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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case165 馬鹿な考え

 屋敷の前には黒いフォルクスワーゲン・ビートルが止まっている。ウイックとキクマは城のように巨大な屋敷を見上げていた。毎度のことながら、新鋭の黒服たちが屋敷周辺を見張っている。


 この期に及んで、引き返すわけにはいかない。

 ウイックはキクマを小突いた。


「おい、門前にいる奴に事情を説明してこいよ」


「ああ……わかってるさ……」


 キクマはどう話を切り出そうか、思案する。

 下手をすれば、取り返しのつかないことになるのだ。

 慎重になって当然だった。


 話をするだけで、向こうも荒事にはしないだろう。

 しないと信じるしかないのだが……。


 キクマは物陰から、出てゆっくりとした足取りで屋敷の門に向かった。門兵二人は近寄ってくる、キクマを視界にとらえると警戒の色をあらわにした。


 ここで、取り乱しては帰って不審者だと思われてしまう。キクマは邪念を頭から追っ払い、ただ歩くことだけに集中している。


「おい、おまえ。何か用でもあるのか?」


 屋敷との距離二十メートルほどで、黒服はキクマを呼び止めた。キクマはその場で立ち止まり、無抵抗の意志を示すために両手を上げた。


「怪しいものじゃない。聞きたい話があるんだ」


 キクマのその態度から、一般人ではないことを悟った黒服たちは更に警戒の色を濃くする。


「おまえは何者だ?」


 どう答えたものかキクマは一瞬考えた。この状況で嘘をつくのは得策ではない。キクマは正直に答える。


「刑事だ」


 予想外の回答に黒服たちは目を見開き、お互いに顔を見合わせた。


「ふざけてんだったら、痛い目に遭わすぞ」


 相手を脅すためだけに進化したような声で、黒服がいった。


「冗談じゃない」


 キクマは黒服の眼を真っすぐに見つめて、続ける。


「あんた達を捕まえに来たわけじゃない。ひと月前にこの屋敷であった、事件のことで来たんだ」


 意味がわからないようで、二人の黒服は顔をしかめた。


「何のことを言ってんだよ?」


「ひと月前に催されたパーティーで、あんた達のボスの命を狙った暗殺者のことで話を聞きに来たんだ。俺はずっとその暗殺者を追っている。あんた達はその暗殺者の正体を知っているんだろ」


 黒服は何を思ったか、黙ってキクマの話を聞いている。続きを話せということだろう。キクマは続ける。


「あんた達もその犯人を捜してるんだろ? そいつを捕まえるために、協力して欲しいんだ。だから、あんたらのボスに話を通してくれないか」


「何言ってんだ? おまえの話を信じろって言うのか?」


 キクマは奥の手を出した。今朝の出来事だ、まだファミリーの人々には知られていないようだ。


「今朝、あんた達の仲間と思しき男が中央広場で殺されているのが見つかった。犯人はあんた達が追っている、ジョン・ドゥだ」


 黒服は怪訝に顔をしかめた。


「その話を真に受けろって言うのか? ボスは大事なお客と話をしている。これ以上おかしなことを言うようなら、ただじゃおかねえからな」


 これ以上粘っても意味がないと悟り、キクマは引いた。


「わかった。明日もう一度だけくる、ボスに話だけでもしといてくれ」


 そう言い残し、キクマは黒服たちに背を向けた。


  *


「あの人はいったい……何をやっているのですか……?」


 サエモンは驚きで、それ以上の言葉が浮かばなかった。タダイ神父を追ってくれば、ジェノベーゼの館にたどり着き。今度はキクマたちがやってきた……。


 因果という思想を否定していたサエモンですら、信じてみようという考えに変わった。


「何かを話しているようでしたが……」


 プヴィールはスコープを覗き込んで、キクマの姿を追っている。


「あ、ウイックさんも物陰にいますよ」


 キクマたちはサエモンたちが張り込んでいる方とは、正反対の方に帰っていく。屋敷を迂回して、建物に身を隠せば難なく屋敷を横切ることができた。


 サエモンはドアを開けて、半身を外に出した状態でプヴィールにいった。


「屋敷を見張っていてください」


「え……どうされるのですか……?」


「あの二人を呼んできます」


 サエモンはドアを閉めた。


  *


「こんなところでいったい、何をやっているんですか?」


 サエモンは強引に物陰にキクマとウイックを連れ込んで、責めるように問うた。キクマは不貞腐れたように、目をそらして耳をかいている。


 ここにいては話せない。

 とりあえずサエモンはキクマたちを車に連れ帰った。


 プヴィールは館を見張りながらも、チラチラとバックミラーを覗き込んでいる。サエモンとキクマのピリついた空気のせいで、車の中は息苦しかった。


「いったい何を考えているんですかッ。マフィアに協力を頼むだなんてッ」


 サエモンに負けじとキクマも言い返した。


「しゃあねぇーじゃねえかッ。今一番ジョン・ドゥの情報を持っているのは、あいつらなんだからよ。あいつらも奴を追っているんだ。

 このままだったら、奴らに殺されちまうぞ。なら、ヤ―さんと協力してでも捕まえた方が、警察の株も上がるってもんだろ。このことは伏せて置けばバレないことだ」


「却下です。警察が裏社会の人間と手を組むなど」


 キクマは腹立ちまぎれに、ポツリとつぶやいた。


「よくいうな。屋敷に泥棒に入った奴が」


「え? なんて言いました?」


「何も言ってねえよ。それより、何でおまえ達がここにいるんだよ? 前のときといい、今回と言い、おまえら俺のこと付けてるんじゃねえだろうな?」


 露骨にサエモンは顔をしかめた。


「心外です。誰があなたをストーキングすると言うんですか。ルベニア教会のタダイ神父が、いま屋敷の中に入ってるんですよ。あのフォルクスワーゲンは神父の車です」


「本当か! 確固たる証拠じゃねえか」


「ええ、バッチリカメラに収めました。これで言い逃れはできません。後は実験の証拠さえつかめば確保できます」


 それから、一時間後タダイ神父が屋敷から出てきた――。

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