表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
200/323

case161 その日が来た……

 神父は出かけた――。もし本当に逃げるのなら、今以上のチャンスはない。けれど、子供たちの誰も、あれほど逃げようと言っていたセレナでさえも、いざそのときが来ると尻ごみした。


 スカラの話を信じていないわけではない……。子供たちを拘束している鎖とは、ここから逃げてどう暮らしていけばいいのか? という単純なことだった。


 自分たちはここから逃げ出したとして、本当に昔のように人の物を奪い、暮らしていけるのだろうか……。今ならわかる、どうしてスカラが自分たちのことを籠の中の鳥、と表現したのかを……。


 ここを出ても暮らしていけないからだ。

 子どもは一人では生きられない。

 否が応でも、大人の力なくしては生きられないからだ。


 けれど、スカラが言うようにここにいては、取り返しのつかないことになるという嫌な予感をニックは感じていた。


 あの日の夜見た光景は現実だった……。タダイ神父は確かに……マークとセーラーを怪物に変えていた……。


 ここにいては、いつか自分たちもあのような化け物に変えられてしまう……。体の奥底から訴えかける勘が、“逃げろ„と言っていた。自分一人なら、今すぐにでも逃げ出している。


 しかし、一人で逃げることはできない……。家族を置いて逃げることは二度としたくない……。ノッソンに襲われたとき、自分は何もできずチャップとミロルを置いて逃げてしまった……。


 もう二度と家族を見殺しにはしない。自分を犠牲にしてでも、みんなを助ける。ニックはあのときから、心に誓っていた。


 どうにか、説得してここから逃げなければ。


「なあ……。逃げよう……?」


 ニックはポツリと切り出した。


「何だよ急に?」


 チャップが訊く。


「だから……スカラが言うようにここにいちゃ駄目なんだよ……」


「あのな。本当にあんな奴の言うことなんて、信じているのかよ?」


 カノンは茶化すようにいった。


「おれは……見たって言っただろ。タダイ神父がマークとセーラーを怪物に変えているところを……」


 ニックは言いかけて、唾を飲み込んだ。

 改めて、続ける。


「あれは、夢なんかじゃなかったんだ……」


「それも、スカラが言ったことだろ。ニック、おまえあいつの言うことを真に受け過ぎだぜ。おまえをからかってるに決まってんだろ」


 ニックはカノンの眼を力強く見つめて、首を振った。


「いや、あれは夢じゃない……現実に起きたことなんだ」


 子供たちの顔は怪訝に曇った。


「だから、逃げよう。ここにいちゃ、今度はおれ達が危ない……」


 けれど、カノンもチャップも、ミロルもセレナでさえも首を縦に振らなかった。


「セレナもどうしたんだよ? なあ……おまえははじめからここに来る事自体反対だったじゃないか……?」


 ニックは手振りを交えながら、訴えた。


「ええ、今でも嫌よ……。スカラの話を聞いて以来特に……。だけど、ここに来て友達になった子たちを置いてあたしたちだけ逃げられない……」


 セレナが悩んでいたことは、このルベニア教会にいる他の子供たちのことだったのだ。


「だけど……ここにいたら……いつか取り返しのつかないことになってしまうんだ……」


 崩れ落ちそうなのを必死にこらえて、ニックは噛みしめるようにいった。


「確かにスカラの言うことをすべて否定しないけど、本当に神父がそんなことをしてるって言う証拠もないだろ」


「おれは見たんだ……」


「カノンが言うように、スカラが言ったことだろ。スカラの言うことをすべて真に受けて、タダイ神父を悪者にしちゃうのは何か違う気がするな」


 チャップはニックを諭すように、いった。

 はたから見れば、頭のおかしなことを言っている奴を諭しているように見える。けれど、ニックは頭がおかしい訳ではない。


 本当におかしいのは神父の方なのだ……。けれど、これ以上説得したところで、チャップたちの気持ちを変えられる力がニックにはなかった。


 タダイ神父は夕暮れ前に帰ってきた。逃げ出すチャンスを逃してしまったのだ……。いや、逃げ出すチャンスなら、いつだってあるではないか。


 別にタダイ神父がいたって、逃げられる。けれど、チャップたちの気持ちを変えることは不可能に等しかった。


 それから数日後、思ったよりも早くニックが心配していた事態が訪れた。カノンが消えたのだ。それには、チャップも、セレナも、ミロルも、アノンも心配などでは済まなかった。


 チャップたちはすぐさま、タダイ神父を問いただした。けれど、まだカノンがいなくなってから、半日と経っていない。


 確かに消えたと言うには早すぎた。けれどニックの勘が警鐘を鳴らす。カノンはタダイ神父がどこかに連れて行ったのだ、と。


 ニックは警戒に歪む目でタダイ神父を見つめた。タダイ神父もニックを見つめた。その目は人間ではない、何か別の生き物のようにニックには感じられた。


 タダイ神父は何かを企んでいる……。今日で欠けた先で、行動を早めるだけの心境の変化があったのだ。


 いったい何を企んでいるのだろう……。神父はニックが自分を疑っていることをすでに悟っているのだ。


 なら、どうして、自分を泳がせているのか……。

 今はそんなことよりも、カノンの捜さなくては……。

 早とちりであってほしい……。


 ひょっこり現れて、〈いったい、何深刻な顔をしてんだよ〉といつもの減らず口を吐いて欲しい。子供たちの誰もがそう思った――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ