case164 敵の敵は味方?
中央広場は違った意味合いで、賑わいを見せている。鑑識官たちはシートを張った周辺をせわしなく、まるで蟻でも捜すような格好で調べている。
野次馬はそんな鑑識官を動物園の動物のようでも見るように、眺めていた。野次馬の間を割って、キクマとウイックは中央に躍り出る。
「あ、ちょっと一般人はその線より先に入らないでください」
慌ててそういって、鑑識官の一人が二人の下までやって来た。
「あ、ウイック警部とキクマ刑事じゃないっすか」
そのひょうきんな口の訊き方で、キクマは思いだした。
「ハシトじゃねえか。よく会うもんだな」
「当然っすよ。事件あるところにハシトありっすからね」
二人はとりあえず、野次馬たちから距離をとるためにチョークで型どりをされた現場に足を向けた。
「で、被害者は?」
「すでに運ばれました」
「死因は?」
酒場で話を聞いていたので、わかっているが一応答え合わせをしておく。
「首の頸動脈を切られたことによる、出血多量、ショック死です。犯人は警部たちが追っている奴ですか?」
「ああ、決まりだろうな」
キクマが答える。
「で、被害者の身元はわかっているのか。何でも聞いた話じゃあ、ジェノベーゼの部下だとかって話だったが」
するとハシトは驚きに目を見開いた。
「もう、そこまで話が広まってるんすか!」
歳気もなく取り乱してしまったことを恥じるように、ハシトは咳ばらいをして続けた。
「はい、その通りです。名前まではわかりませんが、ジェノベーゼファミリーの奴らが使う銃と、ファミリーの征服みたいな黒いスーツから、まず間違いないでと思います」
「ひと月ほど前にジェノベーゼのパーティーで起きた事件を知っているか?」
キクマはハシトに問う。
「あ、はい。さわりくらいは、どこかの殺し屋がボスを暗殺するために、パーティーに忍び込んだっていう話ですよね」
「ああ、これでハッキリした。そのどこかの殺し屋がジョン・ドゥだ。ジョン・ドゥはジェノベーゼの手の者に追われてるんだよ」
「つまり、ファミリーはジョン・ドゥの正体を知っているってことですよね? だって、顔を知らないんじゃ、追うことなんてできないっすもんね」
キクマはうなずいた。
「ああ、暗殺に失敗したジョン・ドゥの顔をファミリーの奴らは見ている」
そのとき、またも聞き覚えのある渋い男の声が割り込んだ。
「何、話してるんだ?」
ハシトが師匠と崇める、ベテランの鑑識官だ。
「あ、今刑事さんたちから、面白い話を聞いていたんですよ」
「面白い話?」
「はい、今回の被害者はジェノベーゼの部下たちでしょ。それと、ひと月前に起きた、ジェノベーゼのボス暗殺未遂事件。あれのせいで、ファミリーはジョン・ドゥに報復するために追ってるって言うんですよ」
「それが、どうしたんだ?」
それから先を答えられず、ハシトは言葉を詰まらせた。
「つまりだ。ファミリーに捜査の協力をしてもらうって手は、どうかって話だ」
キクマの発言に、みな絶句した。
「何を言ってるんですか……。そんなこと無理に決まってるじゃないですか……」
ハシトは困惑に舌をもつれさせながら、キクマを諭す。
「調査に協力するのは一般人の義務だろうが」
けれどキクマは聞く耳をもたない。
「今一番手がかりを握っているのは、マフィアなんだよ。あいつらもボスの命を狙われたうえ、部下まで殺され、取り逃がしている。このままコケにされたんじゃ、面子にかかわるはずだ」
キクマは何が言いたいのだろう……。
ハシトは緊張の面持ちで、話を聞いていた。
「つまり、敵の敵は味方だ。ジョン・ドゥを捕まえるためなら、あいつらも手を貸してくれるんじゃねえか」
「そうかもしれませんが……すごいこと考えますね。だけど、そんなことしたら、後々大変なことにならないっすかね……?」
野次馬たちに聞かれないように、ハシトは声を潜めていった。
「なったとしても、そのころにはもうすんじまったことになるじゃねえか」
キクマにこれ以上説いても話にならないと思ったのだろう。ハシトは今まで沈黙をついていたウイックに話を振った。
「警部からもいってください。そんな無茶なことしないように……」
けれど、ウイックを頼ったハシトの算段は間違っていた。
「べつにいいんじゃねえの。このまま、追っていたって絶対に捕まえられないんだからよ。ちょっと危険を冒してでも、挑戦している価値はあるだろう」
とは言ったものの、どうすればジェノベーゼファミリーの協力を得られるだろうか。そのまま乗り込み、事情を説明すれば納得してくれる相手だろうか。
それは否だ。納得してくれるほど甘い相手ではない。
けれど、これしかないのだ。ジョン・ドゥに近づく方法は……。
「それじゃあ、いっちょマフィアのアジトに乗り込んでみっか。まあ、向こうもむやみやたらに、ハジキを突き付けてくるような真似はしないだろうしよ」
自分が言い出したことだ。キクマはウイックにうなずきかけ、ハシトとベテラン鑑識に別れを告げた。
「また何かわかったら教えてくれ」
ウイックとキクマは街の外れにある、館に向かった――。