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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case154 bullet

 心臓が未だに早鐘を打っている。狼は完全に力を失い、キクマの体に崩れ落ちた。五十キロ以上はあるであろう、巨体に敷かれキクマは息苦しさを感じた。


 しかし体中から力が抜けて、狼をどかすこともできない。しばらく獣臭い空気を吸っていると、狼は男たちによってどかされた。


 途端に青臭い新鮮な空気を肺一杯に吸い込んで、深呼吸をした。困惑の表情を浮かべる男たちをキクマはあおり見た。


「大丈夫か?」


 ウイックはリボルバーライフルの銃身で肩をトントンとたたきながら、キクマに(ねぎら)いの言葉をかける。


「ああ」


 かすれた声でキクマは応じる。


「立てるか?」


 そういってウイックはキクマに手のひらを差し出した。

 ウイックの手を一瞥して、キクマは自分の手を差し伸べる。差し出された手を乱暴につかみ、キクマは無理立たされた。


 情けないことにキクマの膝は、がくがくと笑っていた。恐怖から来る震えではなく、筋肉を極限まで酷使したことによる反動でだ。


 サエモンの部下たちは金縛りが解けたように、一斉に狼の元に駆け寄った。ショットガンをまともに受けてもビクともしなかった、狼は本当に死んでいた。


「この狼が我々の探していた、怪物でしょうか?」


 すると、ランボルが狼の元にしゃがみ込み体を漁った。


「間違いない。こいつがその怪物だ」


 狼は死んでからも、孤高のプレシャーを放っている。

 この遺体に群がる獣はまずいないだろう。


「しかし、どうして、ショットガンが効かなかったのでしょう……」


 坊主頭の兵士は気味悪そうに、顔を曇らせた。

 そのとき、ウイックは叫んだ。


「気を抜くのはまだ早いぞッ! もう一匹近くにいる」


 その言葉で緩みかけていた意識が再び、ピアノ線を張ったように張りつめた。お互いがお互いの背中を守り、深い森に意識を集中させる。


 風でガサガサと小枝が揺れた。狼だと勘違いした兵士の一人が、途端に発砲する。この調子では、動くものすべてに発砲しかねない。


「落ち着け」


 ランボルは叫んだとき、樹間(じゅかん)の間を巨大な影がすり抜けた。しばらく、緊迫した時間が流れる。少しでも隙を見せようものなら、獣はそこにつけ込んでくるに違いない。


 いつまで待っても、狼は仕掛けて来なかった。ウイックは警戒を解き、いった。


「どうやら、これ以上あっちもやり合うつもりはないらしい。あいつらは、群れを守りたかっただけだ。この森に侵入さへしなければ、悪さを働くことはないはずだ。ほっておいても、大丈夫だ」


 そういって、リボルバーライフルを懐にしまった。


「あいつらからしたら、俺たちの方が縄張を侵す悪者なんだよ。おまえらが勝手に森に入ったりするから、襲われたんだ。

 猟師のあんたには悪いが、やり合って敵う相手じゃねえ。この森で猟をするのは諦めることだ」


 するとランボルは即座に言い返した。


「儂はすでに引退している。おまえらが付き合えと言うから、ここまで来ただけだ。それに、この村に猟師はすでにいない」


 ウイックは安心したように、顔をほころばせ、「引き上げるぞ。殺されたおまえらの仲間の(かたき)は取った。

 痛み分けだ。これ以上やりあったら、こっちが負けるだけだぞ。こいつみたいな奴らが、あと何匹いるか知れたもんじゃねえからな」といって、踵を返す。


「この狼はどうするんです……かついで持って帰りますか?」


 長髪の兵士は狼を蹴る。

 するとウイックは怒鳴った。


「何やってんだッ。殺されてぇえのかッ」


 長髪の兵士は気負(きま)けしてしまい、顔を引きつらせる。


「もし、そいつを連れ帰ろうものなら、地獄の底まであいつらは追ってくるぞ」


 男たちは逃げるように森を抜けだした。兵士たちは最後まで、背後を気にしていたが狼が追ってくることはなかった。


 森を抜けたころには夕方になっていた。

 引き際には丁度よかったのかもしれない。

 

「今日は本当に、ありがとうございました」


「おまえらのせいで、寿命が十年は縮まった」


 ランボルは村の前で皮肉った。


「まあ、死ぬまでにあいつらの姿を見れてよかった。村の者には強く言っておく。あの森には絶対に近寄るな、と」


「はい、そうしてもらえればありがたいです。何もお役に立てなくて、申し訳ありませんでした」


 サエモンは最後に深く頭を下げ、その場をあとにした。


  *


「で、どうして、あの狼はショットガンでも死ななかったのに、リボルバーライフルで殺すことができたのですか?」


 バックミラーを覗き込みながら、サエモンは後部座席のウイックに問うた。めんどくさそうに、ウイックは大きなあくびをする。


「知ってどうするんだよ?」


「今後、あのような怪物と戦うことになったときに活かします」


「へッ、あんな化け物と戦うことなんてねえよ」


「そうとは限らないでしょ。もし二十年先にでも、似たような狼と戦わなくてはならないときがくるかもしれません。リボルバーライフルに何か細工がしてあったのですか?」


 日が暮れ、一番星が紫がかった夜空に輝いているのを横目に見て、ウイックはいった。


「リボルバーの方じゃねえ。タネは弾の方にある。その弾は、あいつらみたいな、なりそこないにしか効かねえ。言うなれば、特効弾だ。」


「なりそこない……の特効弾?」


「どうして、あの森に奴らがいんのか知らねえが、確かにあの森にはなりそこなった奴らが沢山いる」


「その……なりそこないとは、以前あなたが言っていた適合できなかった人間のことでいいのですよね……」


 サエモンは車を止める。


「ああ、そう考えると森の近くにある、あの教会は怪しいな」


「やはり、ルベニア教会では実験が行われていると?」


「まだ、そうと決まったわけじゃねえ。だが、可能性は高いな。早えとこ、あの教会にいるガキどもを救い出してやった方がいいぜ」


「近いうちに捜査令状が出ると思うのですが……。しかし、証拠と呼べるものは、ピエール議員の私室で見つけたあの書類しかありません……。捕まえるに足る、証拠が乏しい……」


 ウイックは面倒臭そうにいった。


「そんなもん勝手に作ればいんだよ」


 それにはサエモンも笑わずにはいられなかった。普段はいい加減な男だが、こういうとき頼りになるのかもしれない。


「話がそれていますが、その特効弾とはなんですか?」


 バックミラ越しに、サエモンはウイックを見た。

 ウイックは懐をまさぐり、森の中で使ったリボルバーを取り出した。


 銀色であったであろう、銃身は曇り輝きを失っている。ウイックは銃口をバックミラに向ける。サエモンは一瞬怯んだが、すぐに気を取り直した。


 ウイックはリボルバーから弾倉を抜き取り、サエモンのひざ元に投げた。


「まあ、見てみろ」


 ウイックをバックミラ越しに一瞥して、サエモンは弾倉を隅々までみる。これといって、弾倉には目を引く物はない。


 六発装填できる、弾倉には五発しか入っていなかった。森の中で一発、使ったからだ。サエモンは弾丸を取り出し、眺める。


 はじめの内は何の変哲もない弾丸だと思ったが、よく見てみると銀色に輝いていることを悟った。


「これは……」


 サエモンはかすれた声で、つぶやいた。

 バックミラーにはウイックの不敵な笑みが映し出されていた。


「そうだ。銀の弾丸だ――」

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