表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
205/323

case166 神父と黄金色の髪の男

 ゴシック調の落ち着いた雰囲気が漂う部屋だった。黄金色の髪をなであげた若い男は、ブラックブラウンのように重い色合いの机についている。


 銀色の長い髪を流した少女は、縦長のソファーに寝転び猫のように眠たげな表情で二人の話を聞いていた。


「A1029は確かに適合者です」


 そして本革のどっさりとしたソファーに人の良さそうな顔をした男、タダイ神父は腰を下している。


「当然でしょ、彼はわたしの弟よ」


 銀髪の少女は勝ち誇ったような顔で、質問に答えた。

 

「けれど、A1028はまだ未完成です。覚醒方法を忘れてしまっている。どうすれば、彼の記憶を呼び覚ますことができるでしょうか?」


 黄金色の髪の男は、机の上で両手のひらを組んだ状態で唸った。


「そうですね……例の薬品は?」


「子供たちの精神崩壊を配慮して、今では月に一度にとどめています。月一に変えてから、子供たちは心神喪失(しんしんそうしつ)を起こすこともなくなりました。

 けれど、適合者はまだ一人も現れていません。つい最近セーラさんとマークさんが覚醒しましたが、駄目でした……」


 神父は落胆の意を示した。


「その子たちは?」


「部下たちにどこか遠くの森で開放するように言い渡しました。今もどこかの森で、暮らしていると思います」


 黄金色の髪の男は無感情に、神父の話にうなずきを返した。


「やはり、そうそう、適合者があらわれるわけありませんね。数万人に一人と言う割合だそうですから」


 黄金色の髪の男はソファーに横になっている、銀髪の少女を見ながらいった。


「A1028に投与する薬の量を増やされてはどうですか? そうすれば、もっと早く適合するのでは?」


 黄金色の髪の男がそういうと、銀髪の少女が口を挟んだ。


「増やしてはダメ、そんなことしたらあの子の記憶は一生、戻らなくなるもの。昔みたいにわたしに忠実な、あの子に戻ってもらわなきゃ困るのよ」


 少女は鼻と眉間に皺を刻んで、憎々し気にいった。


「あのカウンセラーだか何だか知らない女のせいで、あの子は狂ってしまったわ」


 その声は聞いているだけで息苦しさを感じてしまうほど、禍々しく邪悪なオーラが溢れていた。けれど、数秒も経たないうちに何事もなかったかのように、少女はいつもの無表情に戻る。


「それよりもいい方法は、強いショックを与えることよ。一番効果的なのは怒りの感情よ。強いショックを与えるの。そうすれば、記憶も戻るかもしれない」


「強いショックと言いますと……?」


「そうね。あのこと一緒にいた子供たちがいるじゃない。その中から二人か三人選んで目の前で殺したらショックで、覚醒するのではないかしら。まったく、人間というものは慣れ合うと弱くなるものね」


 少女は楽しい話でもするように、微笑みながらいった。

 

「殺す……ですか……」


「なに弱気になっているのよ。あなた何人の子供たちを、化け物に変えたと思っているの? あなたがやっていることは、殺し同然よ。今更、人一人殺すぐらいわけないでしょ」


 少女の話が終わると同時に、コツコツととびらをノックする音が室内に響いた。


「何だ? 今大事な話をしているところだ」


 黄金色の髪の男は苛立たし気に、とびらの向こう側にいるであろう部下に言い放った。


「申し訳ありません……けれど、知らせておかなければならないことがあるのです……」


 死をも覚悟しているような、引き締まった男の声だった。その尋常(じんじょう)ではない様子に、黄金色の髪の男は部下を部屋に通す。


「いったい、なんだ?」


 部下は軍人が上司に敬礼をするように、ピンと背筋を伸ばして腹から答えた。


「先ほど、刑事と名乗る男がおかしなことを言ったのです」


「刑事?」


 “刑事„という言葉に反応して、黄金色の髪の男は怪訝に顔を歪めた。


「いったい、刑事が何の用で来たんだ?」


「はい。何でもひと月前にパーティーで騒ぎを起こした、暗殺者のことで調べているのだとか」


「ジョンのこと?」


 今までだるそうにしていた銀髪の少女は、起き上がり興味を示した。


「ええ……たぶんそうだと思いますが……。今朝、我々の仲間がその男に殺されたと、言っていました」


「殺された? 誰がだ」


「今、調べております……。何でも、その刑事は暗殺者を追っているのだと。それで、我々もその男を追っていると思っているらしく、捜査に協力しろと言ってきました。返事を聞きにまた明日来ると」


 銀髪の少女は「ハハハ」と腹を抱えて笑った。


「刑事がマフィアに捜査の協力をしろというの? 面白い刑事もいるものね。まあ、確かにあのとき取り逃がした汚名があるから、一部の人はジョンを追っているでしょうね。ちょっと、強く言い過ぎちゃったかしら」


 この事態を引き起こした黒幕は銀髪の少女だった。


「まあ、わざわざこっちから捜しにいかなくてもジョンの方から、近いうちに来てくれると思うけどね。せっかくの余興を警察なんかに邪魔されたくないわ。明日その刑事が来たら、追い払ってちょうだい」


「はあ……。ボスもそれでよろしいですか?」


 部下は椅子にもたれかかっている、黄金色の髪の男にも問うた。


「ああ、彼女がそういうなら、そうしてくれたまえ」


「わかりました」


 頭を下げて、尻から部下はとびらに消えた。


「だけど、気になるな」


 黄金色の髪の男はポツリとつぶやく。


「何が?」


「どうしてこの状況で、刑事が来たのか? だよ。もしかしたら、ジョン君を追っているというのは、フェイクでもっとべつの目的があったんじゃないかと思ってね」


「例えば?」


「計画のことを嗅ぎまわっている、ということはないだろうか? 神父、最近誰かに見張られていると感じたことや、怪しい人物を見たということはありませんか?」


 黄金色の髪の男はタダイ神父に話を振った。

 神父はうろたえたように、あたふたと首を振る。


「いえ、そんな人物はいません。ここに来る前も最善の注意を払いました。後をつけられていれば、すぐにわかります」


 タダイ神父はまくし立てるようにいった。


「そうですよね。けれど、今以上に最善の注意を払ってください。今日はこれまでにしておきましょうか」


「はい。そうですね」


 タダイ神父は立ち上がり、頭を下げた。


「それでは、失礼します」

 

 銀髪の少女は神父を横目に見ながら、最後に言い放つ。


「いいこと、彼に強いショックを与えることよ。そうすれば、彼は覚醒すると思う」


 神父は頭を下げた。


「わかりました。教えていただきありがとうございます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ