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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case180 お告げ

 茜さす月が輝く夜に。赤くなるでもなく、かといって普段の銀光(ぎんこう)を放っているわけでもなく、中途半端な月夜。


 こんな夜は何故かわからないが、よくないことが起こる気がしてならない。胸騒ぎのような野性的感覚が、キクマを駆り立てる。キクマは部屋の窓から、不気味な月を見上げていた。


 この胸騒ぎは何なのだろうか、貧乏ゆすりが激しさを増している。

 子供のころからだ。このような胸騒ぎがすると、決まってよくないことが起きた。


「おい、どうしたんだよ? ガタガタガタガタうるせえなッ!」


 テーブルに両足を乗せて、だらしなくソファーに座りタバコをふかしていた、ウイックがうっとうしそうにいった。キクマはウイックの剣幕などつゆ知らず、意を決したように立つ上がる。


「行くぞ」


 言って帽子掛けにかけていた、スーツを羽織りキクマはとびらに向かう。


「は? こんな時間からどこに行くって言うんだよ……。もう、帰る時間だろうが」


 スーツの前ボタンを留めて、キクマは振り返り言い放った。


「ジェノベーゼの館にだよ――」


  *


 もう、どれだけ、変哲もない日々が過ぎただろうか。タダイ神父が、ジェノベーゼの館におもむいて、からの数日間、怪しい動きはなかった。


 さすがに潮時ということだろうか。これ以上、待ったところで何も手がかりはつかめそうにない。このさい、乗り込んで教会ないを片っ端からひっくり返してしまおうか。


 気が長いサエモンでも、そろそろ限界が訪れていた。いや、焦りは禁物だ。昔の恩師であり、上司だった人に何度も注意を受けた。上司はとても恐ろしく、けれどやさしい人でサエモンに色々なことを教えてくれた。


 サエモンがですます調になったのも、元を正せば上司の影響である。

 そんなことを思い出しながら、かれこれ二時間は経っていただろう。

 けれど、また踏ん切りがつかなかった。


 チャンスは一度きりなのだ。もし、このチャンスを逃せば、真相は闇の中、慎重になって当然だった。ピリピリとした雰囲気をかもし出すサエモンとは対照的に、暇そうな目でスコープを覗き込む男がもう一人。


「変化、ありませんね……」


 あくびをかみ殺したような、間延びした声だった。


「しっかりしてください。見逃したら、どうするつもりですか?」


 呆れたように、サエモンはプヴィールにいった。


「しっかり、目をそらさずにずっと見てますよ……」


 言って、ハンドルに固定したスコープの倍率をいじくる。


「けれど……もう何日ですか? 証拠はつかんだじゃないですか。神父がジェノベーゼの館に入って行くところの写真も撮った。これ以上の証拠はあるでしょうか? 一番手っ取り早いのは、神父を連行して、吐かせることじゃないですか?」


 確かに、プヴィールの言いにも一理ある。

 そのことに関しては、文句はない。

 けれど、何故かプヴィールが日に日に、上司である自分にため口を聞いている気がしてならない。ため口ではないけれど、まるで友達と接するときのような口を訊いている。


 恩師に言われた。

 上下関係はきっちりしなければならない、と。

 このままでは、キクマとウイックのような上下関係なしの関係になってしまうのではないか……。ここは、注意をしておいたほうが……。


「どうしたんですか?」


 プヴィールはサエモンの様子がおかしいことに気付いた。

 当然の成り行きだった。

 男が男の横顔をチラチラと何度も見るのはおかしい。


「え、いや。その……」


「トイレですか? ちゃんと、様子を見ときますから、行ってきてください」


「いえ……そうではなく……」


 サエモンが口ごもるのは珍しい。

 そのしぐさに、プヴィールは顔をしかめ、ますます気持ち悪がった。


「えーっと……そのですね……」


 言葉を探すサエモン。

 怪訝に顔を歪めるプヴィール。

 混乱するのもつかの間、すぐにこんなの自分ではない、と気付き吹っ切れた。


「あのですね。最近、私に対して、友達のように接してませんか?」


 なんだ、そんなことか、という顔でプヴィールは再びスコープを覗き込む。


「何を言っているんですか? そんな、わけないでしょ。あなたは僕の尊敬する上司です。友達のように接するなんて、恐れ多い。あの刑事たちじゃないんですから、上下関係は心得ているつもりですよ。もし、そのように思われる態度を僕がしていたのなら、直します」


「いえ、別に友達のように接するのが、悪いと言っているのではありません。ただ仕事中は上下関係をハッキリさせておかないと、仕事に差し支えがでるというだけのことです」


 サエモンは慌てて、補足した。


「そうですね」


 何が面白かったのか。プヴィールはおかしそうに微笑んだ。

 気がほぐれたからか、サエモンの気持ちに折り合いがついた。

 このまま、迷っていてもはじまらない、確固たる証拠がつかめるまで見張りを続けるわけにもいかないだろう。


 もし、張り込んでいることが悟られ、どこかに逃亡されればそちらこそお仕舞だ。


「決めました」


 サエモンは迷いの吹っ切れた声で、プヴィールに告げた。


「明日、突入しましょう。待っていては何もはじまりません。まずは、神父を捕えて、ジェノベーゼとのつながりや、UB計画のことを聞きだすのです」


「はい。わかりました」


 今までだるそうにしていたプヴィールの目つきが変わった。


「それでは、その方針で皆に伝えます」


 言って、プヴィールは車に備え付けの無線で、近くに待機している仲間たちに趣旨を伝えた。仲間たちの声も、覇気を取り戻していた。


 辺りが薄暗くなりはじめた夕暮れ。

 遠くの空は赤銅色(しゃくどういろ)と、黒に果てしなく近い青を混ぜたような色になっている。今日も変わりはなかった。


 一日の終わりを感じたはじめたときのこと。

 いつもは、これ以上張り込んだところで、何も起こらないのだが今日は違った。辺りが薄暗くなりかけていたが、異変にいち早く気付くことができた。


 小さな子供が足をもつれさせながら走り、丘を下ってきている。一瞬、変化を求める自分の眼が映し出す幻影だと疑ったが、となりにいるプヴィールも目を見開いている。


 間違いない。これは自分の願望が映し出す、幻覚なのではない。間違いなく、子供は逃げるようにして丘を下っていた。秒を追うごとに、だんだんとそのシルエットはハッキリして見える。


「いったいっ、どうなっているのですかっ」


 サエモンはスコープを覗き込む、プヴィールに訊いた。

 

「わかりません……」


「とにかく、子供を保護して話を聞きましょう」


 迷うことはなかった。

 サエモンは車のドアを蹴破るように開けて、飛び出した。

 教会の中で何かが起きている。

 そんな予感をサエモンは感じた――。

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