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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case153 ベタニアのお話

 昼下がり太陽の光が差さない室内は、上着を羽織っていても、ひんやりとしていた。光と影がくっきりと分れ、まるでフェルメールの絵画の世界に迷い込んでしまったような錯覚を覚えた。


 広くも狭くもない室内の中央に、白い花柄のテーブルクロスをかけられたテーブルがあり。他には小さな人形や、動物の彫刻、ステンドガラスなどが棚の上に飾られている。


 小物が所かしこに置かれているが、ごちゃごちゃした感はなく殺風景な部屋に花を添えていた。


 チトとローリーは椅子に座り、高級レストランにはじめて訪れた人のように手足を律義にそろえ、ぎこちなく固まっていた。


「どうしたの? いつものチトらしくないわね。やっぱり緊張してるの?」


 いたずらっぽく笑い、キクナはチトを見た。


「緊張なんてしてねえよ……」


 チトは大きな声で抗議したが、後半から徐々に小さく、最後には蚊の鳴くようなか細い声になっていた。


 キクナはチトをからかってやりたい気持ちにかられた。

 そのときとびらが開き、ベタニアがあらわれた。


「お待たせして、申し訳ありません」


 ベタニアは長方形のトレイを持って、ゆっくりとテーブルに着いた。


「ハーブティーでよかったでしょうか?」


 ベタニアはそう訊きながら、三人の前にティーカップを置く。


「ありがとうございます」


「カモミールとルイボス、ラベンダーをブレンドしたのですが、砂糖をいれないと、子供たちには飲みずらいかもしれません?」


 ベタニアがそういったとき、蒸気が立つハーブティーをチトは一口すすった。ホッとする吐息をもらして、チトはいう。


「大丈夫だよ。美味しい」


 すると、どんな邪悪な心の持ち主でも心を開いてしまいそうなほどに、優しい微笑みをベタニアは浮かべた。


 その光景を見ていたローリーも薄緑色に透き通った、液体を吸う。不平を言うではないが、ローリーは煮え切らない表情になった。


「お砂糖入れましょうか?」


 ベタニアはローリーに訊く。

 けれど、ローリーは首を振って「いい」と言った。


 ハーブティーを飲み終わるまでの時間がゆっくりと過ぎて、四人はソーサーの上にカップを置いた。


「ありがとう、何だか心がホッとした」


 チトは自分からベタニアに話しかけた。少し緊張が緩和されたようで、何よりだ、とキクナは思う。


「いえいえ。少し緊張が解けたみたいで、よかったです。ハーブティーには緊張をほぐす効果があるのですよ」


 ベタニアはそういうと、ハーブ一枚一枚の効能を熱心に説明しはじめた。はじめの数分間は三人も熱心に耳をかたむけていたが、それが十分を過ぎてくるころには苦笑いを浮かべる。


 そして三十分もの間、延々とハーブの効能の話を聞き、最後にベタニアは今飲んでいたハーブの説明で締めくくった。


「それで、カモミールをベースにラベンダーのリラックス効果と、ちょっと甘みを加えたくて、ルイボスを加えてみました」


「あ……ははは……そうなんですね」


 キクナは苦笑いを浮かべて、話を合わす。話の後半からすでに内容について行けず、ほとんど聞き流していた。


 チトとローリーも同じで、せっかくハーブティーでリラックスしていた様子だったが、話が終わるころには疲労困憊の相が表情から垣間見えた。


「それでは、二人を案内しましょうか」


 ベタニアは立ち上がった。キクナも立ち上がり、不思議そうに見上げてくるチトとローリーにいった。


「シスターベタニアが教会内を案内してくれるって。行きましょ」


 ベタニアの部屋から長い廊下に出た。

 白茶(しろちゃ)色の床はスケートができるほど綺麗に磨かれている。


 等間隔に部屋があり、今キクナたちがいるのは一番奥の部屋だった。ベタニアの部屋の前方にスザンナとヨハンナの部屋がある。


「この部屋は子供たちの部屋です。四人の共同部屋ですね」


 両サイドに計十の部屋があったが、マリリア教会にいる子供たちの人数を考えると、これだけではまったく足りなかった。キクナの疑問を前もって予期していたかのように、ベタニアはすぐさまいう。


「ここは女子寮を兼ねているのです。この廊下を抜けて外廊下を通った向こう側に、男子寮があります。さすがに男子寮は案内できませんが」


「はい。気になさらないでください」


 キクナは即座にいった。女子寮を抜けて、外廊下に出ると中庭があり、赤茶色の花壇で彩られた花園になっていた。


 フェンスに赤や白のバラが這い、花のトンネルを形作っていた。その絵本のような光景にキクナは目を輝かせた。


「すごいですね。誰がお世話をしているんですか?」


「子供たちが交代でお世話をしてくれているんです。当然わたくし達もお世話をしていますよ。庭師を雇うお金はないもので」


 そういって、ベタニアはお茶目に笑った。

 丸柱が等間隔に並んだ、外廊下を抜けてキクナたちは聖堂に繋がるとびらの前に立った。


「ここが聖堂です」


 キクナは以前出会った子供たちのことを思い出した。

 耳を澄ませてみても、聖歌は聴こえてこない。


 ベタニアはとびらを押さえて、三人を招き入れた。レッドカーペットが中央通路に敷かれ、左右対称に木製の長椅子が並んでいる。


 キリストの磔刑がレッドカーペットの先に高々と掲げられていた。天井は高くステンドガラスから差し込む光が、聖堂内をキラキラと輝かせていた。


「週に一回、子供たちが聖歌の練習をします。田舎ですから、これといって教会らしいことはしていないのですが、たまに村から懺悔(ざんげ)を求める人々が訪ねてきます」


 そう言いながら、ベタニアはレッドカーペットを歩いた。


「あの。ベタニア」


 キクナが声をかけると、ベタニアは「はい」とハッキリとした返事と共に振り返った。


「子供たちはどこにいるのでしょうか?」


「どこでしょう? 自分の部屋にいる子もいるでしょうし、どこかに遊びに行った子もいると思います。たぶん、ほとんどの子供たちは庭で遊んでいると思いますけど」


 ベタニアの話を聞いて、キクナはチトとローリーに視線を向けた。そろそろ、子供たちに合わせても大丈夫だろうか? 来たときよりは、緊張がほぐれているように、思えるけど……。


 物思いにふけっていると、ベタニアは聖堂のとなりにぽっかりと口を開ける通路の前に立ち、「ここの通路を真っすぐに進むと、食堂に出ます」といって振り返った。


 三人はベタニアの後に続き、薄暗い通路を進んだ。

 とびらを開けて、食堂に出ると、昼食の残り香がかすかに鼻についた。


 そのときキクナはふと、以前この食堂で出会ったサイという中国系の少年のことを思い出した。


「あの」


「はい」


「サイくんは友達と上手くやっていますか?」


 ベタニアは一瞬悲しそうに眉根を寄せたが、すぐに微笑んだ。


「ついこの前サイくんは新しい家族に引き取られたんです」


「ああ、そうなんですか。本当によかった」


 キクナは自分のことのように喜んだ。


「誰がサイくんを引き取ったんですか?」


「家具職人をしている三十代後半ほどの男性です。ご婦人と一緒に来られて、彫刻をしていたサイくんを気に入られて、その日のうちにお引き取りになりました。

 嬉しいことなのですが、やっぱり、家族がいなくなるのは悲しいですね……」


 微笑んではいるものの、内心で悲しんでいることが部外者のキクナでさへわかった。そのときベタニアはふと、何かを思い出したように顔を上げた。


「あ、そういえば。キクナさんが次に来たとき、サイくんに渡してくれと頼まれていたものがあったのでした。取ってきますから、ちょっと待っていてください」


 そういって、ベタニアはハムスターのようにトコトコとどこかへ消えてしまった。キクナたち三人は、何が何だかわからないまま、その場に取り残された――。

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