file17 『解剖結果』
女はけいさつ、に連れていかれた。
どうして悪者を倒したのに、女が連れていかれなといけないの?
私は疑問に思うことばかりだった。どうして、「悪」を倒した者が悪者にされるのか、私には分からない。どうやら、女は私をかばった? ようだ。
私は一人になった。
一人になった私のもとに、大人があらわれた。
笑顔の仮面をかぶった、大人。
その大人に連れられて、私はこじいん、というところに入った。
きょうかい、というところに、こじいんがくっついているのだ。
そこはあの家と何も変わらない、暗いところだ。私と同じぐらいの、歳の子供たちが暮らしていた。
私はそこが嫌いだった。嫌いだった。大嫌いだった。そんな大嫌いなところで、私はこれから暮らしていく。
巨狼こと銀狼討伐から数日後、銀狼の司法解剖が終了した。警察署の薄暗い廊下で三人の人物が何かを語り合っている。
「あぁー、巨狼からは人体らしき物は出てきませんでしたね」
中年の監察医は書類を読み上げながらけだるげにバートンとキクマにいった。本当にけだるげな監察医だ。目下には隈が浮かんでいて、口をへの字に曲げている。着ている白衣は黄ばんでよれている。
いったい、何日洗濯していないんだ。
その司法監察医は書類を左手で持ち、右手でつむじをかいていた。どんな行動をしてもかったるそうに見える男だった。
「あの巨狼は人間を喰っていない、つまり犯人ではない、ということですね」
「はぁ~、そうでしょう。まぁ、消化してしまっていたら分からないですがね」と笑った。
「いや、消化はまだしていないでしょう。ラッセルさんが襲われてから一日しか経っていないんですから」
バートンが監察医の言葉を否定し、「つまり、犯人は他にいるということですね」と、キクマに話をふる。
「そうだろう、あの森には他に怪物が住んでいるか、人間の犯行かのどちらかだろう。早く犯人を捕まえないと新たな被害者が出るだろうな」
キクマは淡々とした口調で言ってのける。バートンは何も言えない。遅くなれば、遅くなるほど新たな被害者がでるのだ。早く犯人を捕まえないと、子供まで襲われるかもしれない。
そう、村で出会った子供イスカのことを思い出した。
バートンはイスカに誓っていた。その誓いを果たさなければならない。
「行きましょう! もう一度村へ」
キクマはバートンを見る。眼光に鋭い光が宿り、やる気に満ちた顔をしているバートンをキクマは久しぶりに見た。
*
そして、二人は再びランゴー村の大地を踏んだ。あれから一週間以上が経っているが村は何も変わらない、一見平穏に見える村だ。
「あれから何も起きていないようですね」
バートンは村の周囲を見渡しながらキクマにいう。
「来たのはいいが、どうするつもりだ」
バートンはいいよどむ。
どうするもこうするも、何も決めていないのだ。
「はぁ、とりあえず、イスカちゃんの家に行ってみますか?」
バートンは苦笑気味に言い返した。本当のところは、イスカに会うためにやってきたのだから。合わずには帰れない。バートンとキクマはイスカの家に向かう。
家にいるか心配だったが、取り越し苦労だったようだ。家の前に置かれた椅子にイスカは腰かけているのが見えた。
「お嬢ちゃァーん!」
バートンは数十メートル離れたところから手を振って叫んだ。イスカは驚いて辺りを見渡す。すると、バートンを見つけ、立ち上がり、「おじさん、久しぶり!」と、手を振り返してくれる。
「元気にしていたか?」
「う~ん……」
イスカの下までやって来て、バートンが発した第一声はそれだった。元気じゃなくても、元気というしかない問い掛けだ。
しかし、イスカは元気と言わない、当然だ。父親が殺されたのだから。ぶしつけなことを聞いてしまったと、バートンは悔いる。
「ごめんね、無神経なことを聞いて……」
そんなことなどどうでもいいと、ばかりにイスカは、「おじさん……狼が犯人だった……?」と、悲しい目をして訪ねてきた。バートンもそれには言い渋る。何も答えないバートンを見て、イスカは悟った。
「あの狼じゃなかったのね。あの狼は山の主だもの、人を襲うなんて悪さはしないわ……それなのに殺すなんて……」
今にもイスカは泣き出しそうに顔を歪めた。大人の悪いところで、言いづらい話題になると、話をそらす。バートンもそんな大人になってしまった。
「キプスさんも銀狼って呼んでいたけど、あの狼はどういう存在だったんだい……?」
袖で顔をぬぐって、「あの狼は森の守り神だったの、家族と一緒に森を守る守り神……」イスカは意味深にいう。
「あぁ……帰ろうとした時に他の狼を見たよ。あれはやっぱり、銀狼の家族だったんだね」
バートンがそういうと、「あの狼たちは人間を襲ったりしない、だからもう殺さないで……!」とイスカは口角をピクピクさせながら、必死に言った。
今にも泣き出しそうに、目は潤んでいる。この子はこの子なりに、あの狼一家をどうやったら救えるかを考えた末の嘆きだったのだ。
「大丈夫、あの狼は群れのリーダーだったんだろ。だけど、あの狼からは人間の体の一部もでこなかったから、群れの狼たちも人間を襲ってないってことだよ。
だって、獲物を捕らえたら、まず群れのリーダーが先に食べて、その後に下の狼が食べるんだ。それとは逆に下っ端狼が捕えた、獲物はリーダーが先に食べる。つまり、リーダー狼が人間を食べていないんだったら、下っ端狼も人間を食べてないってことだからね」
バートンはイスカを安心させるつもりでいった。
イスカは眉間に可愛らしい皺を寄せながら真剣に話を聞く。皺を寄せるといっても、全然皺ができていない、眉間には少し凹凸ができている程度だ。
「だから、もう狼たちは疑ってないよ」
バートンはイスカの目の高さまでしゃがんで、イスカの頭を撫でる。イスカは恥ずかしそうに、うつむいてもじもじとうなずいた。
バートンたちがイスカと話しをしているとき、「イスカ、誰と話してるの?」玄関の扉を開けて、キスカが顔を出した。イスカを取り巻いている二人の刑事と目があうと、キスカは固まった。
「お久しぶりです」
頭を下げながらバートンはいった。
キクマも同じように頭を軽く下げる。
「あ、ああ、あなた達だったの……何か御用ですか?」
「用というほどのことではないのですが、現場百件というやつです」
キスカは挙動不審に扉を少し閉めた。まるで、家の中を隠そうとしているように見える。
「どうかされましたか?」
バートンは鎌をかけるように訊いた。ピクリ、とキスカの肩が少し跳ねたのを二人は見逃さない。明らかに何かを隠している者の反応だったからだ。何を隠しているんだ。
「い、いえ、どうもしません……」
「来客が来ているんですか?」
「いえ……誰も来ていません」
「そうですか、それじゃあ、少しお話があるのでお邪魔してよろしいでしょうか」
キスカには嘘を付いている者特有の発汗と瞳孔の震えが見て取れる。来客がいることをバートンは確信した。大方、その来客の予想は付いているのだが――。