case205 みんな――久しぶり――
「あなた達は、どこでその知識を得たのですか?」
薄暗く狭い部屋の中、サエモンはラッキーと向かい合っていた。薄暗いライトがテーブルの上に降り注ぎ、向かい合って座るラッキーは意気消沈としていた。
「すでに答えたでしょ。A国からです」
「A国がどうして、よりによってあなた達のような裏社会の人間に研究を託すのですか?」
「そんなこと知りませんよ。もう、五年ほどになると思います。ポツダム宣言が発表された年ですから。その年にA国の機関から、UB計画を託されたんです」
「どこの機関ですか?」
ラッキーはサエモンを一瞥して、含み笑いを浮かべた。
「答えられません。けれど、答えたとしても、あなた達の力では、手の出しようがないですよ」
癪だがラッキーの言っていることは正論だった。
どれだけ、自分たちがあらがおうと超大国を相手にはできない。
「けれど、安心してください。どうしてUB計画を僕たちに引き継がせたか、わかりますか」
サエモンはラッキーを睨むように見据えた。
「もう、A国はUB計画を諦めたからですよ。どれだけ、頑張ろうと一向に狂戦士は誕生しなかった。このような技術の開発に、多額の資金を投資するよりも、核兵器の開発に投資した方が身になると考えたのでしょう。
だから、A国は僕に研究を引き継がせたのです。研究資金なら捨てるほどありますから」
「つまり、何が言いたのですか?」
「つまり、心配しなくとももうこれで研究は終わったということです。今から、僕たちが研究資金を投資していた研究所の名前をすべて、挙げます。そこさえ、潰してしまえばもうこの研究は終わるでしょう」
何か裏があるのだろうか。
サエモンの眼は確かだ。裏が隠されているようには思えない。
「私にそのようなことを教えて、何になるというのです?」
ラッキーは清々したような、何かに吹っ切れたようなそんな表情をしている。
「別に深い意味はありません。この研究は大成しないと、教えられたからです。大いなる力は、人間の手には余るのだと」
サエモンはラッキーから、研究所の場所を告げられた。
もし、ラッキーが嘘をついていないのなら、これで事件は片付く。
*
フォルクスワーゲンは、まったりとした田舎道を走っていた。ニックは、自分がどこを走っているのか知らされることなく、ただ黙って車に揺られていた。
となりではキツネ面の男、サエモンが黙々と車の運転にいそしんでいた。
「というわけです。これ以上詳しくは教えられませんが。つまり、あなたは獣になれる最後の人間だということです。つまりは、獣人化に成功した最後の生き残りだ。我々が研究所をすべて潰せば、それでこの知識は再び封印できる」
サエモンは前を向いたまま、淡々と語った。
難しい話だったが、話は理解した。
自分たちにルベニア教会を紹介したラッキーは、ジェノベーゼのボスだったのだ。どうして、自分たちがジェノベーゼに目を付けられたのか。それは、自分がいたからなのだ、と。
自分さえチャップたちと知り合わなければ、あのような事件に巻き込むこともなかった……。
「ニックくん――」
サエモンの顔に影が差した。
「はい……」
「あなたには、死んでもらいたい」
ニックは我が耳を疑った。
聞き間違いであって欲しいと、強く願った。
だが、聞き間違いなどではない。このサエモンという男は、確かに死んでもらいたい、と自分に言ったのだ。
「そんなに、顔をしかめないでください。確かに、ニックくんには死んでもらった方が、手っ取り早いのですが、人道的にそういうわけにもいきません。
つまり、あなたには別人になってもらいたいのです。あなたの名はファミリーに知れ渡っている。ですから、私たちの方で、あなたに別の名前を与えたい」
「おれに、別の名前……?」
「あなたにはある人物の養子になってもらいます。戸籍上はその人物の下で、これから暮らしてもらいたい」
養子とは、知らない人間の家に迎えられるということだろうか。
そうなれば、みんなと会えなくなってしまう……。
「みんなと会えなくなると思っているのですか? 安心してください。ちゃんと、会えます」
サエモンはそこで一端言葉を切り、車を止めた。
「着きました。後の話はあの子たちにも説明しなければならないので、中に入ってからしましょう」
シートベルトを外し、サエモンはドアを開け、ニックを振り返った。
「ここは……?」
恐る恐る外を見ると、草原の中にポツンと白い建物があった。
それほど大き過ぎることはなく、三階建ての建物だった。
平坦な草原が続く景色の中に、開けた空き地があり、その一角に似つかわしくない建物が建っている。
助手席側のドアをサエモンは開き、拾われてきた猫の如くなかなか車から降りようとしないニックにいった。
「私に付いてきてください」
渋々外に出ると、ニックは歩きはじめたサエモンの後に続いた。
「この建物は何なの?」
サエモンを仰ぎ見ながら、問うと「病院です」と素っ気ない言葉が帰ってきた。
「病院?」
「はい。もっと詳しくいうなら、療養に特化した病院です」
病院と知らされてニックは少々違和感を覚えた。この草原の真ん中にポツンと建つ建物は、病院というよりも教会に近いと思ったからだ。
黙って黙々と進むサエモンにはぐれまいと、ニックは速足で後を追った。建物の中に入ると、受付らしき一角にサエモンは向かい、何かを説明して、再びニックの下に戻ってきた。
「許可が下りました」
ここにみんながいるのだ。
いったい、何日ぶりに出会えるのだろう。
まだ、ひと月も経っていないというのに、何十年も会っていないような懐かしさがこみ上げてくる。早く会いたいのに、会うのが怖かった。
明るい光が窓から差し込む廊下を歩きながら、ニックは複雑な気持ちだった。呼吸が浅く、頭がクラクラする。
サエモンから自分が意識を失った後の話を聞いていた。自分がどのようなことになったのかも、聞いていた。みんなは、自分の事をどう思っているだろうか。自分のことが嫌いになっただろうか。
ニックは不安でならなかった。
他のどのようなことよりも、ニックはみんなから嫌われることを何よりも恐れた。うつむきながら、廊下を進んでいたときサエモンは振り返り、あるとびらを示した。
「会ってきなさい。この部屋にいます」
ニックは不安そうにサエモンを見た。
固唾を飲み込み、ドアノブに手をかけたとき、懐かしい声がとびらの向こうから聞こえてきた。
今すぐに、とびらを開けて皆の前に出たかったが、ある一言で手が止まった。
「これからのニックとの付き合い方に、悩んでるんじゃないだろうな?」
チャップたちは自分の話をしているのだと、ニックは悟った。
みんなは自分のことをどう思っているのだろうか。
みんなの本音を知れるチャンスだ……。けれど、聞くのが怖かった。体が動かず、聴覚だけが異様に研ぎ澄まされていて、否が応でも耳に入ってきた。
「たとえ、化け物でもニックは俺たちの家族だ。あの日、あのとき、俺たちは家族になったんだ。姿形が違うだけで、おまえ達はニックを突き放すのか? 違うだろ。セレナ、アノン、カノン、ミロル、ニック、そして俺」
チャップの力強い声が、とびらの向こう側からでもハッキリと聞こえた。ニックは話を聞きながら、涙を堪えた。
「俺たち、血は繋がってないけど、そんじょそこらの家族よりも強い絆で結ばれた家族なんだ」
ニックは勇気を振り絞り、とびらを開けた。
とびらのすき間から、真っ先に目に飛び込んできたのはベッドに横になったミロルだった。次にチャップ、セレナ、アノン、カノンと続く。皆は突然現れた、ニックを見て目を見開いていた。
「みんな――久しぶり――」
ニックは涙を流しながら、数日ぶりに家族と再会した――。