case166 神父と黄金色の髪の男
ゴシック調の落ち着いた雰囲気が漂う部屋だった。黄金色の髪をなであげた若い男は、ブラックブラウンのように重い色合いの机についている。
銀色の長い髪を流した少女は、縦長のソファーに寝転び猫のように眠たげな表情で二人の話を聞いていた。
「A1029は確かに適合者です」
そして本革のどっさりとしたソファーに人の良さそうな顔をした男、タダイ神父は腰を下している。
「当然でしょ、彼はわたしの弟よ」
銀髪の少女は勝ち誇ったような顔で、質問に答えた。
「けれど、A1028はまだ未完成です。覚醒方法を忘れてしまっている。どうすれば、彼の記憶を呼び覚ますことができるでしょうか?」
黄金色の髪の男は、机の上で両手のひらを組んだ状態で唸った。
「そうですね……例の薬品は?」
「子供たちの精神崩壊を配慮して、今では月に一度にとどめています。月一に変えてから、子供たちは心神喪失を起こすこともなくなりました。
けれど、適合者はまだ一人も現れていません。つい最近セーラさんとマークさんが覚醒しましたが、駄目でした……」
神父は落胆の意を示した。
「その子たちは?」
「部下たちにどこか遠くの森で開放するように言い渡しました。今もどこかの森で、暮らしていると思います」
黄金色の髪の男は無感情に、神父の話にうなずきを返した。
「やはり、そうそう、適合者があらわれるわけありませんね。数万人に一人と言う割合だそうですから」
黄金色の髪の男はソファーに横になっている、銀髪の少女を見ながらいった。
「A1028に投与する薬の量を増やされてはどうですか? そうすれば、もっと早く適合するのでは?」
黄金色の髪の男がそういうと、銀髪の少女が口を挟んだ。
「増やしてはダメ、そんなことしたらあの子の記憶は一生、戻らなくなるもの。昔みたいにわたしに忠実な、あの子に戻ってもらわなきゃ困るのよ」
少女は鼻と眉間に皺を刻んで、憎々し気にいった。
「あのカウンセラーだか何だか知らない女のせいで、あの子は狂ってしまったわ」
その声は聞いているだけで息苦しさを感じてしまうほど、禍々しく邪悪なオーラが溢れていた。けれど、数秒も経たないうちに何事もなかったかのように、少女はいつもの無表情に戻る。
「それよりもいい方法は、強いショックを与えることよ。一番効果的なのは怒りの感情よ。強いショックを与えるの。そうすれば、記憶も戻るかもしれない」
「強いショックと言いますと……?」
「そうね。あのこと一緒にいた子供たちがいるじゃない。その中から二人か三人選んで目の前で殺したらショックで、覚醒するのではないかしら。まったく、人間というものは慣れ合うと弱くなるものね」
少女は楽しい話でもするように、微笑みながらいった。
「殺す……ですか……」
「なに弱気になっているのよ。あなた何人の子供たちを、化け物に変えたと思っているの? あなたがやっていることは、殺し同然よ。今更、人一人殺すぐらいわけないでしょ」
少女の話が終わると同時に、コツコツととびらをノックする音が室内に響いた。
「何だ? 今大事な話をしているところだ」
黄金色の髪の男は苛立たし気に、とびらの向こう側にいるであろう部下に言い放った。
「申し訳ありません……けれど、知らせておかなければならないことがあるのです……」
死をも覚悟しているような、引き締まった男の声だった。その尋常ではない様子に、黄金色の髪の男は部下を部屋に通す。
「いったい、なんだ?」
部下は軍人が上司に敬礼をするように、ピンと背筋を伸ばして腹から答えた。
「先ほど、刑事と名乗る男がおかしなことを言ったのです」
「刑事?」
“刑事„という言葉に反応して、黄金色の髪の男は怪訝に顔を歪めた。
「いったい、刑事が何の用で来たんだ?」
「はい。何でもひと月前にパーティーで騒ぎを起こした、暗殺者のことで調べているのだとか」
「ジョンのこと?」
今までだるそうにしていた銀髪の少女は、起き上がり興味を示した。
「ええ……たぶんそうだと思いますが……。今朝、我々の仲間がその男に殺されたと、言っていました」
「殺された? 誰がだ」
「今、調べております……。何でも、その刑事は暗殺者を追っているのだと。それで、我々もその男を追っていると思っているらしく、捜査に協力しろと言ってきました。返事を聞きにまた明日来ると」
銀髪の少女は「ハハハ」と腹を抱えて笑った。
「刑事がマフィアに捜査の協力をしろというの? 面白い刑事もいるものね。まあ、確かにあのとき取り逃がした汚名があるから、一部の人はジョンを追っているでしょうね。ちょっと、強く言い過ぎちゃったかしら」
この事態を引き起こした黒幕は銀髪の少女だった。
「まあ、わざわざこっちから捜しにいかなくてもジョンの方から、近いうちに来てくれると思うけどね。せっかくの余興を警察なんかに邪魔されたくないわ。明日その刑事が来たら、追い払ってちょうだい」
「はあ……。ボスもそれでよろしいですか?」
部下は椅子にもたれかかっている、黄金色の髪の男にも問うた。
「ああ、彼女がそういうなら、そうしてくれたまえ」
「わかりました」
頭を下げて、尻から部下はとびらに消えた。
「だけど、気になるな」
黄金色の髪の男はポツリとつぶやく。
「何が?」
「どうしてこの状況で、刑事が来たのか? だよ。もしかしたら、ジョン君を追っているというのは、フェイクでもっとべつの目的があったんじゃないかと思ってね」
「例えば?」
「計画のことを嗅ぎまわっている、ということはないだろうか? 神父、最近誰かに見張られていると感じたことや、怪しい人物を見たということはありませんか?」
黄金色の髪の男はタダイ神父に話を振った。
神父はうろたえたように、あたふたと首を振る。
「いえ、そんな人物はいません。ここに来る前も最善の注意を払いました。後をつけられていれば、すぐにわかります」
タダイ神父はまくし立てるようにいった。
「そうですよね。けれど、今以上に最善の注意を払ってください。今日はこれまでにしておきましょうか」
「はい。そうですね」
タダイ神父は立ち上がり、頭を下げた。
「それでは、失礼します」
銀髪の少女は神父を横目に見ながら、最後に言い放つ。
「いいこと、彼に強いショックを与えることよ。そうすれば、彼は覚醒すると思う」
神父は頭を下げた。
「わかりました。教えていただきありがとうございます」