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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case208 最悪の再会

 今朝はいつにもなく、ある話題で賑わっていた。

 二人の人間が集まれば、新たに入っているという子供たちの話題で持ちきりだ。チトも気にならないわけではないが、その話題でみんなの輪に入ることには気が引けた。


 午後三時に新入りが訪れるという。

 今は午前十時、五時間後には皆の注目が新入りに注がれることになる。


「ねえねえ」


 書き取りの勉強をしていたチトの袖を、ローリーが引っ張った。

 

「何?」


「今日来るって言う子供たちってどんな子たちかな」


 目を輝かせながらローリーは訊いた。


「その話、昨日から何回目なのさ」


 チトが数えている限りでも、十回は訊かれた質問だった。耳に胼胝(たこ)ができるほど聞いている。


「だって気になるんだもん。お姉ちゃんは気にならないの?」


「気にならなくはないけど」


「やさしい人たちだといいね」


 書き取りに集中しながら、チトはおざなりにうなずいた。


「気にしてても仕方がないよ。おまえも書き取りでもして待てば。気にしている方が、時間の進みが遅いんだ」


「だって、気になるんだもん」


 昼食の時間、チトたちが席を囲むグループでも新人の話題で持ちきりだった。新たに家族が増えるということはこれほどまでに、賑わうものなのかと感心する。


 自分たちがここに来る前の日も、にぎわっていたのだろうか。


「ねえねえ、知らない男の人が今さっき個室に入っていったのを見たよ」


 ユアは手に持っていたパンを一口大に切って、口に放り込む。


「本当?」


 ムニラは興味津々気に反応する。


「うん。ここに来る前廊下で見た。男の人の後ろに連なって、私たちとおなじくらいの女の子と男の子が二人。あと、八、九歳くらいに見える男の子が一人いた」


「絶対その子たちね」


 リリーがいった。


「だけど、時間が早くない?」


 と、ユア。


「大事な話があるのよ。だって、曰く付きみたいだもの」


 リリーは辺りを見回して、皆に顔を寄せるよう促した。

 みんなは何事かと、顔を寄せる。


「昨日トイレに起きたときに、院長室の前を通りかかったんだけど、そのときに話しているのを聞いたの」


 リリーは声を潜めて、続ける。


「詳しくは聞こえなかったんだけど、『そのことは、子供たちには秘密にしましょう』とか『子供たちの過去は内密に』って」


 ムニラは顎に手をそえて、考えるふうに唸った。


「それは決まりだ。きっと、私たちには知られちゃならないことがあるんだよ」


 皆はあっけに取られた顔でムニラを見た。


「だから、そう言ってるじゃない」


 話に気を取られている内に、ほとんどの子供たちは昼食を食べ終えていた。


「私たちも速く食べないと、片付かないわ」


 ユアは慌ててパンを咀嚼しはじめた。


「そうね」


 ユアを見習い、食事に集中する。

 いったい、シスターたちは何を隠しているのだろう。

 

 まあ、別にわざわざ暴くことでもない。厄介なことには首を突っ込まないことが、街での暮らしで身につけた、生き残るための鉄則だ。


 コックたちが洗った食器を棚に片付け置いたとき、子供たちは広間に集められた。すべての子供たちが入ることができずに、数十人は廊下で新入りを出迎える。


 前日に装飾品を壁や天井に飾りつけ、出迎える準備は万全だった。

 

「どんな子たちか、ワクワクするわね」


 ユアの声は弾んでいる。


「そうだね……」


 チトも気にならないわけではなかった。自分に後輩ができるということなのだから。


 廊下の方で子供たちの歓声が上がった。

 廊下を進んで、広間に入って来る手はずになっている。


 その場になって、どう出迎えればいいのかチトはわからなくなっていた。自分たちはどう出迎えられただろうか……。思い出せない。


 これほどまでに盛大に迎えられていないので、参考にしようがなかった。はじめに姿をあらわしたのは、リリーが言っていた女の子だった。


 褐色の肌に、肩までの黒い髪をした少女。

 チトはこの少女をどこかで見たことがあると、引っ掛かりを覚えた。自分の気のせいだろうか……? けれど、気のせいではないと自信を持って言える。


 どこで、見たのだろう。思い出そうと必死に頭を捻っていたとき、続けて入ってきた少年を見てチトは思い出した。


「チャップ……」


 思わず口から洩れていた言葉を、ユアが拾った。


「知ってるの?」


 チトは自分が動揺していることを悟り、必死に平常を装った。


「いや。何でもない……」


「そう」


 拍手喝采で出迎える中、チトだけは違うことを考えていた。

 どうして……チャップたちがここにいるのだろう?


 キクナと廃墟に足しげく通ったが、チャップたちはいなくなっていた。きっと、どこか別のところに移ったのだろう、と思っていたが……どうしてここに……。


 カノンもその弟のアノンもあとに続いて入ってきた。

 もう一人、ミロルも続くのだろうと思っていたのだが、続いて入ってきたのはベタニアだった。


「それでは皆さま。自己紹介をお願いします」


 ベタニアは左から促した。

 自己紹介をされなくとも、チトは知っていた。


「はい。セレナって言います。これからよろしくお願いします」


 はにかみながら、セレナは頭を下げた。

 皆の拍手がやさしく迎える。

 続いて、チャップ、カノン、アノンと続いた。


「はい、今日から一緒に暮らすことになります。みんな、仲良くしてあげてください」


 言い、ベタニアは皆の顔を見渡した。


「誰か、チャップさん達に院内を案内してもらってもよろしいでしょうか?」


 子供たちはザワザワとお互いを伺いながら、数人が手をあげた。


「それでは、ユアさんお願いしてよろしいですか」


 ベタニアに選ばれたのはユアだった。

 ユアは元気な声で返事を返して、チトの手も取った。


「ちょっ……」


 手を振りほどこうしたが、それまでに人垣を掻き分けて広間の中央に躍り出てしまう。


 チャップたちの視線が一身にチトに注がれるのがわかった。

 

「おまえ……」


 チャップたちはチトの存在を知り、困惑と、驚きをあらわにした――。

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