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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case162 因縁

 左二の腕に受けた怪我も、ここひと月でだいぶんよくなった。腕を動かしても、痛みを伴うことはなくなっている。包帯で二の腕を縛っているが、これももう必要ないだろう。


 ジョンはここひと月息を潜め、ねぐらを転々としながら生きていた。

 ひと月もの間、ジョンは常に打開策を考えていた。ジェノベーゼの屋敷に捕らわれた、男をどう救い出せばいいのだろうか……と。


 あの事件以来、警備は厳重になっている上に、レムレースがいる。今戻ったところで、死にに戻るようなものだ。あの華奢な体のどこに、あのような力が眠っているというのだろう……。


 あれが、男の言っていた実験が生み出した怪物というものなのだろう……。予想をはるかに超えた力。だとすれば、あの少女を倒す方法は一つしかない。


 以前男から聞いた話をジョンは脳内で反芻する。

 そして、男がジョンに託したリボルバーライフル。そのリボルバーライフルについていた、銀の弾丸。男は言った。実験により生み出された怪物を殺すことができるのは、銀の弾丸だけだと。


 けれど、もう一つ男の家には弾丸以上に使い勝手のいい、ある物があった。ジョンにはそちらの方が性にあっていた。


 あの様子からして、ラッキーもレムレースもジョンが弱点を知っていることは知らない様子だった。だから、余裕でいられたのだろう。


 つまり、その隙に付け込み終わらせるしかない。

 失敗は許されない、チャンスは一度。


 もし、失敗して悟られようものなら、ジョンに勝ち目はない。

 ジョンは男から受け取った、リボルバーライフルの弾倉を取り外し一発一発銀の弾丸を詰め込んだ。六弾、装填し終えるとジョンは弾倉をライフルにセットして重さを確かめるようにして両手で持つ。


 しばらくの間、意味もなく無言でライフルを見ていた。

 気が済んだようで、ジョンはねぐらにしていた空き家を出た。あの一件以来、ジェノベーゼの手の者に前にも増して、追われていた。朝は街中至る所に、黒服たちが闊歩している。


 なので、朝は滅多なことでは行動できない。

 ここひと月の間、午前12時を過ぎてから行動していた。まあ、はじめから夜行性だったのだから、ほとんど変わっていないと言えるのだが。


 しかし、この時間に開いている店などしれている。酒場くらいしかない。ジョンは顔を憶えられないよう、酒場を転々として生活していた。


 ジョンはSerpentという酒場に入った。

 蛇のようにぎょろりとした大きな鋭い目のマスターがジョンを出迎えた。


「いらっしゃい」


 ジョンは客と話に花を咲かせていた、マスターを一瞥して、一番端のカウンターテーブルに座った。こんな時間なので、それほど人は多くないと思っていたが、店内には六人の男と、二人の若い女がいた。


 ふとそのとき視線を客たちに向けていると、客と思しき男と目があった。男は強い信念を秘めるかのような、目でジョンを見てから、何食わぬ顔で視線をそらした。


「注文は何にしますか?」


 マスターは客との話を一時中断させて、ジョンのもとにやってきた。


「この店は何があるんだ?」


「酒類なら大抵ありますぜ」


 そういって、マスターは背後にある巨大なワインラックを示した。ワインラックと言っても、入れられているのはワインだけではないようだ。


「食べ物は?」


「うちは酒専門みたいなもので、つまみ程度の物しか出せませんが」


「それじゃあ、そのつまみを持ってきてくれ」


「酒は何にします?」


 どうやらマスターはジョンが酒を注文すると思っているようだ。当然と言えば当然だ。ここは酒場なのだから、まず酒目当てで来店している客ばかりなのだ。


 ここで酒を注文しなかったら、かえって印象に残ってしまう。仕方なく赤ワインを注文した。


 にぎやかな話声を聞きながら、ジョンはマスターが料理を運んでくるのを待った。


 すでに下ごしらえは済ませていたようで、五分経つか経たないかという短時間で、マスターは甘辛く煮てとろとろになった肉と、色々な野菜をただ混ぜて炒めただけという、男らしい料理を持ってきた。


 後はコンキリエリガーテと魚介類を混ぜた、立派な料理が小皿に少し盛られていた。マスターに礼を言って、ジョンはフォークを取る。


 無言で食べ続け、十分もしないうちに完食した。マスターが出した料理と赤ワインの相性は抜群だった。乱雑な店だが、出される料理と酒は一流なのかもしれない。


 会計を済ませ、ジョンが席を立ったとき今さっきジョンと目があった男も立ち上がった。ジョンはその男を横目に見て、何食わぬ顔で店外へ出る。


 騒然(そうぜん)とした店から外に出ると、何とも言えない物悲しさを感じる。煌々と窓からあたたかな光が漏れる以外は等間隔で灯る外灯の灯りが点々と見える。


 誰も出歩ている者はいない。ジョンは外灯の灯りを頼りに、できるだけ人が通りそうな場所を避けて進んだ。背後から、気配がする。酒場にいた男が付けて来ていることがわかった。


 外灯の灯りの下で、男は立ち止まった。


「おい。偶然だな。おまえを捜していたんだぜ。おまえに逃げられたせいで、どんな目に遭ったかわかるか? ボスが仲裁に入ってくれなかったら、殺されていたかもしれねえ」


 ジョンは無視して進もうと思ったが、男は銃を突き付けている。

 仕方なく立ち止まり、振り返った。


 ジョンと黒服との距離は十五メートル近く開いていた。相手は飛び道具、こちらはナイフ。普通に考えて圧倒的に不利な状況下だ。


 しかしジョンはうろたえた様子はない。ジョンのその態度が気に食わなかったらしく、黒服はどすの効いた声でいった。


「指一本動かせないくらい痛めつけて、お嬢さんの前に引っ張り出してやるよ」 


 黒服はセーフティーを解除して、ジョンに狙いを定める。黒服はゆっくりと、確実に当たる距離まで近づいた。けれど、男は狡猾でジョンとの距離を一定数計っている。


「身に着けている武器を捨てて、手をあげろ」


 ジョンはじらすように、しばらく男の顔色をうかがっていた。


「何してんだ。早く武器を捨てやがれッ」


 黒服はハンドガンを突きつける。仕方なく手首に仕込んでいたナイフを取り外し、地面に捨てた。


「それだけじゃねえだろッ」


 ジョンは肩をすくめて、右前腕につけていた方のナイフも取り外す。左腕は殆ど治ったといっても、激しい運動をすればまた傷が開いてしまうかもしれない。


「よーし。捨てろ」


 黒服は銃を構えたまま、いった。ジョンは左手からナイフを放した。黒服は安心しきったように安堵の表情を浮かべていた。


 ジョンはその気持ちが緩んだすきを突き、重力に沿って落ちるナイフのグリップをつかみなおした。


 黒服はジョンがおかしな行動をとったことに気が付き、発砲した。けれど、焦りで弾は横にそれる。ジョンは右手でつかんだナイフを黒服に向かって、投げた。


 暗闇の中、外灯の灯りを反射しながらナイフは男の横腹に刺さった――。

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