腕スキンヘッドの男アレックは、苦笑を交えながらカウンター席で酒を舐めていたキクマに言う。


「まったく、当事者の苦労も知らないで、話のタネになっちまうんだからな」


「言いたい奴には、好きに言わせときゃあいいんだよ」


 アレックの話しに応じたのはウイック。


「もう、この事件は終わった。ジョン・ドゥは死んだんだ。それでいいじゃねえか。面倒くせえ」


 アレックは店内を見回し何かを確認すると、カウンターに身を乗り出し囁くようにいった。


「実際のところ、ジョン・ドゥはどうなったんだ? 手がかりをつかんでいたじゃないのか」


 ウイックは氷の入ったグラスをカラカラと鳴らし、一気に煽った。


「手がかりをつかんでたって言っても、ほとんど手がかりらしい手がかりもつかめなかった」


 キクマがウイックの代わりに答えた。


「ジェノベーゼのボスがジョン・ドゥだっていう話はでたらめだ。ラッキーを捕獲したあの日、ジョン・ドゥはジェノベーゼの館にいたことだけは確かだ。俺はあの日、館を張り込んでいて目撃したんだからな」


 キクマは話ながら、あの日の夜の情景を思い出した。


「仲間を募って、俺は館に突入した。館の中で何が起きていたのかは知らねえ。館のホールは戦争でもあったように、悲惨な現状になっていた。人間の肉片や血しぶき、落ちたシャンデリアの残骸。

 ホールを調べた鑑識の中にはその肉片がジョン・ドゥのものだという奴もいたが、俺は違うと確信している。あの夜、ジョン・ドゥに変化があったんだ。殺人を辞めるに足る、何かが。そして、この街から退いた」


 アレックは更に声を潜め、キクマの耳元で囁く。


「てことは、やっぱりジョン・ドゥは生きてるんだな」


「ああ、だろうな。まあ、悪ささえしなければ怯える必要はねえよ」


「まあ、あんた達もご苦労だな」


 キクマは氷で薄くなった最後の一口を、一気に煽り一息ついた――。



 それから数か月後、キクマとウイックが属する特別捜査係に与えられたジョン・ドゥ捜索任務も、蝋燭の炎が儚く消え入るときのように、ゆっくりと消滅し、違う任務を与えられた。


 ジョン・ドゥが街から去ろうと、犯罪がなくなったわけではない。

 それどころか、ジョン・ドゥが消えたことで犯罪が増加したほどだ。殺人鬼ではあったが、あいつがいることで犯罪の抑止力になっていたことは確かだ。


 ジョン・ドゥ事件から十年後ウイックは身を引いた。(よわい)七十五を過ぎていただろう。身を引く最後の日まで、口の悪さは直らなかった。


 ウイックが引いた後に、キクマは警部の地位を与えられた。ヘマをやらかした諸葛の警官や、どこかの班の奴らがキクマの下に送られてきたが誰も長続きはしなかった。


 回される事件はどこの課も手をあげたものや、やりたくもないものばかり。キクマの下に送られてくる奴らは言うなれば、厄介払い、島流しにされたようなもの。


 ウイックが身を引いてから、キクマの相方は三回変わった。気が付くと、自分もおっさんと呼ばれる歳になり、引き締まっていた体もくたびれ、たるんでいた。


 そんなある日、キクマの下にある知らせが届いた。新たな部下が送られてくるという。


 キクマはウイックの時代から使われている年季の入ったソファーに座り、雑誌を読んでいた。


 どのような奴が来るのか興味はなかった。

 どんな奴だろうと、ウイックよりはましだろうからだ。


 ただ一つ条件を提示するとすれば、ちょっとやそっとで弱音を吐かない、骨のある奴が来て欲しいという願いはある。


 もうそろそろ新人がやってくる時間。いったい、何をしでかしたかは知らないが、ここに飛ばされてくることを哀れに思わないでもない。


 多少なりとも、手柔らかにしてやらないでもなかった。

 新入りを哀れんでやっていたとき、とびらが開いた。


 革靴の踵を打つ音が、近づいて来る。両足を揃え、立ち止まる音が横でした。


 キクマは見やっていた雑誌から顔を上げて、横に立つ新人を見上げる。


 新人はダンサーのように胸を張り、姿勢を正し、後ろで組んでいた右手を額にかざした。


「本日より、特別捜査係に配属されたバートン。バートン・テイラーと申します。不束者ではありますが、これから、よろしくお願いします!」


 その男は若かった。

 まだ二十代前半だろうと思われる。

 ヘマをやらかし特別捜査係(ここ)に送られてきた奴とは思えなかった。


 完全に新人で、何も知らない甘ちゃんだ。

 どうして島流しにされたのかは、どうでもいい。

 それなりに、骨のありそうな奴が入ってきたじゃねえか、とキクマはほくそ笑んだ――。

 

 

 長かった第二部はこれで終わりです。

 本当に長かった……。自分でもまさかここまで長くなるとは、思っていませんでした。

 そして、苦しかった……。無理に押し切ったな、と思われる個所が多々あったと思います。力量不足で申し訳ありませんでした。


 そして誤字脱字が多かったと思います。読みずらくて、申し訳ありませんでした。

 自分が書いた文章にはどうしても先入観というものがあって、誤字脱字ができてしまいお恥ずかしい限りです。


 完結編は、終わりの見込みができ次第、投稿させていただきます。

 一、二か月ほどお待ちください。

 書き終えてからじゃないとわかりませんが、第二章よりは短くなると思います。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

 では、完結編でお会いしましょう――。

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