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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case159 秘薬

 今朝、令状が降りた。

 けれど、問題はこれからだ。

 ルベニア教会を調べるにしても、チャンスは一度。


 まだ、ルベニア教会の人々が本当に計画に、関わっているのか定かではないのだ。決定的な根拠もないのに、捜索に入り証拠を隠されては手の打ちようもあったものではない。


 何か確固たる根拠をつかんでから、捜索に入らなければ失敗は目に見えているだろう。そのことがサエモンを苦しめた。


 しかしあの狼騒動から、数日が過ぎた現在になっても証拠と呼べるものを何もつかんでいないのが現状だ。


 証拠と呼べるかは怪しいが、唯一あの樹海にいた狼が真相の鍵を握ってるかもしれない。ウイックが言うには“なりそこない„という実験に失敗した『元人間』だということ。


 適合できなかった人間はあの獣のように、狼のような、いや、狼そのものになってしまうという。


 以前のサエモンならそんな非現実的な話など信じなかった。けれど、あの森での出来事がサエモンの迷いを確信に変えた。実験により生まれた狼はほぼ殺すことは不可能なのだ。


 原理はわからない。薬物で身体能力や筋力を向上させることはできるかもしれない。


 けれど、身体能力をいくら上げようと、筋力をいくら向上させようと、あそこまでの不死性は人知を超えている。


 向上された筋力が弾丸を止める防弾チョッキのような効果を果たしているのか? けれど、そんな非現実的なこと、物理的に不可能だ。


 いや、百パーセントないとは言い切れないかもしれない……。口径にもよるが弾丸の速さは平均秒速400m。向上された身体能力を駆使して、秒速400mとまでは言わなくとも、近しい速度で逃れれば威力は格段に落ちる。


 そこまで考えて、サエモンは頭を抱えた。


「いったい私は何を真剣に考えているのか……」


 サエモンは一人ごちる。


「どうかされましたか……?」


 プヴィールが突然言葉をつき、サエモンを心配そうに見た。


「いえ、あのとき樹海で出会った狼のことを考えていました」


「ああ、あの死なない狼ですか」


「どうして、狼は死なないのか? です。UB計画は人間を獣に変える実験ではなく、不死に変える実験なのでしょうか」


 すると、プヴィールはいまいち実感していないように、首をかしげた。


「不死ですか……」


「不老不死の研究とは科学の本幹(ほんかん)です。人類がどうして、ここまで科学を発展させられたか? 生活を豊かにするためでもありますが、もう一つ大きな糧があります」


 サエモンはプヴィールの顔を真正面から見つめ、ゆっくりと聞かせた。


「それは不老不死の研究と切っても切り離せない関係にあります。古代より権力者が何よりも恐れたものは“死„です。それは遥か古代メソポタミア文明から見られることです。

 ギルガメシュ叙事詩に登場するウルク王 (ギルガメシュ)も不老不死の秘薬を求めて旅に出る。多くの神話には不老不死になるという秘薬や試練が描かれています。中世では賢者の石の研究が盛んに行われていました」


 プヴィールは少しずつ、話を理解しはじめ、「それでは……すでに不老不死の秘薬は完成しているということですか……」と瞳孔の開いた目でサエモンの眼を見返した。


「あの狼は弾丸では殺せなかった。しかしそれは通常の弾丸では、の話です」


「ああ、確か……ウイックさんが撃った弾丸では殺せたんですよね……」


「はい、不死に等しい狼を殺す方法が、ただ一つだけあるのです。それは、銀の弾丸を使うこと。中世より、銀には邪を祓う効果があると、まことしやかに信じられていました」


「銀が邪を祓う……その迷信は本当だったと」


 プヴィールは緊張にこわばった声で、訊いた。


「本当かどうかはわかりませんが、確かにショットガンすら効かなかった狼を、銀の弾丸で殺すことができるのは確実です」


 あまりに荒唐無稽な話にプヴィールは口をaの字に開けて、ただ呆然とサエモンの話を聞いていた。


「そして、問題はここからです。あの樹海の近くにルベニア教会がある。けれど、本当にルベニア教会の人々が実験にかかわっているという確固たる証拠がありません。

 この状況で捜査に入ったとして、もし何も手がかりを見つけられなければ、証拠を処分されてしまうのが落ちです」


 プヴィールはやっとサエモンの苦悩を理解し、共に頭を悩ませた。

 けれど、何のアイデアも出せずじまいだった。


「それでは……教会を知る人々に話を聞いて回ってわ?」


 プヴィールは明るい声で、告げた。

 サエモンは即座に首を振る。


「そんな滅多なことをして、教会のことを調べ回っている人間がいることを悟られでもすればどうするつもりですか」


 プヴィールは飼い主に叱られた犬のようにシュンと首を垂れた。


「やはり、何か手がかりをつかめるまで張り込むしかないのでしょうか……?」


 それにはサエモンも唸った。下手に動いて気取られるより、確固たる証拠をつかんでから捜査に入る方がいいのかもしれない……。


 けれど、その間にも子供たちが化け物に変えられている……。いったいどうすればいいのだろうか……。


「仕方がありません……もうしばらく、教会を張り込んでください。もし、張り込んでもこれ以上の手がかりをつかめないと判断すれば乗り込みましょう」


 サエモンは苦渋の決断をくだした。


「はい」


 プヴィールはマニュアルに載ってもおかしくない、お手本のような敬礼をした。


「では、引き続き教会を張り込むように指令をだします」


 とサエモンに頭を下げ、牢屋のような飾り気のない部屋をあとにした。


 サエモンは一人になった部屋で思う。

 UB計画を示す証拠か、ジェノベーゼファミリーとの関りを示す物的証拠一つでもあれば、世間に蔓延(はびこ)る巨悪を捕まえられる――。

 

 あともう少しで、ここ数年追い求めていた真実に手が届こうとしていた――。

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