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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case177 祭壇の仕掛け

 とびらの中から、重い何かが動くような重低音が聴こえた。

 セレナたちは聖堂に続くとびらに耳を添え、中の様子を想像する。

 

 ニックは神父の後に続き、聖堂の中に入っていった。

 神父の部屋でどのような会話が繰り広げられていたのか、知るすべはないが、出てきたときのニックの背中は憂を帯びていた。


 ニックと神父に気付かれないように、セレナ、チャップ、ミロル、アノンは二人の後を付けていた。そして、二人が入っていったのは、聖堂だったのだ。


「何かが動くような音だったな……」


 チャップが囁くような声でつぶやいた。

 しばらくすると、また、重い何かが動くような重低音が聖堂の中から聴こえた。痺れを切らせ、チャップはとびらをこぶし一個分ほど開けた。


「ちょっと……何してるのよ……。バレたらどうするつもり……」


 けれど、魅せられたようにチャップは聖堂の中を覗き込んでいる。


「どうしたの……?」


「ニックたちがいないんだ……」


 そういって、チャップはとびらを開けた。

 

「ちょっとっ、なに……」をしているの、と言おうとしたとき横目に見えた聖堂に中には、確かにニックたちの姿は消えていた。


「どういうこと……」


 セレナは狐につままれたような顔で、聖堂に足を踏み入れた。

 今しがたまで、聖堂内に人のいた気配は残っているのだが、どこを見渡そうと誰もいない。これは……いったいどういうことだろうか……。ニックと神父はどこに消えてしまったのだろう……?


 チャップはワインレッドの絨毯を踏み、中央の祭壇のところに向かった。ミロルとアノンも周囲を警戒しながら歩む。


「どこに消えちまったんだ……。外に出ちまったのかな……?」


「いえ、それはないと思う。きっと、この聖堂のどこかに隠しとびらみたいなものがあるのよ。今聴こえた、あの何かが動くような音はきっとそれだわ」


 セレナは聖堂内を見渡しながらいった。


「隠しとびらって、そんなもん、ここにあるわけないだろ」


「そんなのわからないじゃない。パイプオルガンとかどかしてみたら、地下に続く階段とかあらわれるかもしれないじゃない」


「そんな、無茶な……。あんなもん動かせるわけないだろ」


 セレナは目を三角にして、パイプオルガンを指さした。


「やりもしないで、なんでわかるの」


 チャップは仕方ない、と首をだるそうに振り、ミロルにいった。


「ミロル。ちょっと、手伝ってくれ」


 チャップとミロル二人がかりでパイプオルガンを押したが、巨岩を前にしているかの如く、一ミリも動く気配をみせなかった。


「ほら、パイプオルガンなんて動かせるわけないだろ。キャスターが付いているならともかく。神父とニックじゃ動かすなんて無理だよ」


 セレナは納得しきれないらしく、眉間に皺を寄せた。


「だけど、あの音は何かが動いた音よ……」


 参ったな、とチャップは後頭部を掻いた。

 ミロルが祭壇の下に歩み寄り、何かに気付いたようにしゃがみ込んだ。


「どうしたんだ?」


 チャップが問うと、ミロルは静かにするように人差し指を口元に添えた。セレナとチャップは顔を見合わせて、ミロルの下に足を運んだ。


「どうしたんだよ?」


 ミロルは立ち上がり、困惑に顔を歪める二人に答えた。


「風が吹き抜けてる」


「風?」


 答えを聞いて、チャップの顔は引きつった。


「ああ、この祭壇の下に風が吸い寄せられてる」


 ミロルは祭壇と地面の間に空いた、わずかなすき間を指さしていった。

 ことの真相を確かめるように、セレナはしゃがみ込み顔を地面につけてすき間を覗き込んだ。肩下ほどの長い黒髪が、地面に広がり夜のとばりを降ろしたようにカーペットを覆った。


「本当。確かに、風が吹き抜けてるわ」


 驚き、猫のように目を見開いてセレナは顔を起こした。


「本当かよ……」


 チャップはそれでも疑わしそうに、目を細めた。


「だったら、自分で確かめなさいよ」


 ムッと眉を吊り上げて、セレナは地面を指さした。

 渋々チャップも、地面に頬をこすりつけ祭壇のすき間を覗き込む。


「本当だ……」


「でしょ。祭壇の下に、空洞があるんだわ。きっと地下へと続く通路があるはずよ」


 そういって、セレナは祭壇を全力で押した。顔をおとし、腰を低くして全体重をかけたが、少女の非力な力では高重量の祭壇を動かすことはできなかった。


「おい……ムリだって……。普通に考えてみろよ。おまえに動かせるわけないだろ」


 チャップが止めるが、セレナは諦めようとしなかった。

 駄目でもともと、チャップも全体重をかけて、祭壇を押してみたが動かない。


「おい、ミロル。見てないで――おまえも手伝え――」


 苦しそうに顔を赤くし、チャップは声を絞り出した。

 三人がかりで押してみるも、動く気配はなかった。子どもの力だからなのか、祭壇自体が地面に固定されているのか、一ミリも動かない。


「駄目だ……」


 祭壇を背もたれにして、チャップは倒れ込んだ。


「だけど――動かす方法があるはずよ……」


 セレナは考えた。

 きっと、何か仕掛けがあるはずだ。

 例え大人でも、この祭壇を一人で動かすことはできない。


 なら、どうやって神父は動かしたのだろう……。

 祭壇を動か、仕掛けがあるはずなのだ。

 きっと、祭壇のどこかに……。


 セレナは注意深く、人工的につくられたような仕掛けを探した。

 祭壇の上には聖書が置かれ、大理石が使われているような台は滑らかだった。


 太い足が四つ、体を支えている。張りぼてのようなものが、足の間に取り付けられ内側を隠していた。


 しばらく、観察していると台の間に手を入れられそうな細い、すき間が開いていることに気が留まった。


 セレナは無意識に、すき間に手を差し込む。

 すると何か硬いとってのようなものに触れた感覚があった。


 その光景を見ていた、チャップは「そんなところに手なんか入れたら、危ないだろうが」と言ったときセレナは腕を抜いた。


 同時に地震を想起させるほどに、地面が揺れた。

 一瞬本当に地震かと思ったが、よく周囲を見てみると揺れているのは、セレナたちが立つ、祭壇の一点だけに集中されている。


「な、なんだッ」


 今しがたまでびくともしなかった、祭壇が自動に動いているのだ。ゆっくりとだが、確かに地下へと続く階段があらわれた。見る間に祭壇が背中から離れ、チャップは後ろ向きに倒れた。

 

 祭壇は止まり、地下に続く階段が全貌をあらわした。ランプの灯りが地下に続き、まるでセレナたちを歓迎しているかのように見えた――。

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