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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case195 終わりの夜

 館は静寂に包まれている。

 謎の影、いや、ジョンがジェノベーゼの館に入ってから、三十分近くが経過していた。門兵はまだ気を失ったままだ。夜の街は耳が痛くなるほど静かで、いつもと変わらないように穏やかだった。


 静寂に包まれた館の中で争いが起きているなど、想像することすらできない。けれど、確実に何かが起きていることは間違いない。


 この機会を逃せばジョンを捕える機会は、二度と訪れない気がした。しかし、どうすればいいのだろうか。


 署に応援を呼ぼうにも、まず駆け付けてはくれないだろう。街を取り仕切るジェノベーゼを、敵に回すことを何よりも恐れているのだから。


 癪だがこの状況で頼れる存在は一人しかいなかった。


「おい、とっとと連絡しろってんだよ」


 ウイックはダッシュボードの上に足を載せて、不機嫌気味にいった。

 

「わかってる」


 キクマはウイックを横目に見ながら意を決する。そうこうしている最中に、館のフェンス周辺を黒服たちが囲みはじめていた。ジョンの侵入に館の人々は気付いた様子。


 この状況下で躍り出て、ジョンの捕獲に協力してくれるとは思えない。ジョンは敵陣にただ一人で乗り込んで、何を企んでいるのだろうか。自滅するのが落ちではないか。


 ジョンは殺され捜査終了という、最悪の終焉を迎えるかもしれなかった。それだけは断じて駄目だ。ちゃんと奴が犯した罪と、向き合わせなければ。


 キクマはサエモンに連絡するため、車に備え付けの無線を取った。サエモンたちが拠点として使っているアパートに連絡を入れる。真夜中だが、サエモンはそこで寝泊まりしていることが多い。


 頼む繋がってくれ。

 キクマは祈る。これほどまで、サエモンに頭を下げようと思ったことはない。ノイズの嵐を抜けて、明瞭(めいりょう)に音は凪だ。いつもは憎らしく思える男の声が遠く、くぐもって聞こえた。


「はい――。サエモンです――。応答してください――」


 まだ眠っていなかったようで、声はハッキリとしていた。

 

「どうしました――? 応答してください――」


 いたずらだと思ったのか、サエモンの声に少し棘が含まれる。


「俺だ」


 サエモンは口をつぐんだ。姿を見ずとも、今どのような顔をしているのかを想像するのは容易いなことだ。


「こんな時間に何ですか? 嫌がらせですか」


「いや、違うんだ。おまえに折り入って頼みたいことがある」


 自分から借り作ることを何よりも嫌がるキクマが、折り入って頼みがあるといっている。ただごとではないと、サエモンは即座に理解する。


「今、ジェノベーゼの館の近くにいるんだが、応援を送ってもらえないだろうか」


「ジェノベーゼの館? どうして、そんなところにいるのです」


「話せば長くなるんだ。ジョン・ドゥが館に忍び込んだ。ここからじゃ、中の様子は伺えないが、このままでは殺されてしまうだろう。ジェノベーゼよりいち早く、ジョンを捕まえたい。それなりの応援を送ってもらえないか」


 しばらくサエモンは無言。暗い車内ではかすかに聞こえる、息づかいだけが異様に大きく聴こえた。


「わかりました。あなたに言われずとも、近々決着をつけなければいけない事案でしたから」


「どういうことだよ?」


「ルベニア教会が行っていた実験の証拠をつかみました」


 サエモンは何事もなかったようにサラッと言った。どうでもいいことを話すように、言うので危うく聞き逃すところだ。


「いつ捜索に入ったんだよ?」


「四日ほど前です。予期せぬ事件が起きてしまい、タダイ神父はなくなってしまいましたが」


 神父は亡くなったというのか? なら、実験の証人はいなくなってしまったということではないか。失敗。


「何が起きたっていうんだよ?」


「一酸化炭素中毒死です。説明すればするほど、説明せねばならないことが増えるので今は省きますが、後に教会内を捜索していると、燃え残った紙の束から、ジェノベーゼが実験を行っていると思われる研究所の大方の場所を突き止めました。時間はかかりますが、絞り込むことができるでしょう」


「研究所? ルベニア教会がそうだったんじゃないのかよ?」


「ルベニア教会もその一部です。ルベニア教会で養護されていた子供たちに話を聞いたところ、毎月決まって検査が行われていた、と。きっと、それがUB計画の実験だったのでしょう。そして、もう一つ、ニックという子供を我々が保護しています。ニックくんが証言してくれれば、起訴することもできるでしょう」


 聞きたいことが山のようにできたが、今はそれどころではない。


「わかった、今はそんなことよりも速く来てくれ。できるだけ速く」


 キクマは(速く)という言葉を強調していった。


「完全武装でだぞ」


 言って、キクマはラックに無線をかけた。


  *


 サエモンは無線を切り、背後ですべての話を聞いていた部下たちに向き直る。


「聞いていましたね」


 プヴィールはうなずく。


「予定より、少し早いですが準備はすでに整っています。今からでも連絡すれば、特殊部隊の隊員たちを集められます」


「そうですか。では今すぐにジェノベーゼの館に集合するように説明してください。我々の目的はラッキーの捕獲です。丁度いいではありませんか、何でも今日は盛大なお祭りになりそうだ」


 サエモンは部下たちに微笑みかけ、とびらに消えた――。

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